第74話 踏み出す

 封鎖して一度地上へ戻るのかと思っていたが、マールオさんが指示を出すと数名ごとに分かれ封鎖していた2か所の土嚢の撤去を始めた。あれ?ロイズ分隊の人たちもいる。外側からも撤去しているのか。


「ソーヤ君、撤去が終わったらこのまま最後の水路に進む、しばらく休憩していて構わない。」


 そうは言われても…下水道の中だよここ。今のうちにスライムたちに確認しておくか。


 [浄化されていない仲間は、あとどれくらいいる?]


 […マダ…タクサン…イル…]


 [一番奥の最終処理場に集まってもらえるように、伝えてくれるかな?]


 […ワカリ…マシタ…シトサマ…ミンナニ…ツタエル…]




 --------------

「すみません。残っていただいて。ファニルさん、ベンリルさんあなた方はソーヤという若者をご存知ですよね。」


「ん? ヒヨッコか? もちろん知ってるが、あいつが何かしでかしたか?」


 物凄く真剣な顔でラベスが答える。


「ええ。彼はとんでもないことをしでかしました……。

 あのカストルの悪事を暴いたのですから。」


「く…くっ…くわはっはっ!! ちげえねぇ!! もっと話がこじれるかと思っていたが、あんたもあの仕込みの事知ってたんだな。いつヒヨッコから聞いたんだ?」


「直接お話を聞いたわけではないのです。実は先ほど証言した若い局員が納品作業後に偶然、私の所に報告に来たのです。指示を出したカストルが帰ってしまって困っていると。その時に封印された箱と、その仕掛けに気が付きまして。」


「ほう。やはりカストルは中身なんか確認しなかったって事か。実はな、わしも製造番号までは思いついたんだが、あいつが製造番号を控えた紙と、箱の蓋の番号なんかの仕掛けを思いついてな。それに乗っからせてもらったんだ。」


「先ほども…笑いをこらえておられましたね。おかげであの煩い口を黙らせることが出来ましたよ。」


「カストルの野郎は、ヒヨッコの掌の上で、ものの見事に踊らされたわけだ。こいつは愉快だ!」


「で、あなた方は彼のことをどのくらいご存じで?」


「ビルロ商会の件でラドサから来たとしか…聞いていませんが? 算術台はもちろんですが、製造台帳による物品管理…あの発想は凄いです。商業組合トレードギルドでも、あのような製造台帳を本格的に活用するように準備を進めています。」


「わしも、そんなに詳しくは知らんな。サンプルを作った時も、わしの技術に金を出すとか面白いことを言い出したしな。」


「そうですか、実は噴水広場のごみ問題で悩んでいたのですが、彼が専用の箱を作ってそこに捨てるようにすればと言い出しましてね。おかげでこの前の瘴気被害の時も想定よりかなりゴミが少なく助かったんですよ。清掃作業に使ってた道具も…」


「「「 本当に不思議な人物 」 野郎ヒヨッコだな 」 ですね」



 --------------

 土嚢の撤去も終わり、ロイズ分隊の人たちが運び出していく。しばらくするとマールオさんの持っている笛から音が鳴り始めた。


「作業再開! 整列!」


 しばらくすると、最後の水路に水が流れ込んでくる。さて、やりますか。デッキブラシで擦りながら、マールオさんの後について最後の下水路に入っていく。

 順調に下水路の清掃をしながら奥に進んでいくと小さな体育館ほどの空間に出る。中央に25mプールぐらいの水槽があり、汚染スライムたちが集まっていた。まだかなりの数が居るなぁ。


「マールオさん。ここで最後ですか?」


「ここが最終処理場だ、ここから先は…今は封鎖してある放水路しかない。」


「わかりました。では始めます。」


 デッキブラシで周囲の床面から掃除をしていく。掃除をしながら次々に水槽から這い上がってくるスライムたちを浄化する。もうマールオさんたちも慣れたようだ。汚染スライムを見ても動じない。

 頭の中にスライムたちの歓喜の声が響いてくる。周囲を見回したが、もう汚染スライムは残っていないようだ。


 「どうやら終わったみたいです。」


 「そのようだな。帰投する! 全員整列! では、ソーヤ君、地上に戻ろう。」


 水槽から少し上がった所の重厚な鉄の扉を開け階段を上る。そこは西門から少し離れた場所の建物だった。外に出る。


 「ああ…空気が美味い。」


 デッキブラシをマジックバックに仕舞う感じで送還。手ぬぐいも仕舞う。


 [[[[[[…シトサマ…アリガトウ…]]]]]]


 [どういたしまして]


 「では、駐屯地まで戻る! 整列! 進め!」


 …おれは、ここで解放してくれてもいいじゃん。そう思いながら一緒に駐屯地に向かう。



 駐屯地に着くと、マールオさんとおれだけが中隊長の執務室に呼ばれる。少し前まで下水道に潜ってたから匂うけどいいの? 他の分隊員は沐浴施設シャワールームに直行している。いいなぁ…


 マクシル隊長とロイズ分隊長が待っていた。


「本当に助かった。汚染毒の排除が出来るとは聞いていたが、まさか汚染スライムの浄化まで出来るとは。おかげで人的被害も皆無で、領都ラドの危機を脱することができた。やはり君は使なのだろうな。何しろこの数日間で起こった出来事の解決にすべて君が関与している。」


使とかそんなことを考えたことは無いです。ただ、その時に自分の出来る事をやっただけです。 …それより  …僕たち臭くないですか?」


「わはっはっはぁ~~っ! これだけのことを為した人物から… で…出る言葉が…… くっ…くくっ…すまん、ちょっと… 待って…くれ…」


 マクシルさんどころか、マールオさん、ロイズさんも笑いをかみ殺すのに必死だ。


「す…すまなかった…。まさかそんなことを気にしているとは思わなかった。ザックが気に入っている理由が分かったよ。 で、実はもう一つお願いがある。」


 マクシルさんが急に真顔になって話す


「先日の瘴気被害で命の危険がある人達が、駐屯地の医療施設で治療を受けているのだが、はっきり言ってすでにギリギリの状態だ。魔道具の到着まで持たないだろう。

 汚染毒の除去・汚染スライムの浄化ができる君ならば… 彼らを救うことができないだろうか? 試すだけでもいい…」


 瘴気の被害は考えていた以上に深刻だった。正直、今回の件が起こる前まではこのスキルを隠して、平穏に開拓団ラドサで暮らせればいいと思っていた。


 この世界に来てからの拠り所は一つしかなかった。開拓団ラドサ


 スキルを明かすことで、あの人たちから、異質なものとして…そこから…排除されてしまうのかも知れないという恐怖感に囚われていた。



 前世のように…


 やっかいで余計な存在として、排除されてしまうのではという疑念…

 ある時、突然に不要だと切り捨てられてしまう恐怖…


 いつも、そんなことにならない様にと恐れながら行動してきた。

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