第8話 おかえり

◇◇◇この世界◇◇◇



 魔獣を葬った俺たちは、その地を少しばかり見回った後、帰路につく。

 そこには興味深いものもあったが、ゆっくり調べる時間はなかった。

 遠藤は沢野が背負い、俺はまた、荷物持ちになった。


 ようようと王宮に着く。


 出立前よりも、寂れた感じがする宮殿の外観。

 遠藤はそのまま、侍従たちが連れていった。

 治癒の施術をすると言う。


 王は玉座で待っていた。


「よくぞお戻りくださいました。まずは、これを……報償の一つです」


 侍従から、ひとり一人に、光る石が渡された。

 紅玉は葛西に、蒼い石は斎木に、碧石は沢野にと渡る。


「御陵様にはお二人分を」


 俺と絵里には、紫色の石と透明の石。どちらも勾玉のような石が下賜された。


「そして、皆様の願いごとですが……」


「その前に、お聞きしたいことがあります」


 俺は王に向かって顔を上げる。


「何でしょうか」


「この世界、俺たちが今いるこの場所は、どこなんですか? 陛下、あなたたちは一体、どこから来たのです?」


 王はしばし沈黙した。

 そしておもむろに、語り始めた。



「なぜ、あなたは我々が『どこからか来た』と考えたのですか? 元々、この場所で生きているとは思わずに」


 俺は、此処に召喚された時からの疑問を言う。


「この場所に召喚された時に、まず思ったのです。王、あなたが神殿の司祭も兼ねている姿を拝見しました。あなたは王というより、俺の星では『教皇』と呼ばれる、国家元首と神の代理人を兼ねる方だと。

しかし、この地の国民くにたみは少ない。農作物の畑もない。魔物と戦う軍隊はもちろん、私兵すら見当たらない。

国家という体裁を、保っているとは思えないのです。

王、あなたも含めて、ここにいる人たちは、ひょっとして、どこか別の場所に、本拠地があるのではないですか?」


「なるほど……」


 俺は推測を続ける。


「俺は魔物を倒しながら気付きました。放射能というか、何かの宇宙線により、生き物の性質が変異していることに。そして、変異した生き物の中に、人間も含まれていることに」


 俺以外の三人も、下げている頭が同意を示している。


「魔獣を、倒してくださったのですね」


 王が呟くように言った。


「はい。それこそが、俺の推測を確信に変えるものでした。魔獣は倒すと、人間の姿に戻りました。穏やかな表情で……」


 王は大きく頷いた。

 目尻が少し光っていた。


「魔獣の居た場所では、金属の欠片や、何かの計測が出来るような物品が、いくつも散見されました。そう。まるで、宇宙船の、残骸のような」


 王は深い息を吐く。


「そうですか。そこまで……。おっしゃる通り、我々は、元々居た星から、追放された者です。我らの神は、同族を傷つけることを認めていない。本来ならば、戦は起こらないはず、だったのです」


 王は立ち上がり、視線を遠く投げる。


「ですが、我々を追放したかった者どもは、別の世界から人を呼んだ。邪道です。だが強力な異世界人たちだ。まともに戦ったら、勝てないことは明白でした。


そこで、我々は、別世界から来た強い者たちと戦うことを放棄し、小人数でここまで辿り着いたのです。


それが、それこそが、我々が選んだ、生き延びるための知略でした」


 宇宙船の残骸は、その時のものか。


 俺の思考を読んだかのように王は語る。


「荒れた地でしたが、我々は未開の星を開拓しました。そして、少しずつ国家としての体裁が整った頃に……」


「隕石が落ちたのですね」


 王は微かに笑う。


「落ちた、ええ。狙って落とされたのですよ。この星を崩壊させるために」


「「「!!!」」」


「隕石は膨大なエネルギーを持つ、放射性物質で出来ていました。せっかく開拓した土地は、一瞬にして消えました。それだけでなく……」


 王は言葉を詰まらせる。


「放射性物質により、生き物の遺伝子まで、変異してしまった……」


 俺は王の言葉を継いだ。


「ええ。隕石は何度も落とされました。あとは、みなさまがご覧になった通りです」


「隕石を狙って落とすなんて……すげえ。そんなに科学が進んでる星があるなんて」


 斎木の言葉に王は遠くを見つめる。


「そうですね。科学だけ突出し、信仰を忘れた星でした」


 侍従が小走りに王に近づき、何かを告げた。


「さて、御陵さん、あなたの疑問は解消されましたか?」


「最後に一つ。俺たちを召喚した方法は、魔力みたいなものでは、なかったのですね?」


「ええ。磁場とときの調整、とでも言うものです」


 磁場と時間を操ることが出来るなら、異世界への扉が開かれるのか。


「そろそろ、みなさまの願い事をお聞きしましょう」


「帰りたい」


 沢野が真っ先に言う。


「俺も」


 斎木が手を挙げる。


「俺は、絵里を人間の姿に戻してもらって、一緒に帰りたい」


 あたしは、と葛西が言いかけた時に、王は言った。


「お気持ちはよく分かるのです。ただ、この世界の動力が、そろそろ尽きかけているため、一度に四人までしか、お帰しすることが出来ないようです」


 葛西が逡巡する。

 すると奥から声がした。


「俺はいい! まだ帰らなくていい」


 治癒を受けている、遠藤の声だった。


 葛西はにやっと笑う。


「じゃあ、あたしも、まだ帰んなくていいわ。その代わり、もっと宝石ちょうだい!」


 よたよたと近づく遠藤に訊く。


「いいのか遠藤? 葛西も」


「いいんだよ! その、まあお前には、借りがあるしな」


 顔をぽりぽり搔きながら、遠藤は俺に言った。

 そんな遠藤の腕を、葛西は支えた。


「かしこまりました。では、沢野様、斎木様、御陵様と絵里様、元の世界へお帰りいただきます。

なお、時間のひずみが生じると、元の場所の同じ時間に帰れるとは限りませんので、ご了承ください」


 玉座から、光が湧く。

 光は曲線を描いて、俺たちを取り囲む。


「まあまあ、結構な冒険だったな」


 沢野が言った。


「俺はもう、二度とゴメンだ」


 斎木の声は明るかった。


「帰ろう、絵里」


『うん! 司』






◇◇◇エピローグ◇◇◇



「次は鋸南町、鋸南町」


 俺ははっとして目を覚ます。


「絵里、絵里、起きなよ、次降りるから」


 隣で俺の肩に頭を乗せている、絵里に声をかける。


 あれ、既視感?

 前にも、こんなことがあったような気がする。


 ううん、と腕を伸ばしながら、絵里は目を覚ます。


「寝ちゃった……なんかね、夢見てたの」


「俺も寝てたな。ヘンな夢見てた」


「どんな夢だった? 司」


「異世界で、無双する夢!」


「あはは! 何それ! ウケルう」


 絵里は笑う。

 揺れる絵里の髪は、俺の頬につうっと伸びた。


 まるで、触手の様に。


 了

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はずれスキル「渦」の俺は、イソギンチャクの幼馴染と異世界を救う! 高取和生 @takatori-kazu

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