第75話 それがどうした!!

 軸・支えあるいは拠り所… とでも言えばいいのかな? 


 おそらく…その拠り所を数多く持っていると言う事が、その人の強さに直結しているのだろう。

 前世では、家族という拠り所、学校や会社という拠り所、地域社会という拠り所、あるいは趣味のコミュニティなどの拠り所… 他者と関係しあう… そんな場所を… 煩わしいと思った。

 自ら放棄してた、目を背けてきた、そんなささえ・拠り所が多すぎた。

 

 ただ一つだけ残った会社というささえ・拠り所に縋り付いて…


 それが一つしかなかった前世のおれにとって、会社という小さな世界に対して自分の責任を全うしたつもりで… 自分をよく見せたい一心で… 己を騙していた… 

 不要なこと、余計なことをする奴と切り捨てられた… おれの存在自体が不要だった… 誰からも必要とされていない… そんな考えに囚われた。

 結果、生きる事への執着を無くした。


 今思えば救いの手は… あちこちから差し伸べられていた。


 …でも、その時は気が付かなかった。見えていなかった。見ようとしなかった。

 数多あまたささえ・拠り所があったのに。


 関わりを拒絶して、 からなのか? 


 そして今また関わることを拒絶して… 自ら関係を閉ざそうと…

 他人からどう見られるかを気にしている。

 目立たずにその場をやり過ごせればいいと思っている。

 自分に被害が及ばぬようにと… 同じことを繰り返そうとしている。


 これではあの時、何度も他人に責任を押し付けていた彼や保身に走った上司と同じなのではないのか。


 もちろん、一人で全部解決できるとは思っていない。

 いいじゃないか、手に余るなら他の人に頼っても。


 でもそれをするのは、やれることを…からだ。


 ただの自己顕示欲によるをこじらせているだけかもしれない。

 

 だけど… ! 


 今だから…今だからこそ、自分の奥底にあった…に気が付いたのだから。


 だから、やれるだけやってみよう。いまさら隠すことなんか無い。恐れない。ひたすら前に進む。

 … おれを信じて送り出してくれた開拓団あそこに胸を張って帰れるように。



「何が出来るかわかりませんが、僕にできる事なら、協力しま… いえ、やらせてください。」


「無理を言ってすまない。

 もとより彼らが助からなくても君を責めるつもりはない。ローベルト様からの指示があるわけでもない。

 ただ騎士団の中隊長として、男爵位を持つ者として、持てる手はすべて打つ。彼らをこのまま…に…」


 この人、いや…ローベルト辺境伯も貴族という立場の本質を、為政者がすべきことを理解しているのだろうな。その権力に、その行為に伴う責任の意味を。



「被害者はみなこの施設で治療を受けている。特に重篤じゅうとくな二名は奥の別室にいる。」


 その部屋に入り、二人を見る… なんてことだ…二人とも知っている人物だ。


 一人はギルドの受付にいたピンクブロンドの髪の確か…パリビナさん、瘴気に一番近い場所、噴水の脇で倒れていた。

 もう一人は…ジーンさん、瘴気を吸い込みながら騎士団に報告するために無理をした。

 

 二人とも呼吸が異様に浅くなっている。急がないと本当に危ない。二人を診ている医術師がシーツをめくる。


 ひどい。


 首から下がどす黒く変色している。黒い靄の様なものもが湧きだしているように見える。あの呪具と同じような感じだ。


 「そのまま近づかないでください。この黒い靄が見えますか? これが瘴気です。何も対策をせずに近づいて吸い込んでしまうと危険です。」


 どうする、デッキブラシで… 駄目だ。召喚するだけの魔力MPが無い。

 "たわし召喚!” でギリギリだ。


 […シトサマ…アノ…ヌノデ…フセゲルヨ…]


 ん? スライムの念話? いったいどこから? 布? 手ぬぐいか!


 マジックバックから手ぬぐいを取り出して口と鼻を覆う。


 マクシルさんたちが見守る中、 "たわし召喚!” 右手に持ったそれを、最初にパリビナさんの首元に近付け軽く触れる。たわしが淡い光に包まれて、首元からどす黒い変色と共に瘴気を消し去っていく。

 肩へ…胸元へ…腹部へ… どす黒い変色がどんどんと消えていく。一通り消し去ると、パリビナさんの呼吸は落ち着いてきた。


 次は、ジーンさんだ。同じように首元から…でも、ジーンさんの足が… どす黒い状態を越えて真っ黒だ。腹部まで瘴気を消し去って、足の瘴気に…なかなか消えない。


「呼吸は落ち着いています。これなら切断しても命に別状はないでしょう。」


 え? 待って! 切断とか… 何度も念じながら瘴気を消そうとするがなかなか瘴気が消えない。駄目だ… ジーンさん… ごめん。


 […シトサマ…ボクモ…テツダウ…]


 え? どこから聞こえてくる? 振り返ると、ドアの隙間からスライムが染みだしてくる。


「なんでこんなところに! スライムが侵入してきた!!」


 医術師が大声で叫ぶと、棚からビンを取り出し中身を撒こうとする。


「ちょっと待ってください!」


 慌てて医術師を制して、叫んだ。 


「スライムが瘴気を消そうとしているんです!!」


「そんな馬鹿な…スライムが…そんなことをするなんて聞いたことが無い! 駄目だ!  スライムがそんなことをするわけがない! 早く追い出さねば!!」


「マールオさん! 中隊長! 彼を止めてください!!!」


 マールオさんが医術師を羽交い絞めにして、マクシル中隊長が医術師に話しかける。


「彼の言うとおりに。」


 [シトサマ…モチアゲテ…]


 おれは、スライムの下にそっと手を入れて持ち上げ、ジーンさんの左足の上に置く。

 スライムは足の表面に薄く広がり…


 […シトサマモ…タワシ…ツカッテ…]


 スライムが言ったように、おれもたわしでスライムに包まれたジーンさんの足を軽く擦る。たわしと一緒にスライムが淡い光を放ち瘴気を消していく。


 「な…なんてこと…だ! 信じられん……」


 医術師のつぶやきを聞きながら、次にスライムが右足に移ると同じように瘴気を消していく。

 


 二人の処置が終わった。医術師が二人を診て


「完全に瘴気が消えています。明日には目覚めると思います。あとは体力が回復すれば通常の生活に戻れると… しかし、スライムが… こんな力を持っているなど…」


「ここで見たことは、騎士団のとする。いいな。」


「わかりました。他の被害者は? いかがいたしますか?」


「ソーヤ君、まだ大丈夫か? 問題無ければ他の被害者の治療もお願いしたい。」


「大丈夫です。ただ、今ので判ったのですが、スライムと一緒に作業したほうが速く安全にできそうです。このスライム… もしかしたら、最初に連れ出したスライムでは?」


「まさか? 研究所の建屋と繋がってはいるが… マールオ!壺の用意を。ロイズ!研究所に確認を!」

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