第4話:夕食調達の先で

「買い物…ですか?」

「うん。それにある程度買い物のことも覚えておいて欲しいし」

「分かりましたマスター!行きましょう!」


 寮の近くにコンビニがあるので歩いていく。

「マスター、明日は何をするんですか?」

「えっと確か普通に授業があるのと冒険者申請と…」

 明日はギルドへ行って冒険者申請をする。

 異世界小説を謳っておきながら未だにクエストにもギルドにも行っていないが、これが今の時代の当たり前である。

 法律上申請可能になる年齢は日本では16歳からだ。

 他の国には7歳からでも登録できると聞くが、当然年相応のクエストしか受けることができないだろう。

「うーん、でもまあそれくらいかな?」

「マスター、私は登録可能なのでしょうか…?」

「え…どうなんだろ」

 少し考えたが時渡はすぐに答えを出した。

「まあ明日分かるでしょ」

「それもそうですね」

 そうこう話しているうちにコンビニに到着した。


 ピロピロピロピロ…

 余程古いのか旧式の入店音がする。

「ぃらっしゃっせー」

 店員の気だるい声が聞こえた。

「なんか食べたいものある?」

「そうですね〜…これはなんですか?」

 シェリアが指をさしたのはカップラーメンだった。

「あーカップ麺ね。これにお湯注いで3分待てばラーメンが出来上がるんだよ」

「ラーメンって…?」

「あーそこから説明しなきゃいけないのか…まあ食べてみりゃ分かるよ。どれにする」

「では…これを」

 カップラーメンのシーフード味だった。

 時渡はカップ麺に加え、惣菜パンとエナジードリンク、明日の朝用の食パンを買った。

「ぁりざっしゃたー」

 コンビニを出る。

「ーでさー、あの女逃げてやがんの」

「ギャハハッ結局玉ナシかよ」

「女に元々玉はないだろ」

 コンビニあるあるで代表的と行っていいヤンキーたちが縁石に座りながらタムロっている。

 時渡は絡まれるのが怖いのですぐに立ち去ろうとした。

「マスター、あの人達は?」

「シェリア、危ないから早く帰ろう」

「了解しました」

 二人はサッと帰ろうとする。

「おーい!そこの兄ちゃん!」

 時渡はビクッと震えたが、自分じゃないと思い歩みを進める。

「おい無視すんなよ」

 肩から首にかけて手を回された。

「あ…僕ですか?」

「う〜ん、僕ちょっとお買い物したいからお金くれない?」

 時渡は財布の中身が今120円しかないのを酷く後悔した。

 時渡は必要以上の金銭は持ち歩かない主義だ。

 だがその癖が今こんな形で裏目に出たと思うと時渡は自分の不幸さを静かに嘆いた。

「す…すみません…い、いま僕120円しか持ってなくって…これじゃ足りませんかね…?」

 財布を見せるとヤンキーは時渡の財布を奪い取って中を確認する。

 カードも見てみるが保険証しかない。

(ヤバい…間違いなく殴られる…立ってられるか…?)

 体の震えが止まらない。

 実は時渡が金をあまり持ち歩かないのも昔カツアゲを受けたからなのだ。

「え〜じゃ〜足りないからその娘くれない?」

「…え?」

「その娘に色々してもらおっかな〜って」

「色々って…どんな?」

「それは秘密〜」

(男は度胸…男は度胸…男は度胸…男は度胸…!)

 時渡はこの緊迫した状況で張り詰められた空気に押しつぶされそうになりながら心のなかで何度も唱える。

 一回深呼吸をする。

「どれにしろダメです。シェリアは渡せません」

「は?」

「いや…まず人を渡すなんておかしいでしょ…」

 ヤンキーは目をパチクリさせる。

「え?何?文句あんの?」

「文句とまでは行きませんけど普通におかしいって思って」

 ヤンキーが時渡の胸ぐらを掴む。

「もう一度言ってみ?」

 ブワッとひや汗が出る。

 でもシェリアを危険な目に合わせるより何倍も痛い思いをしたほうがマシだと時渡は思った。

「シェリアは渡せません」

 ヤンキーは何を考えているかわからないが、今自分を殴ろうとしていることだけは見なくても理解できた。

 スーッと右手が上がってくる。

 時渡は息を呑んだ。

 ガシッ

「あ?」

 ヤンキーの右手をシェリアが掴んだ。

「その右手、どうするつもりなんですか?」

「お前には関係ないだろ」

「関係あります。マスターに危害を加えることは、聖剣である私が許しません」

「何言ってだy

 ガッ

 ヤンキーがシェリアに殴りかかろうとした瞬間、目にも留まらぬ速さでシェリアの拳がヤンキーの顎をかすめた。

 拳が顎をかすめるというのはボクシングで最もノックアウトを引き起こす技であることは有名な話。

 ドサッ

 当然ヤンキーは全身の力が抜けて倒れた。

「…ふぇ?」

 時渡に状況が理解できたのはヤンキーが倒れて5秒後のことだった。

「え…何アレやばくね?」

「行こ行こ」

 その様子を見ていた他のヤンキーが逃げ出した。

「シェ、シェリア、一体何したの?」

「気絶させました。じきに起きます。今のうちに帰りましょう」

「あ………はい」

 時渡はシェリアが凄まじい格闘技術を持っているのを知り、一生彼女を怒らせないようにしようと心に誓った。


 寮に帰ってくると時渡は体から全身の力が抜けた。

「ああぁぁぁ〜〜〜〜怖かったぁぁ〜〜〜!!!」

 その場に座り込んでしまう。

「もう二度とあんなのに絡まれたくないって思ってたのに…」

「すみませんマスター、私があんなのに興味を示してしまったばかりに…」

「いや、いいんだよ。とにかくシェリアに怪我とかなくって良かった」

 シェリアは安堵して苦笑いする時渡の顔を見て顔を赤らめる。

「い、いえ…私は別に…」

 そっぽを向いてしまう。

 時渡は頭に?を浮かべていたがそっとしておこうと思った。

「さて…」

 ここで重大なミスを犯したことに時渡は気づいた。

「あ!」

「どうしたんですかマスター?」

「…お湯…作れないんだった…」

 寮の台所には様々な設備があるが、給湯器は無かった。

 しかも雪平鍋や湯沸かしポットも無いためお湯が出せない。

「あぁ、それでしたら私がやりましょう」

「え?」

「お湯…何度くらいにしましょう?」

「え…あ、丁度沸騰したくらいの温度…」

 シェリアはコップに両手を左手が上、右手が下という順に重ねる。

「フラームラ」

 両手の間に火の魔法陣が出現する。

「アクアフォンス」

 水の魔法陣が右手の下に出現する。

「デュオマギカ・コンポスタ」

 2つの魔法陣が合体して魔法陣から熱湯が出てくる。

「えええ!?シェリア、複合魔法使えるの!?」

(複合魔法:2つの魔法を混合させて新たな1つの魔法にすること)

「当然です!聖剣ですから!」

「いやどんな理由!?」

 かくして、二人はカップ麺を食べることができたのであった。


 午後10時。

 またテレビを見て時間を潰した。

 風呂は当然それぞれ別々に入ったが、ここである問題が発生した。

 …ベッドが一つしか無いのである。

 しかもまだこの問題に時渡は気づいていない。

 ではそろそろ寝るというタイミングになったところからご覧いただこう。


「やべ、明日早いし…もう寝るか」

 寝室のドアを開ける。

 そして目に飛び込んできたのはベッド。

 そこは当たり前かもしれない。

 しかし今の時渡にとっては状況のワケが他とは違かった。

 そう。シングルサイズのベッドだからだ。

 ギョクンッ

 時渡は思考が停止した。

 それと同時に時渡の中に様々な思考が駆け巡る。

(シェリアと寝なきゃいけないのか!?シングルサイズのベッドで!?)

 時渡にとってそれは禁忌そのものに触れるようなことだった。

 まず女子と寝た時点で言語道断、正気を保てるワケがない。

 襲ってしまうかもしてない。神秘を犯してしまうかもしれない。

 床で寝るかと決意した時だった。

「マスター、どうしたんですか?」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 突然シェリアに話しかけられて支離滅裂な言葉を叫ぶ時渡。

「マスター!?」

「あ、あぁあぁ、何?シェリア」

「何って…寝るんですよね?」

「う、うん…そうだけど?」

 時渡の目をシェリアはじっくりと見つめる。

「ど、どうしたの?なんか顔についてる?」

「マスターの心拍数が上昇しています。このままだと睡眠の妨げになってしまいますよ?」

 シェリアと寝るからなんて言えるわけがない。

「あ!閃きました!」

 シェリアは何かを思いつき両手を合わせる。

「へ?」

「耳かきをしましょう!」


 シェリアは布団の上に正座して自分のふとももをポンポンと叩く。

「はい、マスター、ここの上に頭を乗せてください!」

(色即是空…色即是空…色即是空…色即是空…)

 時渡は頭を真っ白にする。

 ポコン

 シェリアのふとももに頭を乗せる。

 柔らかく、それでいて上品な弾力があり、ほどよい体温を感じる。無機物では絶対再現不可能な人肌の心地よさがたまらない。

「じゃあ、いきますよ?」

 時渡が家から持参していた耳かきをシェリアは持って、時渡の耳の中に入れる。

 カリカリ…ゴソゴソ…

 耳かきが耳の中に入ってくる。

 言葉では表現できない気持ちよさがある。

(シェリアって聖剣なのに…本当に人間と変わらないんだな…あ、ヤバいこれ絶対寝る)

 シェリアの耳かきにより、時渡の意識は夢の中へ飛び込んでいった。


 チュンチュン…

「ん…」

 目が覚める。

「すぅ〜…すぅ〜」

 目の前でシェリアが心地よさそうに寝ている。

「うわあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ」

 こんな朝チュン状態を起床一発目から喰らい時渡は驚いて叫んだ。

 ゴテンッ

 時渡は布団から転げ落ちた。

 状況を理解する。

「あ、そうだ、昨日聖剣を引き抜いて、それがシェリアになって、耳かきしてもらったらそのまま寝ちゃったと…」

 改めて考えてみるとバカみたいに濃密過ぎる一日だったと時渡は思った。

「んう…マスター?」

 シェリアが時渡の叫び声で起きてしまった。

「ご、ごめん、ちょっとびっくりしちゃって」

 時渡は立ち上がる。

「朝食食べよっか」


 顔を洗って口をゆすいでパンにマーガリンをつけて食べる。

 普通の光景だが時渡は首を傾げる。

「…なんか物足りない気が…」

「どうされましたか?マスター?」

「あ、いや、なんでもない」

 朝食を食べ終えて制服に着替えたら通学カバンを持って学校に向かう。

 エレベーターのドアが開くとイグニスが居た。

「お、時渡」

「あ、イグニス。おはよう」

 イグニスは二人のことをジロジロ見てくる。

「…な、なんだよ」

「時渡、昨日はお楽しみだったか」

「ブッ殺す」

「冗談だから!」


 ボコボコにされたイグニスはヨタヨタと歩きながら昨日エナジードリンクを奢ってもらった分の金を返す。

「ひでえ」

「どっちのほうがひでえんだよ」

 金を受け取った時渡はツカツカと校門をくぐる。

 下駄箱で靴を履き替える。

「お、時渡、おはよう」

「おはよう」

「あ!シェリアさんも!おはよう!」

「おはようございます。皆さん」

 シェリアは高校生活1日目にしてクラスの人気ものになっていた。

 自分のような日陰者がなぜ彼女の主になったのか疑問に思った時渡だった。

 ガラガラガラガラ

「はい席についてー」

 先生が入ってくる。

「さて皆、分かってるとは思うけど今日は」

 ビシッ

 窓から見えるギルドを指差す。

「冒険者申請をするわよ!」

 いよいよやってきたアルカディア高校のギルド申請に、クラス全員が心を踊らせていた。

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