第1話 やっぱり、そうみたいだ。

 万年床の中にいたはずなのに、気が付くと灰色の空間にいた。

 上下左右どこを向いても灰色の世界。

 そう言えば鬱発症から夢もほとんど見なくなっていたな。そんな中でたまに見た夢と言えば、仕事で叱責されてトラブル処理に奔走している・・・

 そんな悪夢ばかりだったし。


「とうとう夢の中も何もなくなったか。悪夢よりはましだな。」


 夢の中なのに、そんな言葉が口をついて出る。


『やはりだいぶ、心が摩耗しておるようじゃの。』


 声がした方向にはいつの間にか、細身ながらシャキッと背筋を伸ばした老人がいた。

 老人は白髪を後頭部で纏めていて、腕を組んで白い顎鬚を撫でつけている。

 身体には白い布を無造作に巻き付けている… その佇まいは仙人? のように見える。

 それでも夢に人が出てくるなんて、なんだか久しぶりだな。


『夢ではないぞい。それに、人でも仙人でもないがの。』


 夢じゃない? 人・・じゃない?

 頬を抓ろうと手を・・・ あれっ? おれの手はどこに行った?

 足下をみようとした。 えっ? 手足がどころか体も見えない。

 そこには只々広がっている灰色の空間、そして白髪の老人。


 不意に理解する。


 おれ、死んだのか?

 

 とすると、ここは閻魔堂か? 目の前の老人は閻魔様? それと三途の川は渡ったのか? 記憶にないけど。

 うん、自分でも天国に行けないことはなんとなくわかる。

 だからと言って、地獄に叩き落されるほど罪を犯したつもりもない。

 もしかしたらここでも弁解することさえ認められずに、問答無用で送られてしまうのか?


『そうじゃ、おぬしは死んだのじゃ。じゃが、わしは閻魔ではないがの。

 それに天国にも地獄にも行かんぞ、まぁ他の場所に行くことになるがの。』


 この状況で、まるでクイズみたいなやり取り。

 ちょっと待て、通勤の時にスマホで読んでたあれじゃねぇか?

 いわゆる転生の間ってやつか? で、目の前の老人は転生の神?


『半分ぐらいは正解じゃな。

 ここは転生の間ではない。おぬしの心そのものじゃ。心の状態がこの色に出ておる。

 白でもない、黒でもない。ひたすらに摩耗してしまった色じゃな。普通は多少色のついた部分があるんじゃがの。』


 ひたすら広がる灰色の空間、これがおれの心?


 確かに思い当たることしかないな。思い返しても、楽しかったり嬉しかった事なんてほとんどなかったな。忘れてしまっただけかもしれないけど。


 半分正解ということは、目の前の老人は転生の神様という事か。

 それで地獄でも天国でもないどこかに転生させられちゃう?


 考え始めたら、不安がどんどんと湧き上がってきた。

 不安が大きくなるほどに、この空間も黒に近い灰色になってきた気がする。


『これこれ、そんなに不安がるでない。

 これから転生の間(っぽい)ところに移動するから安心せい。』


 なんだよ!! その(っぽい)ってのは!! と突っ込もうと思ったとたん。

 強い力でなにか引っ張られ、ある一点に吸い寄せられていく。


 まるで、渦を巻く排水口に流されていく気分だ。

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