第54話 ファニル親方

 どこにでもいるんだね。そんなことを呟きながら日が傾き始めた冬の空を一度見上げて、宿への帰り道を行く。歩きながら考える。まずはカストル氏。

 カストル氏はこのまま引くだろうか? 目の前に美味しそうな餌があるのだから、権利者を亡き者にしても手に入れようとする?

 情報ライセンス記録をたどって登録者のおれの事を調べているだろう。商業組合トレードギルドが、そう簡単に言うとも思えないし、たぶんファニルさんも余計なことは言わない。そういう人だと思う。


 となれば辿り着くまで、まだ時間の余裕はありそうだ。見つかっても最悪さっさと開拓団ラドサに帰ればいいし。でも、目立つことは避けないと今回は危ないかもしれない。今までが良い人たちに囲まれて恵まれてた部分がかなりあるから。


 翻訳作業も早めに片付けないと、いつでも引き払えるように…、作業の手順も変えないと。どんどん翻訳作業進めるためには……サクラさんの手が空いている必要がある。日記の翻訳自体も日付順に全部ではなく、変わった出来事とかに絞って先に進めちゃった方がいいかも。ちょうど1冊目も終わるころだし。



 宿に着くとちょうどサクラさんとゴーロウさんが受付に居た。二人に翻訳作業の進め方を相談する。


「御相談とは?」


「翻訳作業なんですけど、内容の8割方が日々日常の話題なので、変わった出来事などの起こった日の前後を優先的に翻訳したほうが良いのではと考えたのです。」

「正直、私も開拓団ラドサに帰らなければならい身ですし。このまま全部を翻訳していたら時間がいくらあっても足りないと思うのですが。いかがでしょうか?」


「確かに翻訳作業は、私共の都合ばかり押し付けておりました。申し訳ありません。どの時期の日記を優先的にするかは、しばらくアマートと一緒に考えさせてください。明日の翻訳までにはお返事をいたします。」


 こうして今日終了する予定の1冊目以降については順番を検討することになった。


「じゃぁ、サクラさん。最初の一冊目は今日でなんとか終わらせましょう。」


「はい、ソーヤ様」



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 10日目 ちょっと寝不足、目もしょぼしょぼしている。朝風呂に入ってすっきりしてから朝食。

 今日は冒険者協会ギルドに先日の依頼の追加査定分を受け取りに行く。ようやく金欠から解放されるのかな?



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 ファニル家具工房


 あの”ヒヨッコ”が来た翌日、商業組合トレードギルドのベンリルがまた訪ねてきた。


「ファニル親方にお願いがあるのですけど。」


「なんだぁ?」


「昨日サンプルを作ってもらったあれなんですけど、親方の所が専属で作ってもらえませんか? …専属契約を結んでいただけませんか?」


「専属だとぉ? あんなもん何に使うんだ?」


 ベンリルは昨日作ったあれを取り出し、説明を始めた。


 正直ぶったまげた。そんな便利な物だったなんて。わしの工房でも仕入れ・売上とカネの出入りはしょっちゅうだ。

 毎晩帳簿はつけてはいるが、月締めの計算に2日もかかる始末だ。使い方も簡単、算術のスキルが無くても…これなら確かに売れるな。 ”算術台” やってみるか。



 大忙しだ、昨日は久しぶりに顔を出したから、10組の製作依頼があり作り終わると、夕方には騎士団から1組、小銀貨5枚。400組の大量注文が舞い込んだからだ。

 納期は3日。製作中の他の家具の仕上げ作業もあるのでかなりタイトな納期。断るという選択肢もあったが


「あの”ヒヨッコ”がらみの仕事だ、気合入れんとな」


 親方のわし含め4名。この人数で回すのははっきり言ってギリギリ。ベテラン二人は先に家具の仕上げ、わしと見習いで算術台の材料の加工と手を分けてとりかかった。


「二人はタンスとテーブルの仕上げ頼んだぞ」

「お前は先に駒を切り出す棒材の表面磨きをかけておけ。こっちは本体用の板材の加工してるから。何かあったらすぐに声かけろ。始めるぞ!」


 4人はそれぞれの担当で忙しく作業をする。


「親方!磨き終わりました、駒の切り出しに入っていいですか?」


「待て確認する。よし良いぞ、駒、切り出していいぞ、厚さ間違えんなよ。終わったらそのまま面取りまでしておけ」


「わっかりやしたー!親方!」


 わしの手元にも、寸法切りした本体用の板材が次々に積みあがる。100組分の刻みも終わり、今度は組付け部の細工加工、細心の注意を払って、細かくノミを入れていく。本来は、ここで一組ずつ組み上げるのだが、今回は作業速度優先の為、工程を分けている。切り出した分の細工が全部終わり、休憩となる。


「こんな時間か、休憩するぞ!」


「「「わかりやしたー! 親方!」」」


 休憩中に騎士団の管理局から人が来た。何でも発注の件で相談があるとか。納期の件か?


「で、 ”算術台” の件か? もう手を付けとる。納期には間に合うから心配すんな。」


「管理局のカストルといいますー、いえー、納期の件ではなくてですねー、発注金額の変更のご相談なんですー。」


 発注金額の変更? まぁ数も数だ、多少の割引は考えてやっても構わんが。


「一組の金額をですねー、小銀貨8枚という形にしてほしいんですー。」


「あぁ?? 何言ってるんだお前、元々の契約が小銀貨5枚だったのを、8枚だと?」


 あの”ヒヨッコ”みたいな事言い出しやがったな。


「それでですねー。その差額の3枚をー、パークリー工房に一部発注したことにしてー、そっちに支払っていただきたいんですー。」


 前言撤回だ! こいつ何言ってるのか解ってんのか?


「…そのパークリー工房ってとこに、やっても無え仕事の分の支払いとして小銀貨 1200枚払えと?」


「そーですー、契約書の書換えも面倒ですしー、そうしてくれませんかー?」


「てめぇ・・・何言ってやがる!!!このわしに裏金作りの片棒を担げだとー! ふざけんな!帰れ!とっととけえれ!」


「あれ~、でもいいんですかー? もし納品検査で不良品があったらー、困っちゃいますよねー。」


「とっととけえりやがれ!」


 とんでもねぇ奴が騎士団の管理局に居やがる。納品検査でも何か邪魔するつもりか?


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 うーん、残念ですー。面倒ですけおどー、予定の残り200組パークリー工房に作らせてしまいますかー。小銀貨8枚で戻し5枚。大銀貨10枚分ですかねー。入れ替えて高値で横流ししちゃってもよさそうですねー。

 にやにやと、顔に下卑た笑顔を貼付てカストルは管理局に帰っていった。

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