第5話 合流
◇◇◇司、考える◇◇◇
魔獣の本拠地を目指し、俺と絵里は進んだ。
進めば進むほど、荒野が広がり、草木は枯れていく。
今まで飲んでいた川の水を持ってきてはいたが、まもなく尽きそうだ。
『私の体を通したら、多分どんな水でも飲めるよ。飲ませてあげようか? 口移しで』
絵里はそう言って笑うが、なんとなく照れくさい。
というか、イソギンチャクに口をつけるって、俺には出来ない気がする。
俺の心が狭い、のか?
俺は、この辺りの地面の土を触ってみる。
「粘土質だな」
少し掘ってみると、土壌には石灰質も含まれている。
「ここの土を掘って、地下水が湧いてきたら、飲用水で使えるよ、きっと」
『なんか硬そうな土だけど、手で掘るの?』
「まさか」
俺は笑う。
だって、俺にはこれがあるから。
俺は渦の先端を地面に向ける。
渦は、先端を掘削機のような形に変え、地面を掘り進む。
数メートル進むと、地下水が湧いてきた。
「絵里、ちょっとこの地下水に触れてみて」
絵里が触手を伸ばして地下水に触れる。
特に変化はない。
あの物質が含まれていたら、絵里の体は発光するのだ。
「大丈夫。ふつうに飲める!」
俺たちはこうして、飲用水を確保しながら進んだ。
なるほど。
当初の計画で、地底を進ませるのは多分間違っていない。
出発前に、大量の保存食を貰っているし、地底の水なら飲めるだろう。
だから。
あの四人なら、なんとか、目的の場所に辿り着けるだろう。
辿り着く、だけならば。
◇◇◇クズたちのつぶやき 遠藤◇◇◇
俺たちは、たまに出る魔物を適当に倒しつつ、洞窟の出口を目指していた。
くたびれたら寝る。
起きたら歩く。
こっちの世界に呼ばれてから、何日たったのだろう。
元の世界はもう夏か?
時間の感覚がないので、いつも頭はぼんやりしている。
そういやあ。
追放した司は、太陽の出た方向だとか、陽が沈むまでのおおよその時間とか、なんかチェックしてたっけ。
ウザイので、止めさせたけど、あれって必要なことだったのか。
だったら、そう言えばいいのに!
ああいう陰キャは、必要なことまで黙ってるからな。
だからメンドい。
洞窟の中は、天気も分からないし、空ももちろん見えないから、イベント性がまるでない。だから俺は斎木に訊いた。
「なんかさあ、ステータス・オープン! みたいなこと出来ない?」
「ああ、いつでも出来るぞ」
何?
早く言えよ!
まあ、斎木も陰キャだからな。
ステータス・オープン!
俺の固有能力は『切り裂きの剛剣』だが、称号は
剣のレベルは九と出た。
マックスは十だろうな。
百だったら笑える。
特殊技能に『線を切る』とあった。
なんだろ?
電線でも切るってのか?
まあいいや。気が晴れた。
他の連中もレベルは八か九だった。
気が晴れたら腹が減った。
洞窟の内部には、水がちょろちょろ流れてる。
たまに魚の影も見える。
そうだ!
俺は沢野に声をかける。
「なあ、沢野。水面に拳ぶつけたら、サカナが跳ねあがってくるんじゃね?」
沢野は首を振る。
「あんたがやれよ、リーダーなんだから」
沢野の奴、いつもは俺をリーダーなんて呼ばないくせに!
「あんたが剣で突いた方が早い。なんでも切れるんだろ?」
そんなことを言われたので仕方なく、俺は滅多やたらに水を切った。
何匹か、サカナが獲れた。
俺は斎木に頼む。
「このサカナ、お前の炎の魔術で焼いてくれ」
斎木は、思いきり嫌な顔をした。
「サカナ焼く? そんな火力調整、難しい。それに、洞窟の中だと酸素が少ないから、上手く焼けないぞ」
酸素って……
モノを燃やすのに必要なのは、俺でも知ってるさ。
コイツ、俺をバカだと思ってるのか!
「いいから焼けよ!」
俺が怒鳴ったら、斎木はしぶしぶ火を出した。
そして斎木が焼いたサカナは、表面が結構焦げていた。
それでもまあ、焼き魚の匂いは久しぶりで、俺と沢野はガツガツ食った。
表面は焦げてても、中身は、生焼けだった。
結果。
俺も沢野もしばらくの間、便所代わりに使っている、岩の陰から出られなかった。
そんな俺を、葛西が冷ややかな目で見つめていることに、俺は当然気付かなかった。
よろよろしながら、俺は斎木と葛西が待つ場所へ戻る。
葛西は斎木に顔を近付けて、ひそひそ話をしていた。
俺はカッとなった!
「おい斎木! なんつーもん食わすんだよ! それに妃那! いや、葛西! お前、回復士なんだから、ちゃんと俺の治療しろ!」
斎木は、冷ややかな目で俺を見る。
「俺、言ったよね? 何のサカナか分かんないから、食べない方が良いって」
葛西も肩をすくめて俺を見る。
「あたし、二人の治療やってたよ、こっから。あんまし、近づきたくなかったし」
「だいたいお前ら、何コソコソしてんだよ! つ・き・あってい・る・ん・ですかっ!」
「バッカじゃないの?」
葛西の冷めた声。
「もう少し先から、細い光が来てるみたいだ。だから、そろそろ地上に出られるはずだって、相談してただけだ」
斎木がいつもの調子で言う。
俺は、マジほっとした。
沢野も戻って来た。
「地上に出られるのか?」
「そのようだ」
よっしゃあ!
狭い洞窟にいると、何かと窮屈だ。
つまんない諍いも増える。
地上に出たら、思いきり剣を振り、魔物を倒しまくるぞ!
なんたって、俺たちは選ばれた、この世界を救う者なんだから!
それからは、全員早足になり、出口を目指した。
出口に近づくと、弱いながらも光が増えてくる。
出口だ!
洞窟の出口で外を見ると、茶色い平面が広がっている。
「やった! 出たぞ!」
ようやく俺もみんなも、笑顔になる。
全員で、ハイタッチした。
その時だった。
「グアアアアア!!」
「ギャアギャアギャア!!」
魔物がいた。
しかも一体二体ではない。
十体以上の魔物たちが、出口の周囲をぐるりと囲んでいる。
俺の背中に冷たいものが流れる。
なぜなら。
ソイツらは、洞窟に入る前に闘った奴と、全く違っていたのだ。
体の大きさも、
◇◇◇世界の謎◇◇◇
月の綺麗な夜だった。
いつもの様に俺は横になり、体を休める。
標高は、徐々に高くなってきているようだが、夜でも寒くはない。
俺は布を一枚敷いただけで、一晩眠れる。
その代わり、景色は寒々しい。まるで冬景色のような、枯れ木と枯れ草が続いている。
ツンツン
ツンツン
触手を感じて顔を上げると、クリーム色の発光に包まれた絵里が、人間の姿で笑っていた。
そうか。
今夜は満月だ。
絵里も俺の隣で横になる。
『何悩んでるの?』
発行体とはいえ、目を凝らせば、絵里の素のままの姿を見てしまいそうだ。
俺は顔を横に向けた。
「絵里、この世界に来た時に、王が言ったこと覚えてる?」
『この国、ユーテラス国だっけ、は、空から災いが落ちてくると、野山の生き物が、魔物となって襲ってくる……だっけ?』
「そうそう。それで、とくに、直撃を受けたものは魔獣となって、人々の命を奪うようになるっと。だけど、この世界の人は、戦いに慣れていないし、武器や魔術を使っても、魔獣を倒せない、って言った」
『それが、司の悩み?』
「うん……悩みっていうか、疑問だな。今まで何体も、魔物らしきものを倒してきたけど、俺と絵里とで倒せるくらいだから、この国の人が倒せない、なんてことあるのかなって。
だって、俺たち五人と絵里まで含めて、召喚できるような魔力がある世界でさ、ちょっと凶悪な猛獣だからって、まったく倒すことができない、なんておかしくないか?」
『たしかにね』
「だから、俺は考えた。
ひょっとしたら、『魔獣を倒せない』じゃなく、『魔獣を自分たちで、倒したくない』のかなって」
『どうして?』
絵里が体を貼り付けてくる。
なんだか。
くすぐったい。
「自分たちで倒したら、呪いを受けるから、とか? いや、うーん、まだ仮説」
絵里は俺の顔を覗き込む。
『ねえ、私のイソギンちゃんの体も、呪い?』
「呪いとは、多分違うけど」
絵里の瞳に、ゆらゆらと満月が映る。
『もし、呪いだったら……解けるかも……キスで』
俺の心臓は、石が投げ込まれたように波立つ。
「た、試して、みる?」
自分で言いながら、俺は焦る。
なんでこんなセリフ、言ってしまったんだ、俺!
絵里はふわっと笑う。
『目を閉じて、司』
…………
チュッ
絵里の唇は柔らかく、甘い香りがして、ネバネバしていて……
えっ?
ネバネバ!?
『今のは触手だよ。えへへ』
イソギンチャク姿の絵里が、俺の襟元にいた。
俺は、思いきり残念で、ほんの少しほっとした。
ハレーションを起こしながら、月は中空に座す。
呪い、か。
あるいは、それに近いかもしれない。
満ちていた月が欠け始める。
新月の頃。
荒野というべき、見渡す限り何もない場所に辿り着く。
絵里の発光は益々鮮やかになる。
魔物の威力も増している。
多分、魔物の王だという、魔獣の本拠地に近い。
「ギュアアアアア!!」
「グオオオオオ!」
近くで魔物の咆哮が聞こえた。
一体や二体ではない数の、魔物の叫び声だ。
俺は駆け出した。
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