第2話 二人の初勝利


 よく見れば、老人の頭には王冠が乗っている。


「わが国、トーテラスへようこそ。シーア神と国民に成り代わり、御礼申し上げます」


 王……なのか? この人。


 国王っぽい老人は、俺を含め、そこにいた連中を中央に集め、話を始めた。


 曰く。


「この国は今、危機に直面しているのです」


 この国には、数百年に一度、空から厄災が落ちてくる。

 すると、今まで大人しかった野山の生き物が、その姿を変え、魔物となって襲ってくる。

 とくに、厄災の直撃を受けたものは魔物の王、魔獣となって、国民くにたみの命を奪い、住む場所を奪う。


 この世界の住民は、魔物を戦うことに慣れていない。

 さらに、どんな武器や魔術を使っても、魔獣となったモノを葬ることが出来ないのだ。


 そこで、厄災が降ると同時に、別の世界の人間に救いを求めることにした。

 その時々で、召喚する地域は変わっている。


「前回は、大型艦隊を保有するお国でした。今回は、あなたがたの国に……」


「で? 俺ら何すりゃあいいわけ?」


 集められたメンバーの一人が、顔を斜めにして尋ねた。

 背の高い、茶髪のイケメン風。俺の苦手なタイプの男だ。


「皆様には召喚された場所と我々から、その人固有の特別な能力が与えられております。その能力を使って、魔物と戦い魔獣を排除していただきたい」


「魔獣退治が出来たら、俺たちに何かメリットあるの?」


 ロン毛の男が王に訊く。

 ひょろ長く、青白い顔色の奴。


「それはもう、皆様の願いを必ず一つ、叶えて差し上げます」


 茶髪のイケメンは「よっしゃあ」と小さくガッツポーズを取る。


「俺、遠藤っす。遠藤光一郎! 魔獣退治に行きま――す」


 その時から遠藤は、なぜかやる気満々だった。


「あなたは、山の神から、『切り裂きの剛剣』を授かりました」


 うやうやしく、遠藤には片刃の剣が与えられた。

 遠藤に倣って、他の人たちも王の前で、名を名乗る。


 体がデカい沢野は火山の神から、『溶岩の拳』を、ロン毛の斎木は島の神から『潔斎の魔力』を、そして紅一点の葛西は石の神から『演舞の癒し』を付与された。


「お、俺……僕は御陵司です」


 王は少しだけ目を見開く。


「そうですか、あなたが……」


「何か?」


「いえ。……本来、お呼びするのは一か所につきお一人。ただ……あなた様の場合、お近くにもうお一方、いらっしゃった」


 絵里!

 俺は唾を飲み込む。


「別の世界からお呼びする時、その方の体は一度バラバラになり、この地で再合成されます。皆様もそうです」


 他の四人も驚いた顔をする。


「御陵様、あなたのお近くにいた方は、再合成に失敗しました。そして、本来あなたにお与えする能力も、半減したのです」


 えっ?


 俺は王の言葉の意味が、分からなかった。

 分かりたくなかった。


 つんつん……

 つんつん!


 俺の胸のポケットに、いつの間にか入り込んだイソギンチャクのような生き物の、触手が俺の頬に触れた。

 それは、絵里が指先で俺に呼びかけるやり方に似ていた。


 とても、似ていた。


 俺はそっと、胸ポケットを押さえる。

 涙が出そうだ。


「御陵様。あなたの能力は『渦』となります」


 なんとかの神の加護とか、能力の特性を生かす武器や防具とかも、俺には与えられなかった。

 この段階で、五人のメンバー内での、俺の立ち位置が決まったのだ。


 王は俺の耳元で、囁いた。


「あなたの能力こそが、最強のものなのです。それをお忘れなきよう」



 数日後、食料や衣類、野営の道具、そして魔獣の居場所を記した地図を与えられ、俺たちは出発した。


 出発前に、俺は王に尋ねた。


「元の場所に帰れますか?」


 王は目を瞑り言葉を吐く。


「帰った方もいます。そうでない方も……。いずれもこの世界を救った場合ですが」


 帰った人がいるなら、僅かだが希望が持てる。

 その為なら。

 理不尽な召喚ではあるが、俺はこの世界を救おう。


 そうだよね、絵里。

 戦って、この国を救うことが出来たら……

 帰ろう、一緒に!


 俺は胸ポケットを押さえた。


 王は皆の出発前に、こう言った。


「必ず、全員で魔獣を倒してください!」



◇◇◇◇◇現在



 王は「全員で」と言ってたけど、俺は一人追い出された。

 仕方なく、洗濯をしていた小川に沿って歩く。

 とりあえず、朝まで過ごせる場所を見つけないと。


 王から渡された地図は一枚だった。

 地図には点在する民家や、魔物が頻出する地域などが描かれていた。

 羊皮紙みたいなものに描かれていた地図を、俺は布の切れ端に写しておいた。


 確かこの辺は、魔物はあまり出ないはずだ。

 朝になったら、近くの民家を探してみよう。


 幸い、月の光だけでも道は見える。

 今夜は上弦の月だ。

 あと何日かしたら、満月になる。


 満月の夜がくれば、会えるのだから。


◇◇◇


 この地で迎えた、初めての満月の夜のことだ。


 四人のメンバーは簡易テントの中で寝るが、俺はほぼ毎晩、焚火番をしていた。

 荷物持ちや食事の準備と片付け。そして洗濯や繕い物は、俺一人がやっていた。


「半減した能力なんて、使いモンにならねえよ」


 遠藤や葛西には嘲笑され、雑事全般を押し付けられたのだ。


 焚火の炎を見ているうちに、俺はウトウトしていた。

 

 ツンツン

 ツンツン


 誰かが俺の顔をつついた。

 ああ、触手か。


「司……司。つ――か――さ!」


 幻聴か?

 絵里の声が聞こえた気がする。


 夢で幻聴でも良いや。

 絵里の声を、もっと聴いていたい。


「絵里……」


「司、起きて」


「えっ?」


 目を開けると、そこに絵里がいた。


 嘘!

 やっぱ夢だ!


 すると、俺の顔を挟む両のてのひらを感じた。


「えええ、絵里! どうして! え、何、夢? 夢じゃないの!」


「しっ!」


 絵里は自分の唇に人差し指を当てた。


 よくよく見れば絵里は裸だ。

 ヤバイ! 見ちゃダメだ!

 あ、でも見たい!


「ごめんね、司。なんかヘンなことになって」


「いや、俺こそ、絵里まで巻き込んで」


 やはり、絵里は俺と一緒に、水の柱に巻き込まれたのだという。

 その時に、岩場のイソギンチャクを持っていたのだ。

 再合成の時に、イソギンチャクの体と融合してしまったらしい。

 気が付いたら、手の代わりに触手が生え、声を出したくても出せなくなった。


「でも、司の声は聞こえるし、周りの様子も分かるよ。それでね……」


 月は中空にぽっかりと、黄金色の光を放っている。


「なんか、満月の夜の少しの時間だけ、人の姿になって、声も出せるみたい」


 絵里は笑顔だった。

 ずっと見ていた顔だ。

 そして、これからも、見続けていきたかった顔だった。


「絵里!」


 俺は絵里を抱きしめた。

 柔らかな、白い肌。

 ふわふわの髪。


「おい、うるさいぞ! 魔物でも出たか?」


 沢野がテントの中から怒鳴る。


 俺は絵里を後ろに隠し、「いいえ!」と答えた。

 雲が月を隠した。


「なあ、絵里」


 俺が後ろを向くと、絵里は紅いイソギンチャクの姿に戻っていた。


◇◇◇


 俺が他のメンバーから、下僕扱いされてもめげずに済んだのは、絵里がいたからだと思う。

 そして、追放された今、困惑はしてても、怖くはない。


 休むのに、ちょうど良い場所があった。

 俺は手荷物を枕に横になる。

 眠れる時には寝ておこう。


 絵里もポケットから出てきて、俺の腕にぺたりと貼りついた。


 夜風が渡る。

 草木がざわめく。

 すると、俺の脳内に、金属音が響く。


 眠気が覚める。


 何かが、いる!


 川の向こうに光る目が四つ。

 魔物が二体、こちらをうかがっている。

 金属音は、魔物の出す歯ぎしりだ。


 どうしようか。

 おそらくは狼種。この川幅くらい一瞬で詰める。

 川の流れに渦を作り、足止めさせておこうか。


『倒そうよ司! 倒せるよ!』


 絵里の声が聞こえた。


「でも、俺の力じゃ……」


『司は今まで、本気の渦を作ってないもの。私が言う通りにして!』


 絵里は自分の触手を二本切り、俺に渡す。


『この二本の触手をアイツらに飛ばして! 司の渦巻で!』


 俺は指先から渦を作りだす。

 岸の向こうの狼たちの目が光る。

 触手は渦に巻かれ、宙に浮かぶ。


『そのまま飛ばして! 狙いはアイツらの眉間!』


 狼は跳躍する。

 二本の触手はそれぞれ回転しながら飛び出す。


『もっと強く! 洗濯を乾燥させる時の、三倍の回転!』


 スパーーン!! 

 スパーーン!!


 ラケットにボールが当たるような音が二回。

 同時に上がる、狼の鳴き声。


 キャウウウ――ン!


 跳躍した狼たちの眉間に、触手が刺さっていた。

 柔らかい触手が、まるで五寸釘のような堅さに変わっていた。


「すげえ! 絵里、すげえよ!」


『違うよ! スゴイのは司の渦の力!』


 そうか、今まで俺、強い渦の力を使ったことがなかったんだ。

 渦って、こんなに、強力なんだ。


「でも、絵里、触手切って、大丈夫?」


『あら、忘れたの? 司。イソギンチャクの体は、自己回復できるのよ』


 これが俺と絵里の、初めての勝利だった。

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