第10話:普通科VS魔法科

 朝。

 シェリアは早起きだ。

 毎朝6時に起きて朝食を作るのだが、今日はいつもより早く5時半に起きた。

 寝間着からメイド服に着替えて洗面所で自分の姿を見てみる。

 袖を見てみたり、フリルが揺れるように動いてみたり、クルリと一回転してみたり。

 シェリアは服の二の腕にあたる布を掴む。

「マスターに買ってもらえた服…」

 シェリアはそっと笑い、初めて時渡に買ってもらった服に喜びを感じていた。

「おはよ〜シェリア〜」

 ヨタヨタと歩きながら目を擦っている時渡が洗面所に顔を洗いに来た。

「ひゃああ!?マ、マスター!?」

「ん?どうしたの?」

「なっ…なんでもないですっ!」

 シェリアは顔を赤く染めながら朝食を作り始めた。


 今日の朝食は白米と味噌汁、それと焼き鮭。

 見本のような日本料理だ。

 ちなみに食材は親が送ってきたものだ。

 手紙もついていたが、たまには連絡よこしなさいと書かれていたくらいだった。

 シェリアの事を説明するのが面倒なのでやめておこうと時渡は思った。

 ズズズ…

 味噌汁を啜る。

「その服、気に入ってくれた?」

「はい…。とても嬉しいです」

 シェリアは胸に手を”置く”。

 言い方はアレだがシェリアは誰もが眼を見張るほど巨乳だ。

 実際、通り過ぎる男たち誰もが二度見している。

 時渡はこれ以上見たら変な気を起こしそうなのでさっさと朝食を食べて学校へ行く。


「そう言えばシェリアって制服持ってないよね。どうしよう…」

「あ、私は聖鍵ですから大丈夫ですよ」

「いやそういう問題じゃなくて…」

 ドッ

「いてっ」

 誰かと時渡の肩がぶつかった。

「…」

 ぶつかった相手は大きな体を持った巨漢だった。

「あ…すみません…」

 時渡はすぐに謝る。

「…」

 巨漢は何も言わずに校舎へ向かっていった。

「何だあの人…恐いな〜」

 時渡は眉間にシワを寄せる。

「すごく背が高い人でしたね…」

 シェリアもそう言うように、本当に背が高い。確実に190センチを超えている。

「おー時渡、どうした?」

 イグニスが時渡とシェリアが何かを話しているのを見て寄ってきた。

「あ、イグニス。さっきすごく背が高い人とぶつかったんだよ。あと人相が悪いし人当たりも悪い」

 イグニスは何か考えた様子を見せる。

「…もしかしてだけどさ…」

 イグニスはスマホを取り出した。

「…コイツだったりする?」

 なんとそこにはイグニスと先程の彼のツーショット写真が映っていた。

「あぁ!?そうそう!この人だよ!」

「お前…結構面倒なのに狙われちまったな…」

「え…どういうこと…?」

「まぁ立ち話は疲れるから教室で話すわ」


「ヤツの名前は西尾 豪馬。俺が合宿行ってた時に一緒の班だったヤツだ」

 以前少しだけ話したが、イグニスは実はサファイアと同じかそれ以上階級の高い、代々火のエレメントを崇める家系の総本山、クリムゾンフェニックス家の末裔である。

 火属性魔法でトップの成績を叩き出したイグニスは中学2年の夏に魔法合宿という属性魔法で優秀な成績を修めた生徒が推薦されて行く合宿に2週間行ったことがある。

「コイツは獣化魔法のプロだ。足の関節が狼みたいに逆関節に出来るんだよ」

「逆関節…?イグニス、まさかとは思うけど踵を関節と勘違いしてない?

「ん?」

 よく分かっていないみたいなので、時渡はスマホで犬の足の画像を見せて説明する。

「ほら、ここのことでしょ?」

「あーすそう、そうだ、それだよ」

「ここ踵だよ。人間で説明するならつま先立ちしてる感じ」

「…」

 イグニスは黙っている。

 本当に話が通じているのか分からず時渡はただただ黙ってイグニスの顔を見ている。

「…あ!?そういうこと!?あー!分かった!理解できた!嘘!?知らなかった!」

 イグニスは納得したようだ。

「…でも脚がこんなふうになったんだよね?」

「あぁ、マジですごかったぞアレ。けむくじゃらの脚が生えてた」

「…でもそれで出来るってヤバくない?」

「あぁ。並大抵の魔法使いじゃまず無理だな」

 獣化魔法もそうだが、変身魔法にカテゴリー分けされているものは大体難しいとされているものばかりだ。

 変身魔法に必要なのは魔力や魔法の操作の繊細さだけでなく、変身する対象の構造や成分などの知識まで必要になってくる。

 豪馬が脚を狼のように出来たのなら、解剖図を見たり実物を見たりしてその内容が完璧に頭の中に入っているということになる。

「…前から思ってたけどこの学校優秀な人多すぎない?」

「そりゃあ異世界版東京大学と言われるようなところだからなぁ。まぁ古い言い方だけど」

「思ってるよりヤバい学校入っちゃったな…あ、で、その人の何が面倒なの?」

「あ、あぁ、アイツ、自分が目をつけたやつ方ボコボコにしてるんだよ」

「…………………………………は!?」

 時渡は思考が停止した。

 開いた口が塞がらない。

 イグニスは時渡の予想通りの反応を見て頷く。

「まぁ何があったか教えてやるよ」


 〜2年前〜

 あの日、合宿の宿泊先の神奈川の旅館で俺とアイツは会った。

「でさ、その検事ってやつがメチャクチャ頭良くてな〜」

「毎回1位って凄いね〜」

 宿泊先で出来た友達と俺は検事のことを話していた。

 ドッ

「痛ッ」

 アイツはその頃にはもう既に身長180センチは間違いなくあった。

 俺の親父も強面だから世間的には恐いと言われる方の男だ。でもアイツの威圧感は俺の親父を凌駕してた。

「…」

 睨みつけるその目つきで分かった。

 あ、コイツ完全に俺に目をつけやがったって。

 あの頃俺はやんちゃ坊主だったから喧嘩もしてたし、それ故に男の心情ってものは分かるようになっていた。

 でもヤツから感じたのは殺意とかそういうものじゃなくて、”後で締めといてやるか”ってくらいのものだった。

 だけど命の危険を俺は感じた。

 ヤツの「締める」は「半殺し」と同じだった。

 そしてそのまま通りすがる。

「うわ…ヤバイよ…アイツ、西尾 豪馬っていうヤツだよ…」

 合宿で出来た友達の浩夢ってヤツがそう呟いた。

「西尾 豪馬?」

「うん。アイツ、目をつけたヤツを片っ端からボコボコにしてるらしいよ」

「なんだって!?」

「気をつけたほうがいいよ。ワザとぶつかってきてるのかわからないけど、戦闘訓練の時軒並みやられたらしいから」

「マジか…面倒なのに絡まれちまったな…」

 その時俺は明日の戦闘訓練が無くなってくれないかと思った。

 あの時俺はまだ魔力が感知出来なかったから雰囲気から土属性魔法か爆破系の魔法かと思ったけれどまさか獣化魔法だとは思わなかった。

 で、次の日の戦闘訓練。

「では今回戦う相手を決めて下さい」

 俺はすぐに浩夢の方に向かったけど腕を掴まれた。

「俺とやろうぜ」

「…」

 正直あの時俺はもう吹っ切れてた。どうせ怪我しても治癒魔法でなんとかしてくれると思ったから治癒担当の女の子たちにちやほやされようと考えた。

「いいぜ。やってやんよ」

 どうせ負けるんだから強気に出た。

 で、本番になった。


「第1試合、イグニス・クリムゾンフェニックス対西尾 豪馬、構えて!」

 練習用の剣を構える。

「うわ…アイツ死んだな…」

「流石のイグニスでもな…」

 あーもうそこまで知られてるんだアイツ。

 俺は死にかける覚悟をした。

 俺は合宿で習得した剣に炎を纏わせる技を使った。

 そしたらヤツが何をしてきたか。

 カランッカランカラン…

 同じく持っていた剣を投げ捨てた。

「なんのつもりだお前…」

「…ベスティア・インスティンクス・ダット・ポテスターテム」

 ゴキッ メギッ って湿った音が聞こえた。

「嘘だろ…!?」

 なんとアイツは脚が狼、腕が虎、尻尾がワニ、背中には甲羅、頭がサイのバケモノに変身した。あの姿はキメラが見てもびっくりするぜ。

 変身前でも180センチ近い身長してたのに3メートルくらいのバケモノと戦わなきゃいけないと思うと気が遠くなった。

 ゴスッ

「グホァ!?」

 いつの間にか俺と間合いを縮めていたアイツは頭のそのご立派な角で俺に腹パンを食らわせた。

 吹っ飛んだ俺はそのまま訓練場の壁に激突した。

「グ…ゴホッ…ゴボォ!」

 俺は人生で初めて血を吐いた。胃液が混ざった苦くて口の中がヒリヒリする吐瀉物に俺は更に吐き気を催した。

「ブッ」

 血を吐き捨てて立ち上がった。

「その程度か?…って言いてぇところだが今の効いたぜ?」

 剣をヤツに向けた。

「じゃあ今度はこっちの番だ」

 剣先に魔力を練り上げて集中させる。

 当時の俺の新技だ。

「ファイアボゥル…」

 火球を発射するこの技はチャージすればするほど威力が上がる。

 俺はヤツを煽ってまたこっちに向かってくるまで貯め続けた。

 ドドドドドドドドドドドドド…!!!

 狼の脚で駆けて来る。

「ストラフィング!!!」

 発射した。

 見事に頭にクリーンヒットした。

 その上頭の角が折れた。

 ヤツはよろけて倒れた。

「へっへー!どーんなもんだい!」

「…」

 ヤツは俺を睨みつけて勢いよく立ち上がった。

 そして俺を蹴り上げた。

「ノタンス・フェルム!」

 俺はヤツの脚にすかさず焼印を押す魔法を喰らわせた。

「グアアッ!」

 魔法陣の形に灼けた痕を見てヤツは周りを見て俺を探したけどその場に居ない。

 そりゃそうだ。俺を蹴り上げたからな。

 俺は急降下しながらロケットの逆噴射の要領で着地とヤツへの攻撃を同時にするため当時使えた火属性魔法の中で一番威力が高い魔法を唱えた。

「インフェルノス・コンブレウム!!!」

 ヤツの体の3倍の幅はある魔法陣が俺の右手を中心に展開する。

 そしてその魔法陣が火吹いた。

 ロケットのジェットエンジンと同じ威力がある魔法だ。ヤツも喰らったら流石にひとたまりもなかったらしい。

 全身黒焦げになってぶっ倒れた。

 しかし、俺もこんな威力がある魔法使ったら意識が保てるはずもなく、そのまま落下した。

 で、目が覚めたら医務室に居た。あの後どうなったのか聞いたらヤツは合宿をやめたらしい。

 俺は勝てはしなかったけど負けはしなかった。そう思っている。


「…まぁ、こんな感じ」

「ガッツリヤバいじゃん」

 時渡は嫌な汗をかいていた。

「でもまさかアイツも同じ学校に入学してたとはな…」

 イグニスは顔をしかめる。

「こんな事言うのはダメかもしれないけど、もしかしたらイグニスと決着つけるために入学してきたのかもよ?」

「お前…恐ろしい事言うな…」

 そんな事を話していると、ユーノが教室に入ってくる。

「はい座って〜今日は大ニュースがあるわよ〜」

「なんですか?」

 ユーノは黒板に何かを書くと、バンッと黒板を叩いた。

「今日の3、4時間目は魔法科と戦闘訓練よ!」

 皆がワイワイしている中呆然とする2人。

「「………………は!?!?!?」」

 時渡とイグニスは同時にそう言った。

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