第7話 決戦

◇◇◇正体◇◇◇



 ずるずる……

 ずるずる……



 遠藤の腹から血糊を搔きわけるように、男の腕の太さぐらいの、灰色の何かが這い出す。


 ひゅっと息を呑む音。

 慌てて治癒の為の手をかざす葛西。


 這い出したモノは体を半分立ち上げ、大きく口腔を広げ、あたりを威嚇する。


 キシャアア!!


 速攻で、沢野が踏みつぶした。緑色の体液が広がった。


「な、なんだ? 今の」


 斎木が俺に訊く。


 おそらく……


「淡水のサカナを生焼けで食べたってことは、サカナに付いていた寄生虫かな」


「あの、バカでかい芋虫が、か?」


「ああ、おそらく、遠藤の体内で変異して、あの大きさになったんだろう」


 放射能。


 その単語は、遠藤以外の心に沈んだ。

 俺は血だまりを歩きながら、猿型魔物の残骸に目を凝らす。

 あるモノを探していた。


「な、なんで、この地に放射能が……」


 沢野は呻くように言う。


「最初、俺たちは聞かされた。この地に厄災が『落ちた』って」


「落ちたって……司はなんだと思う?」


「隕石だ」


「!」



 探していたモノがあった。

 俺の仮説を裏付ける、一つの物証。


 俺は残骸からソレを掴む。


「見ろ」


 沢野と斎木は、まだ血を滴らせている、それを見つめる。


「さっきの猿の手か?」


 そう、俺が摘まみ上げたのは、猿の姿をしていた魔物の手。


「この指先、親指と人差し指で挟んでいるのは、沢野、お前の服の、切れ端じゃないか?」


 沢野は思わず、自分の首を触る。

 襟元が少し、綻んでいる。


「指先だけで、布を破っていたのか。あのまま掴まれていたら、俺、危なかったな」


「猿っつうか、ゴリラか。剣も魔術も効かない、ムダに強かった奴らだった……」



 俺は、言わなければならなかった。


「アイツらは、猿じゃ、ない!」


「えっ、だってどう見ても……」


 俺は覚悟を決めた。

 コイツラを倒す時に、既に俺は決意していたから。


「この指の使い方、親指を曲げ、人差し指とで物を掴む動作。


これは、猿にはできない。

これが出来るのは、人間だけだ!」


「「「!!!」」」


 その場の空気が凍り付いた。


「ま、まさか!」


「魔物はこの地の生き物が、変異したものだと思う。中でもバカ強い魔物、さっきの猿型の魔物は、元は人間だ」


 空から降って来た隕石。

 この地で激突し、おそらくは、大量の放射線を撒き散らした。

 直撃を避けた人と動物は、放射線により、遺伝子変性を起こした。


 それゆえ、姿形も性質も、力でさえ、元の生物の能力を、凌駕してしまったのだ。


「王が、この地の魔物や魔獣を倒せないと言ったのは、元々同じ国民であった者たちを、倒したくなかった。つまり、同族を、殺したくなかったからだ」


 乾いた風が足元を抜けた。


 元はこの地の人間ヒューマンであると薄々分かっていても、俺は躊躇わず、ヤツラを倒した。

 その覚悟を、沢野と斎木は分かったのだろう。

 口を一文字に結び、二人は無言になる。


 その後ろから、葛西が弾んだ声を出す。


「止まった! 血が、遠藤の血が止まった!」



 俺たちはいったん、洞窟に戻った。

 斎木は浄化の魔術を使い、猿型の魔物の死骸やら何やらを片付けた。

 陽が落ちた洞窟内、メンバーは遠藤を除き、車座になる。


「おい司」


 斎木が口を開く。


「なんで、お前、この世界の謎みたいなこと、そこまで解けたんだ?」


「えっ? いや、ここまで来る間に、いろいろ考えたから」


「ふうん、頭良いんだ」


 沢野が乾パンもどきを飲み込んで、俺に言う。


「お前、俺たちともう一回、一緒に闘ってくれないか、あ、いや。頼む。司くん、一緒に、闘ってください!」


 でかい沢野が、体を小さくして頭を下げた。


「俺からも頼む! さっきみたいな魔物、俺たちだけじゃ絶対倒せない!」


 斎木も同じく低頭する。


「あ、あたしは、どうでもいいわ」


 葛西は横を向く。

 その視線の先には、真っ白な顔色で横たわる遠藤がいた。


「でも、これ以上、遠藤は闘えないわ……」


『どうするの、司』


 いきなり絵里の声が聞こえた。

 俺にだけ。


「一緒には、闘えない」


 俺は静かに言う。

 あからさまに気落ちする、三人。


「追放して、悪かったよ。許してくれとは、言えないけどな」


 ぶつぶつと沢野が言う。


「追放は、別に気にしてないよ」


 俺はつとめて優しく告げた。


「正確に言えば、先陣を切るのは俺だ。だから……

みんなは俺の後ろから、支援をして欲しい!」




◇◇◇王宮◇◇◇


「もう、召喚した方々は、魔獣の地へと着く頃だろうか……」


「そうですね」


 王付の侍従が答える。


「もしも、この世界の真の謎、召喚の真の目的と方法を知っても、彼らは闘ってくれるだろうか……また、ここへ戻って来てくれるだろうか……」


 王の呟きに、侍従は何も答えなかった。




◇◇◇終焉◇◇◇


 魔物の王である魔獣の居場所は、洞窟からほど近くの、丘の上だと聞いている。

 瀕死の重傷だった遠藤はそのまま洞窟に置き、葛西には引き続き、治癒を頼んだ。

 俺は沢野と斎木に作戦を伝え、魔獣討伐へ向かう。


「なあ司」


「なに?」


「魔獣って、どんなヤツだと思う? やっぱ、人、間?」


 斎木は俺のすぐ後ろで、いつでも魔術を繰り出せるように構えている。


「多分、人間だ。姿形は、変わっていると思うよ」


 歩きながら俺は答えた。

 沢野は両の拳をマッサージしている。


『司』


「なんだ、絵里」


『この辺、放射能が強いよ』


 確かに、絵里の体は、濃い紅色に光っている。


「そのようだな」


 絵里は言う。


『私が細かいミストを出しとく。少しだけど防げるよ!』


「ありがとう! 絵里」


 俺がポケットに向かってしゃべっているのを見て、斎木と沢野は怪訝な表情になったが、何も聞いてこなかった。


 絵里の言葉とおり、薄っすらとした霧が全員の体を覆う。

 心なしか、呼吸が楽になったような気がした。


 いきなり!


 地面がぼこぼこと盛り上がる。

 木の根のようなものが、俺たちに襲いかかる!


「火炎発射!」


 構えていた斎木が、あっという間に、うごめく根を焼き尽くす。


 俺たちは、既に魔獣の領域に足を踏みいれていた。


「近い!」


「おお!」


 小走りに進むと、空が闇に変わる。

 小高い丘一面に、漆黒の存在が待ち構えていた。


「魔獣か!」


 魔獣は耳障りな重低音の響きを、全身から発する。

 俺は掌を魔獣の躰に向ける。

 その中心に、最高出力の渦をぶつけた。


 ぶつけたところは、少し凹むが、傷はついていない。


「うわっ! マジか!」


 沢野が魔獣の体を見て叫ぶ。

 魔獣の体表面には、次々と魔物の首が現れてくる。

 現れた魔物は、魔獣の体表を抜け出し、俺たちに向かって走り出す。


「絵里!」


『オッケー!』


 絵里は触手をピアノ線の様に伸ばし、走り始めた魔物の動きを封じる。

 そのまま次々と、魔物の首を落としていく。

 絵里の触手で藻掻く者は、沢野が拳をぶち込んでいく。


 しかし、キリがない。

 魔獣本体を倒さないかぎり、魔物は無限に発生する。

 魔獣は、闇のような体に似合わない、小さな頭部から、俺たちを見下ろしている。


「おいおい、ホントにアイツも、元は人間かよ!」


 斎木も次々に発生する魔物を、魔術で排除している。


「斎木! G《いでんし》計画を決行するぞ!」


 斎木は無言で片手を上げる。


「絵里! 打ち合わせしたとおりだ!」


『わかった!』


 俺の、俺たちの標的は魔獣の頭部だ。

 さらに言えば、頭部の中の、視床下部を攻撃する!

 視床下部には、人としての感情や行動を制御する、遺伝子領域が存在するからだ。


 そして、俺の持つ固有能力、「渦」とは。

 言い換えれば、螺旋。

 絵里の触手と組んで、魔獣の持つ遺伝子の、螺旋構造に、入り込む!


「いっけえええええ!!!」


 俺の渦は、絵里の極限まで細くした、目には見えない触手を巻き込み、魔獣の頭部へとハイスピードで突き進む。


 ズサッ!!


 俺の渦は、絵里の触手を魔獣の頭部の奥まで導く。


 俺の脳裏には、絵里の触手が魔獣の視床下部で、現存する遺伝子をくるくると書き換えていく様子が映った。


「ぐあああああ!!」


 魔獣は頭を大きく振りながら、後退していく。


 カッチーーーーン!


 魔獣の遺伝子の組み換えが終了した!

 同時に魔獣は、地響きを立てて倒れた。


 倒れた魔獣は、みるみる体が萎びていく。

 魔獣の躰から生み出された魔物たちは、黒い煙に変わっていく。


「や、やった、のか?」


 恐る恐る斎木が訊く。


「確かめる」


 俺は答えた。


「お、俺も行く」


 沢野が後からついて来る。


 俺は、倒れた魔獣を見下ろした。

 魔獣は、褐色の肌をした人間の姿になっていた。

 日本人とは雰囲気が違う。

 どこか異国の、肌と髪。


 魔獣であった者は、目を開ける。


「…………」


 言葉は聞き取れなかったが、俺には「ありがとう」という唇の動きに見えた。


「終わった。とりあえずだけど」


 俺は沢野に頼んで、地面に拳を打ち込んでもらう。

 地割れがおこった土塊つちくれを、俺は渦の力で宙に浮かす。

 魔獣の本拠地であった場所に、土塊をどんどん積み上げる。


 この地の土質は、粘土に石灰質が含まれている。

 本拠地を土で囲めば、残存する放射能も封じられる。


 土塊の墓標が、荒野に立った。

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