第81話 女神像

「ロ…ローベルト様、この場で製作してもよろしいでしょうか?」 


 ここで造るって? ミケラさん、ちょっと無謀じゃない? 何時間もここにいて彫るつもりなの?


「見ながら彫り込むので1時間も有れば… 大まかな部分は彫り込めます。どうか、お願いします。」


「1時間ぐらいであれば、かまわん。」


「ありがとうございます。」


 そう返事をすると、石の床に座り込んで一心不乱に木を削り出した。


 スケッチをしていたパーブロさんが顔を上げ


「私はこれで、早速戻って絵の製作に取り掛かります。」


 そう言ってパーブロさんが退出していった。


 レナードさんは優しい目でミケラさんの姿を見てポツリという。


「さすがはアンジェロの息子だ、あの硬いカーシー材を、全く迷いなく彫り込んでいる。あいつが生きていたら…」


 そんなことをこぼすレナードさんと目が合うと、きりっとした表情に戻って


「では、私も石像の製作に取り掛かりますので、これで失礼いたします。」


 そう言ってスケッチした何枚もの紙を抱え持って退出していった。


 ミケラさんを見ると、凄い。もうほとんど彫り終わってるじゃないか。次々にノミを持ち替えてどんどんと彫っていく。おれの目から見たら、もうすでに完成と言ってもいいと思うほどに。


 まだ約束の1時間は経っていないが、ミケラさんは作業をやめて、飛び散った木くずを集めて掃除を始める。


 不思議に思ったローベルト様が声をかける。


「まだ時間はあるが、終わったのか?」


「いえ、まだです。でも、親方に厳しく言われているんです。だと。このまま掘り進めたいのはやまやまですが、掃除する時間で約束の時間を超えてしまいますので。」


「いい親方に巡り合えたようだな。」


 にっこりとしながら、ローベルト様がそう言うと。


「最高の親方です!」


 ミケラさんが満面の笑みで答える。


「ローベルト様、そろそろスライムも…」


「ああ、すまなかった。まだ見ていたいが…仕方がない。」


 スライムに元に戻ってもいいよと念話で伝え、元に戻ったスライムを壺に戻す。スライムともここでお別れだな。騎士団で管理するようだし。


「では、ローベルト様、完成しましたらお持ちします。ところで全部で何体彫ればよろしいのでしょうか?」


「そうだったな。とりあえず五体、期限は十日、一体に付き大銀貨1枚でどうだ?」


「そんなに… 頂けるのですか? 一日に二体は出来ますから… 金額もそんなには…」


「普段の仕事もあるだろう。その期間も見込んでのことだ。もちろん手抜きなどしないと思うが、費用については、それだけの価値があると言う事だ。」


「も…もちろん手抜きなんかしません! 最高の材料を使って、最高のものを彫らせていただきます。」


「では、ローベルト様。僕も失礼させていただきます。」


 ローベルト様が手招きをして、小さな声で耳打ちする。


「ソ…ソーヤ君。ちょっと待ってくれ。一つ確認させてくれ、このスライムは特別な個体なのか?」


「いえ、たぶん地下の下水道にいる他のスライムと同じだと思います。たまたま最初に連れ出しただけですから。スライムは等しく【女神の眷属】ですから。」


「そうか… ならば、このスライムはソーヤ君が管理してくれないか。【女神の眷属】を騎士団が管理するというのも…ちょっとな…」


「わかりました。けど僕は数日後には開拓団ラドサに戻る予定なのですが、よろしいのですか?」


「問題ない。  今日は参加してくれて感謝する。」




 […シトサマト…イッショ…ウレシイ…]



 スライムの歓喜の声が聞こえた気がした。

 ミケラさんと一緒に、ローベルト様の公邸を後にした。




 --------------

 帰り道、ミケラさんからお願いをされる。


「ソーヤさん、その壺の中身…あのスライムですよね。もう一度女神の姿になったのを見せてもらえませんか? できれば工房で見せていただければ…」


 スライムはまだ大丈夫だというのでミケラさんと一緒に工房に


「親方ー! ただいま戻りました!」


「おぅ! お帰り。で何の用だった? ってヒヨッコも一緒か。また面倒ごとか?」


「親方~… って… ひどいですね。」


 まぁ、確かに面倒ごとかも知れない。


「実は、ローベルト様から、木製の彫像の製作の依頼で… 見本を観て彫ったのですが… これなんです。十日で五体。一体大銀貨1枚で…」


「ちょっと見せてみろ。ほぅ、いい彫像だな。こいつ材質はカーシーか?」


「はい、ちょうど手元にあったので試し彫りしてみました。ただ、もう少し木目の詰まった硬い材質の方が良さそうな気がして…」


「おっ! 少しはわかってきやがったな。確かにカーシーだと木目が勝ちすぎだ。材質は…ちょっと待て… 


  …このどちらかでどうだ? カーヤかエボーニ」


「親方、エボーニは木目が詰まっていますが、彫った時に主張しすぎですね、カーヤの方が良さそうな気が。」


「合格だ! カーヤの中でも白色に近いやつ探してみるか。」


 さっぱりわからん。おれはテーブル脇でただの置物と化していた。




「ソーヤさん、お待たせしました。あらかた成形してありますのでそんなに時間は掛からないと思います。」


「ん? なんでヒヨッコが関係してるんだ? お前が見本持ち歩いているのか?」


 しまった、親方にバレて…もいいか。口硬そうだし。


「親方、腰ぬかさないでくださいね。あと騒ぐのも禁止で。では…」


 抱えていた壺を傾けスライムに出てきてもらう。


「な! …すまん…」



 [じゃあスライムくん。またお願い]


 […ワカリマシタ…シトサマ…]


 スライムが徐々に盛り上がり女神の姿に…

 やっぱりこの流れになったか… 親方も拝んでいる。


 そんな姿の親方は眼中に無いと、ミケラさんが彫り始める。すごい集中力だ。


 拝むのをやめた親方は、ミケラさんの手元をじっと見ている。


 大小さまざまなノミを駆使してミケラさんの手の中の木材が、女神像の姿に生まれ変わっていく。


 木材を削る時のわずかな音が部屋の中を支配する。


 気が付くとおれも息を殺して見つめていた。




「出来た!」


 そう言うとミケラさんは、出来上がった彫像をスライムの横に並べて置く。寸分の狂いもないように見える。


 がそこにあった。



 でもさぁ…何で手に柄付きたわしを持ってかかげているの?


「見事な出来だ。これなら大銀貨1枚でも。ヒヨッコがと言った意味が解るような気がすぞ。ガハハ!」


「すごく良い出来栄えです。そのものです。」


「…ヒヨッコ… い…今なんといった? だと… やはり【使徒】…さ…」


 途中で遮り


「親方。それ絶対に内緒です。むやみに吹聴したら… 危険ですから。」

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