第6話 厄災との戦闘

◇◇◇地底メンバー焦る◇◇◇



「おい沢野、なんとかしろ! 斎木はバックから火を放て! 俺は、切り込む!」


 そう言って、遠藤は大型の魔物一体に切りかかる。

 俺は両手を使って、炎の球体ファイアーボールを次々に、数体の魔物にぶつける。

 沢野は火球が当たって焼けた敵の体に、思いきり拳を叩きこむ。


 いつもの必勝パターンのはずだ。

 だが。


 倒せない!


 俺たちを取り囲む魔物は、体高が二メートル以上あって、ゴリラのような顔と体をしている。

 胸板は分厚く、全身剛毛で覆われている。

 遠藤が勢いよく、斜めに腹を切っても、奴らの体表に薄く血が滲むだけだ。


 そのうちの一体が、遠藤の剣を奪い、折り曲げようとする。

 軽い金属音を残し、遠藤の剣は折れた。

 また、他の奴は、俺が放った火球を呑み込んだと思ったら、威力を増して吐き出した。

 空気が焼ける。


 コイツら……

 コイツらは!

 むちゃくちゃ強い!!


「いったん下がって、身体強化するから」


 葛西の指示で遠藤、沢野、そして俺は、洞窟の出口近くに下がる。

 連中は、じりじり迫ってくる。


「シールド!」


 たまらず俺は、風のシールドを張る。


 ふと見れば、沢野の拳は血に塗れ、指が手の甲側に曲がっている。


「沢野、お前!」


「まいったな、打ち込んだ時に拳を潰したよ……」


 沢野の額には、大粒の汗が浮かんでは落ちる。


 剣を折られた遠藤は、膝をついていた。

 息も荒い。


「遠藤、大丈夫か?」


「腹が……腹が痛くて、力が出ねえ……」


 確かに遠藤の顔色は真っ青だ。


「葛西、治癒できるか?」


 葛西は手をかざしつつ、俺に向かって首を振った。


「なんか、やってもやっても、遠藤の体の芯に入っていかないの、治癒の光が!」


 魔物たちは、力技で、俺の張ったシールドを破ろうとしている。

 普通の魔物なら、俺のシールドに触れただけで、体中刻まれるというのに!


 バリバリバリバリ!!

 

 シールドはあとかたもなく破られた。

 先頭にいた魔物の腕が、沢野の首を掴んで圧をかける。


 その時だった。


 ドサッ!

 ドサッ!


 俺の目の前に、魔物の腕が飛んできた。

 いや、腕だけではない。

 ゴリラのような顔貌が、胴体から落ちて転がってきたのだ!


 何!

 どうした! いったい!


「洞窟に戻れ!」


 声がした。

 覚えのある声だった。

 まさか!


「早く!」


 俺たちが逃げるように洞窟内に入った瞬間だった。

 洞窟内部をも揺らすような、地響きが起こった。

 重低音のそれは、何回も続いた。


 風よりも強力な音だった。

 たとえて言うならば、巨大ハリケーンが通り過ぎるような。


 俺たちが魔物討伐をアイツに委ね、息をひそめていた時。

 遠藤の体は、変貌を遂げようとしていた。






◇◇◇司と絵里の闘い◇◇◇



 魔物の咆哮を聞いた瞬間、俺は駆け出した。

 すぐに魔物の群れが目に入る。


 デカい!

 熊のような魔物を何度か倒してきたが、それと同じかそれ以上の背丈だ。

 元は猿か? いや、ゴリラか。


 魔物たちは十体。

 奴らは、トンネルの出口のような場所の前に集まっている。

 トンネルの出口……


 それはきっと。

 地下の洞窟から、地上へと続いている場所だ!


 ということは!


 目の端に、丸太のようなゴリラの腕が、洞窟内に伸びていくのが見える。


 ひょっとして。

 俺以外のメンバー四人、出口付近にいるのか!


バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!


 ガラスが割れるような音が聞えた。


 まずい!


「絵里、出口付近の一体を頼む!」


『了解!』


 絵里はすぐさま、硬化した触手を、洞窟前のゴリラに向ける。

 槍のような形に変わった触手は、一直線にゴリラに飛ぶ。

 俺は両手から、渦を五つ、出力を上げ立て続けに繰り出す。


 ピイイン!


 糸が張ったような音と共に、洞窟前のゴリラの腕が飛ぶ。

 少し遅れて、ゴリラの首が胴体から落ちた。


 洞窟から、誰かの頭が見える。

 俺の渦に巻き込まれたら、その頭も飛ぶぞ!


 あわてて俺は怒鳴る。


「洞窟に戻れ! 早く!」


 俺の放った渦は、互いを巻き込み巨大化する。

 巨大になった渦は、竜巻に変わり、火花を散らしながらその場の魔物を巻き込んでいく。

 魔物の最期の叫びも、渦の轟音にかき消される。


 渦が消えた後には、おびただしい血液と、魔物の躰の残骸が散らばっていた。


 俺が洞窟の出口に近づくと、バタバタと見知った顔が寄ってきた。

 やはり、俺を追放した、メンバーだった。


「お前、司、だよな」


 最初に声をかけてきたのは、斎木だった。

 斎木はほっと息をつき、辺りを見回す。


「な、なんで……こんな、バラバラ……」


 斎木の後ろには、沢野が首を押さえて立っている。


「あんな、バカみたいに強いモノを、こ、こんな……」


「キャッ!」


 声を上げたのは葛西だ。滑って転びそうになった。


「な、何よ、この血の海!」


 斎木が、俺を見据える。


「お前が、全部、片付けたのか……」


「ああ」


 実際は、絵里の力も借りているが、それは言わない。


 あれ?

 三人?


「あの、遠藤は?」


 俺が尋ねたその時だった。


「嘘だああああ!」


 洞窟からドタドタと走ってくる男。

 手には剣を持っている。

 だが、刃は半分しかない。


 遠藤は、ぼんやりと立っている三人を突き飛ばし、俺に剣を向ける。


「嘘だ嘘だ嘘だ!! コイツに、そんな力があるわけ、ないいい!!」


 遠藤の目は赤く染まり、口から唾液がダラダラ流れている。

 剣を構えているものの、腰から下は震えている。


「遠藤、だよな」


 三人は無言だ。

 何かあったのか。


「うおりゃあああ!!」


 遠藤は俺に切りかかる。

 俺は体を横にずらす。

 遠藤の剣は空を切り、そのまま彼は前のめりに転ぶ。

 遠藤は荒い息を吐きながら、唸っている。


『切り裂きの剛剣』が、何をやってるんだ。


「ああ、さっき、地底で食ったサカナにあたって、遠藤、今フラフラなんだよ」


 斎木がとりなすように言う。

 斎木の言葉を、俺は聞き逃すことが出来なかった。


「食ったのか? どの辺で? どんなサカナだった?」


「えっ? ああ、出口に近いトコの川。なんだろ? 深海魚みたいな形してた」


 斎木の答えに俺は身震いした。


「俺も一口食ったが、それだけで気持ち悪くなって、すぐに吐いたな」


 沢野も食ったのか!

 顔色は、まあ、普通か。

 目の色も変わっていない。


 唸っていた遠藤は、そのまま蹲り、腹を押さえてギリギリ歯ぎしりをする。


「何どうしたの? なんかまずかった?」


 さすがに葛西も心配そうな声になる。


「俺は、ここまで地上のルートを使ってやってきた。魔物と何度も闘いながら。それで気付いたことがある」


 俺は皆に話をする。

 しなければ、ならないからだ。

 今。


「気付いたって、何に?」


 斎木が唾を飲み込む。


「魔物とは、俺たちの世界にいる生き物が、変化した存在だと」


 遠藤の苦悶の声がする。


「変化って、その原因はなんだ? 呪い? それとも魔術か? まさか魔獣が変化させているのか?」


「出発の前、王宮で聞いたこと覚えているか? 草木が生えている場所の水は飲んで良いと。この辺は荒れ野で、草も木も枯れている。つまり水も、水の中に棲むモノも、飲んだり食べたりしてはいけないんだ」


 葛西が口を尖らせて言う。


「焼いたよ、サカナ。ちょっと生焼けだったみたいだけど」


 俺は頭を振る。


「加熱したくらいでは、何の効果もないよ」


「なぜだ。俺の火の魔術でもダメなのか?」


 魔術でそれが消せるとは、俺には思えない。


「だって、この地の生物を魔物に変えたものは、放射能だから」


 その場の三人は、驚きを隠せなかった。


「ほ、放射、能?」


「そうだ。それが王の言っていた『厄災』なんだよ」


 遠藤はとうとう、布を引き裂くような叫び声を上げる。

 彼が押さえていた腹からは、鮮血が吹き上がっていた。

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