第11話:恐怖の開戦

 3時間目

「ヤバいわ…ヤバいわ…ヤバいこと起こるわ…」

 時渡はストレスで顔が白くなっている。

「マスター!私がいますよ!」

「いやシェリアの力使っちゃうと勝てるは勝てるかもしれないけど人殺しになる可能性もなくはないんだよ…」

「あ…それもそうですね…」

 あんなに強そうに思えたデュラハンを出力0.2%でほぼ一撃で倒せる聖鍵の力を使えば当然倒せるだろう。

 しかしそれが裏目に出て豪馬の命を奪ったとしたらそれはそれで大問題だ。

 高校生で新聞の悪い記事なんかに載りたくはない。

「シェリア…最低出力に限度ってあるの?」

「ありません。マスターの好きなように力は出せます」

「…じゃあさ、力の一部を使わないようにするとかは?」

「可能です」

「なるほど…分かった。もし必要な時は呼ぶから」

「分かりました!」

 体育着に着替えて校庭に整列する。

(体育着と言ってもこの世界のことなので若干サイバーパンクな芋ジャージである)

「はい。じゃあ今日は魔法科と普通科で対決をしてもらう」

 魔法科の戦闘技術の教師のアイゼルンは全員に説明を始める。

「まずは互いに向き合って、一礼したら回れ右をして大股で5歩進む。そしてその場でまた向き合って互いの武器を構える。先生が始めと言ったら戦闘開始だ。分かったか?」

「はい」

「魔法科の皆は油断している人も多いかもしれないが、普通科は他の学科の知識を広く、浅く学ぶ科でもあるから油断禁物だぞ!特に火の聖剣使いとⅫ聖鍵使いがいるからな!」

「先生!やめてくださいプレッシャーです!」

 時渡は切実な思いを赤裸々に叫んだ。

「ハッハッハッハッ、対戦相手はランダムだから誰と戦うかはお楽しみだ」

「スルーしないで!?」


 皆くじを引いてその順番にコートに行くこととなる。

 以前サファイアと剣術練習をしたときに使った訓練場で試合は行われる。

 コートは沢山あるのだが、他の学年や学科も使うので今日この授業で使えるコートは4つなので4戦同時に行われ2分半を目安に10回入れ替わる感じとなる。

 2分半を短く思う人もいるかもしれないが、これが意外と長いのである。

 戦闘前に疑似HPメーターが印刷された専用衣服を着用する。

 ルールは以下の通りだ。

・HPが0になったところで試合終了。

・相手の武器を奪うなどでも試合終了。

・相手を戦闘不能にすれば試合終了。


 まずはサファイアが出る試合を時渡とシェリア、イグニス、検事の4人は観戦する。

「頑張れ〜!サファイアさーん!」

「やっちまえー!」

 サファイアはコートに出ると普通科の皆に手を振った。

 どうやら彼女の人気は他の科にも出てきているようで、なんと魔法科の女子たちが「投げキッスして〜!」と書かれたプラカードを持っていた。

 サファイアが投げキッスをすると女子たちはブッ倒れた。悩殺されたようだ。

 コートの地面には訓練用の剣が刺さっている。

「よっと」

 サファイアが引き抜いたら訓練用の剣はグムグムと形を変えていく。

 そしてサファイアの持っている氷華の聖剣と同じ形になった。

 この訓練用の剣は特別で、使用者の持つ聖剣の力と形状をコピーする性能を持っている。

 それでいて刀身は柔らかいので安全かつ自分の実力を発揮できるというワケだ。

「お!相手が出てきたぞ!」

 相手は同じく女子だ。黄色い髪にハキハキした風貌をしている。

 持っている聖剣と生徒の情報を検事が聖剣でスキャニングする。

「…相手の名はエレク・トリシティ。持っている聖剣は荷電の聖剣だ」

「お前もうすっかり格闘マンガの解説役だよな。瓶底メガネ買おうか?」

 イグニスは冗談を言う。

「イグニス、後で後悔させてやる」

 淡々と検事はメガネを直しながらそう言った。

「冗談ダカラ!ヤメテ!?」

 イグニスは検事が何をしでかすか分からないので恐怖を感じてテンパった。

「二人とも、始まるよ」

「お、よし、見るか」

「時渡、僕のオペラグラスを貸そう」

「お、ありがと」

 検事は今日の時間割をちゃんと調べていたので観戦準備万端だ。

 サファイアとエレクは握手をする。

「よろしくね!ピリリッ」

 独特な笑い方をするエレク。

「こちらこそ」

 爽やかに返すサファイア。

「では二人、準備を」

 審判を務める務める先生が言う。

 二人は一礼し、回れ右をする。そして大股で5歩進んだらその場でまた向き合って互いの聖剣を構えた。

 会場を静寂が包む。

「始め!」

 先生が大きく叫んだ。

「スィーン・センス!」

 まず先にエレクが技を繰り出した。

 どうやら彼女はサファイアや時渡のように相手の様子を見計らうタイプではないらしい。

 エレクの荷電の聖剣から放たれた光球がサファイアに向かって飛ぶ。

「…」

 サファイアは逃げも避けもしない。

「…フッ」

 シュパンッ

 サファイアは何も技を使わずにサラッと光球を斬った。

 真っ二つに斬られた光球は壁に激突して火花を散らす。

「おお!うわ危ねぇ!」

 コートに近くにいる時渡たちは金網を抜けた火花を避けた。

「やるじゃない」

 エレクは腰に手を当てて口を膨らませる。

「君もね」

 どこまでも爽やかなサファイア。

 女子たちがキャーキャーと耳を刺す声で叫んでいる。

「じゃあもう一発!」

 エレクは下敷きを取り出した。

「ん!?」

 男3人は目を疑う。一体彼女は何をしようとしているのだろう。

 エレクは頭に下敷きをこする。

 ピリ…パリ…

 雷属性の魔力が溜まっていく。

「なんだそのチャージ法!?」

 なんとも奇想天外な方法で魔力を貯めるエレク。

 わざわざ魔力操作をしなくてもこれなら簡単に効率よく魔力が貯められる。

 魔力と静電気で髪の毛が逆立ったエレクはそのまま浮遊する。

 上空の天気が怪しくなっていく。

「なんだなんだ!?」

 観戦者たちがザワザワする。

 ゴロゴロ…ゴロゴロ…

 急に曇りになってきた。

 検事は何が起こるか悟った。

「皆!伏せろ!」

「え?」

 間髪入れずにエレクが叫んだ。

「ライトニング・ギガ・ボルト!」

 ものすごい轟音と共に衝撃波が起こった。

 雲から落ちてきた雷がエレクに当たる。

「うおおおおお!!!」

 観戦者たちは寸前でしゃがんでいたので吹き飛ばされはしなかったが巻き起こった強風で辺りはメチャクチャになる。

「これがトドメよ!」

 エレクは先程のスィーン・センスよりも何十倍も威力がありそうな光球を生み出す。

「ヤバいってヤバいって!」

 避難する者まで現れた。

 サファイアは後ろを見て言った。

「大丈夫だよ。すぐに終わらせるから」

 コートに設置された時計を見る。

「そろそろ時間だね。じゃあ…」

 サファイアは剣を構える。

「僕からも1つ」

 剣から白煙が出てくる。

 いや、空気中の水分や気体が凍っていることでドライアイスのように水蒸気が発生したのだ。

「氷の精霊よ、その力を我が手に、今我の前に立ちはだかる者に言い渡さん…」

「嘘!?文式詠唱!?」

(文式詠唱とは、呪文のように特定の単語を唱えるのではなく、文となっている呪文を唱えることで、より強力な魔法を放つ技の事である)

「道を開けよ、ヴォルブント・ニーヴィス・イミニクス・フローズン!!!!!」

 ゴヒュウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ……………!!!

 次の瞬間、猛吹雪が起こった。

「ぎゃあああ!!!さむいいいい!!!」

 春なのに周りの気温が氷点下を下回った。

 パキパキパキ…バリバリバリ…!!!

 サファイアの構えた剣に沿って地面が一直線に凍った。

 ……パキン…………

 そしてエレクの全身を巨大な氷が包んだ。

「う…何が…ってうおおお!?」

 イグニスが今の状況を見て叫んだ。

 曇り空が晴天に戻る。

「フゥ………」

 サファイアが氷に息を吹きかけると氷が一気に雪へと変わり、どこかへ飛んでいく。

 氷漬けから開放されたエレクは意気消沈していた。

「ま…負けましたぁ…ヘックシュン!

 鼻水を垂らしてくしゃみをする。

「勝者、サファイア・ウルティメール!」

「うおおおおおおおおお!!!!!」

 会場が歓声の渦となる。

「サファイアさーん!かっこよかったよー!」

「普通科一のイケメン!」

「ウインクしてー!」

 サファイアはこれまた爽やかにウインクする。

 見事に勝利したサファイアは皆に手を振って更衣室に戻った。


「どうだったかな?」

「いやもうメチャクチャかっこよかった!」

「ああいうの憧れるわ〜」

「ていうかサファイアさん魔力高すぎない!?」

 普通科の皆は観戦場に戻ってきたサファイアに群がっている。

「ちょ、ちょっと通して…」

 サファイアはパーティーのメンバーのもとへ行き、時渡の左に座る。

「君に一番見て欲しかったんだ。どうだった?」

「いや…なんというか…言葉選ぶの難しいけどパーティーで一番頼もしいなぁって思った」

「エヘヘッそう?」

 嬉しそうにサファイアは笑う。

「だって僕と戦った時もただでさえ剣術が強かったのに、あんなもの見せられたらねぇ…いや、凄いとしか言いようがないよ。僕のうちはこういう剣術とか習えるほどの階級とか無いごく一般な家庭だからさ、憧れちゃうなぁ」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

 サファイアはなぜか時渡の左腕にずっとくっついている。

 しかし特に時渡は気にすることもなかった。


 そしてその後も観戦していると今度は検事の番が来た。

「…行ってくる」

「行け検事!こんな時こそ目立ってやれ!」

「さっさと終わらせてくるよ。僕は早く座りたいんだ」

 面倒くさそうに聖剣を担いでコートへ向かう。

「やれーケンティー!」

「聖剣の本当の実力をみんなに見せてやれー!」

 検事は聞こえているのだか聞こえていないのだか分からないが、いつもの気怠けな感じで剣を構えた。

 対戦相手は水銀の聖剣を持つ清水 銀次だ。

 お互い握手して剣を構える。

「始め!」

 先生がそう叫んだ瞬間、検事が消えた。

「え!?」

「は!?」

「何!?」

 銀次、観戦者、全員が何が起こったのか理解できなかった。

「どっどこに!?」

 銀次は後ろを見る。

「ここだよ」

 銀次が振り向くとあぐらをかきながら剣のキーボードを操作している検事がいた。

「君の目を一回欺いて時間稼ぎをするために瞬間移動させてもらった。驚かせて悪いね」

 検事は銀次に見向きもせずにキーボードに打ち込みを続ける。

「隙だらけだぞ!!」

 銀次は水銀の槍を2本生成する。

「この時を待っていた」

 検事はメガネを直す。

 パチパチと操作していたキーボードの速度を上げた。

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ

 検事の指が尋常じゃない速度で動く。

「ぶ…ブラインドタッチ…」

 一人の生徒が呟く。

 そう。検事は5歳にしてブラインドタッチを習得ている。もしかしたらそれ以上前かもしれない。

「…出来た」

 検事はエンターキーを押す。

「…ワールドハッキング」

 グオッッ

 検事を中心にコート3つ分ある巨大なフィールドが発生した。

「は?なにこれ!?」

 時渡が辺りを見ると一面が基盤のような緑色になって0と1の羅列がそこらじゅうに並んでいる。

「…まさか…現実がデータ化しちゃったの…!?」

「BINGO」

「うわ!」

 検事のホログラムが出てきた。

「ここら一帯を全てデータ化させて貰った。特に害はないからそのままなるべく気にせず観戦してくれ」

「あ…はい…」

 銀次は検事の剣の力に圧倒されている。

「銀次くん、いいことを教えよう。どうやらこの訓練用の剣は自分が持っている剣の本来の力の2割しかコピー出来ないらしい」

「そ…それがどうしたって言うんだよ?」

「つまりだ」

 検事は銀次の持っている剣を転移させる。

「…なんだ…?」

 銀次の持つ本来の聖剣が出てきた。

「…どういうつもりだ?」

「僕の聖剣はコピーしても使い物にならないんだ。30%だと使えるデータも著しく減るからね。だから今こうやって本物を使わせて貰っている」

 検事はメガネのブリッジを持ってメガネを取り、ポケットからメガネケースを出してその中のクリーナーを出してメガネを磨きながら言った。

「僕だけが本物使うなんて、フェアじゃないだろう?」

 銀次はニヤリと笑った。

「面白え!やってやろうじゃん!」

 銀次は水銀の槍を今度はなんと12本も生成した。

「行け!」

 一斉に発射する。

 検事はディスプレイに残り時間を表示させる。

「あと30秒か」

 検事はディスプレイに映っている黄色い三角に!マークが書いてあるアイコンをクリックする。

 そして何かを設定するとエンターキーを押した。

 ギギギギギギギギギギギギン!

 銀次の槍を地面の形を変化させて作った壁で防いだ。

「クソ…もう一回!」

 銀次が聖剣を構える。

「キミ、一回自分の姿見たほうがいいよ」

「何!?」

 次の瞬間、女子たちが悲鳴を上げた。

「きゃああああああああ!!!!!」

 顔を手で覆っている。

「ん!?なんだ!?って…あ!」

 なんと銀次は素っ裸になっていた。

「うわあああああ!!!!!」

 思わず股間を隠す。

「お前!これは反則だろう!」

 銀次は顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

「相手を裸にしてはいけないというルールはないだろう?」

「コノヤロー!分かった!降参だ!降参!」

 検事がエンターキーを押す。

 パッ

「あっ」

 服が戻った。

「勝者、索間 検事!」

 先生が叫んだ。

 歓声が起こらない。

「だろうな」

 検事はルールにはないが卑怯な事をした自覚があった。

 検事がコートに戻ろうとする。

「検事!」

 銀次が叫ぶ。検事は足を止める。

「またやろうぜ!今度は時間制限無い状態で!リベンジしてやるよ!」

 検事は微笑む。

「そのうちな」

 検事は更衣室に戻ろうとする。

「すげー今の…」

「戦法はアウトだけど…パソコンさばきが…」

「かっけー…アノ◯マスみたいだ…」

 皆ガヤガヤし始める。

「…」

 検事は聖剣を操作して顔を上げた。

 その顔にはアノ◯マスのマスクが着用されていた。

「かっけええええ!!!!」

 イグニスはだいぶ何かが心に刺さったみたいだ。


「おかえりケンティー」

「うん」

 検事は座る。

「もっと充実した戦闘をしてみたいね。これじゃあ訓練にならない。ただのお試しバトルってところだな」

「まぁ1年だしこんな事しかやらせてもらえないよね〜」

 時渡は苦笑いする。

「ん?お、今度は俺か」

 イグニスは更衣室に向かっていった。

「頑張って!」

 時渡が言う。

「おう!行ってくる!」

 イグニスは手を振っていった。

 向かう途中でイグニスはニヤリと笑う。

「この前完成した新技、見せてやる」

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