第40話 思い描いた理想

 夕食後、部屋で待っているとゴーロウさんとナツコさんあれ? サクラさんまで来たよ。

 持ってきた木版を座卓の上に置くと、3人はおれを取り囲むようにして座りおれの顔を眺める。

 ゴーロウさんが口を開いた。


「それで、木版には何が書かれていたのですか?」


「すみません。その前に確認ですが、サクラさんはどこまでご存じなんでしょうか?」


 正直、いくら一族、血族と言っても、本人が知らぬ間におれの事を知られるのは少々不愉快。少し気分が悪いよ。

『情報を漏らすなど、商売人としてあり得ない。』

なんて言ってたのにさ。


「まことに申し訳ありません。

 実は、昨日あれからナツコと二人でソーヤ様の話をしていたのですが、ドアの反対側にサクラがいることに気が付かず。

 聞かれてしまいまして… 本当に、重ね重ね申し訳ありません。」


「お爺様は悪くありません。悪いのは聞き耳を立ててこっそり聞いていた私が悪いんです。罰をお与えになるならこの私を…。」


 別に罰がどうこうじゃないんですけどね。

 でも知られちまったのはしょうがないな。

 そのことは、もっと早くおれに言うべきだったと思うよ。まぁこれ以上広がらなければいいんだけどさ。


「そもそも罰がどうこう…という事は考えていません。

 ただ、一族の争いとおっしゃっていたので、たとえ血縁者であったとしても…

 話が漏れた結果…。個人的には命の危険もありうると考えていますので。

 今後はもう少し慎重にお願いします。」


 この程度のブラフは刺しておかないとな。



「それでは、本題の木版ですが。」


 切り出すと、揃って身を乗り出してくる。みなさん、近い近いよ、近いです。


「文字の解読が出来ました。板に書かれていた内容は、あの世界の特定の仕事をしている人物名でした。」


「特定の仕事? 人物名? それは料理に関係ある仕事ですか?

 もしかしてレシピに関係が深い人物なのでしょうか?」


「残念ながら、全くそういった関係ではありませんでした。」


「単純に場所を示す ”キーワード” を人物名に紛れ込ませて伝えるだけの物でした。内容はこれなんですが、おそらく皆さんは読めないと思います。」


【 ち ょ う り ば の か べ 】


「『調理場の壁』という意味でした。

 ここで問題になるのが、どこの『調理場の壁』なのかという事なんです。」


「ソーヤ様、『調理場の壁』ですか… この宿のの壁でしょうか?」


「そう単純であれば、こんなにも拗れていないでしょう。

 サーブロさんと関係の深い『調』はここだけではないでしょう。

 どうですか? ゴーロウさん。ぱっと思いつくだけでも数か所、あるいは数十か所になりませんか?」


「確かに…。すぐに思いつくだけでも片手では足りません。」


「おそらく、その思いつく場所は、真っ先に調べられていますよね。」



「ここからは僕が考えている推測です…

 何年か前に一族の方のどなたかが屋敷とかの解体をしませんでしたか?

 …そして、おそらくはイマーバンのレシピが発明されたのも、その時期だったのでは?」


「「「 アマートが! 」!」…大叔父おじいさん…」


「確かに、ソーヤ様の推測通り〔7年前の魔獣討伐作戦〕後に、辺境伯領の景気が一気に悪化した際に。曾祖父が残したをやむなく解体して売却いたしました。

 その時、別邸の解体に立ち会っていたのが、 ”アマート・ドージョー” わたくしの弟です。

 …その後、アマートはイマーバンのほか、ドーラと言ったお菓子のレシピを次々に……」


「今日の買い物の帰りに、イマーバンを買って食べたんです。実はね、元の世界でそっくりなものがあったんですよ…

 ”イマガワ ヤキ” もしくは ”オオバン ヤキ” と言われてたんです。

 ついでにお話しすると、今の話に出てきた、その ”ドーラ” というのは…

 たまごや蜂蜜を混ぜた小麦粉の生地を鉄板や銅板の上で焼いて、イマーバンの中身と同じものを挟んだものではないですか?」


「「「 ! ! ! 」」」


「な…なぜそれをご存じで!!!」


「そのお菓子も元の世界にあったんですよ。

 ”ドラヤキ” という名前でね…

 そしておそらく… ”アマートさん” は、今回の探しを反対していませんでしたか?」


「確かに、反対しております。

 そんな夢みたいなものを追いかけるより、もっと現実を見るべきだと…。」


「そのレシピ、たぶん原価を考慮すると商売としてギリギリ利益が出ているかいないか? 相場状況によっては、かなりの赤字と言ったところでは?

 何しろ砂糖や蜂蜜がばか高いですからね。

 たとえレシピを発見しても、コストが高ければ緒民の手には届かず、結果的にお金持ちだけがそのレシピの恩恵を享受してしまう。

 サーブロさんの想い…『みんなが自由に美味しく料理を楽しめる』という事と…

 真逆の結果になってしまいませんか?」


 そう一気に話すと、ゴーロウさんは目に見えて肩を落とした。

 そんなゴーロウさんを見て


「ゴーロウさんと、アマートさんの想いはたぶん一緒です。

 ただ、アマートさんが先にのレシピを発見したけど、単純に『ではサーブロさんの想いには届かない』と思ったから反対したんではないでしょうか。」


「そうかもしれません。あの時、もっとアマートと話し合っていれば…こんなにこじれることは…」


 下を向いたゴーロウさんの目から、雫が零れ…座卓の上の木版に落ちた。


「でも、ゴーロウさん、よく思い出してください。

 代々伝わる口伝では『レシピ』といわれているんですよね。

 こういっては言っては失礼なんですが…

 たかが単独のお菓子のレシピ、の物が果たして本当に代々伝わる『レシピ』なんでしょうかね?」


 ゴーロウさんが、はっとした顔をしておれの目を見る。


「確かに、口伝では『レシピ』ではなく『レシピ』です。」


 そしておれはこの謎解きの肝になりそうな ”あることを質問した” ゴーロウさんがおれを試した時に使った使について。

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