第3話 呟きつつ進む

◇◇◇イソギンチャクの呟き◇◇◇



 私は絵里。

 高校一年生。

 ピチピチの可愛いJK。あは、自分で言っちゃった!


 高校生だったのはホント。

 そう、二ヶ月前までは。


 私には、幼馴染の男子がいる。

 御陵司だ。

 幼稚園から、小中まで一緒だった。

 家も近所だから、放課後も一緒に過ごした。


 司は頭が良いから、私とは別の高校に進学したけど、仲の良さは変わらなかった。

 変わらなすぎて、ちょっとツマラナイ。

 もう一歩先へ、進めない。


 司は特に背が高いわけでもないし、イケメンというわけでもない。

 けど、一緒にいると安心する。

 司は生き物が好きだから、ノラ猫さんや野鳥たちも、優しい目で見つめる。

 その眼差しを私にも、向けてくれないかな、って思っていた。


 司は私の知らないことを、たくさん知ってる。

 中学まで、理科と数学は、いつも教えてもらっていた。

 高校でも、そうなると思っていた。


 ゴールデンウイークに、司は房総半島方面に行くと聞き、私は司に頼んだ。


「一緒に連れてって!」


 司はちょっと眩しそうな目で、「いいよ」と言った。


 二人だけで出かけるプチ旅行ってことに、ワクワクした。

 日帰りだと聞いて、私は残念だったな。

 でも少しでも、司との距離が縮まるといいな。


 電車の中でもはしゃぎながら、私は司の肩に、そっと体をあずけた。

 時々、指先で司の頬を軽く叩いたりした。


 ツンツン

 ツンツン


 司は顔色一つ変えることなく、私に『イソギンチャク』の話をした。

 イソギンチャクめ!

 君は私よりも、司に興味を持たれてるぞ!


 房総の海は穏やかで、裸足で海に入ると少し温かい。

 司と一緒に、海の生き物を探した。

 海面は、ゆったりと波打っていた。


 そして。


 あれが起こったんだ。


 いきなり立ち昇る、巨大な水の柱。

 私は近くの岩にしがみついていたけど、べりべり剥がされるように、水柱の渦に巻き込まれた。

 私は知らなかった。


 その岩場にいた生き物を握ったまま、渦へと巻きこまれたことを。



 水柱の中は、不思議な空間だった。

 水柱の内側は空洞になっていて、周囲には水の壁ができていた。

 まるで万華鏡のような、キラキラとした細かい模様が並んでいる壁だった。

 よく見ると、細かい模様の一つひとつが鏡みたいに光っている。

 そこには、幾千幾万の私の顔が映っていた。


 ガラスが割れるように、キラキラの模様は砕けた。

 私の顔が散り散りになっていく。


 その時。

 砕けた模様を何とか繋ごうと、私の手から、細い触手が生えた。

 柔らかい、何本もの赤い触手。

 それは、まるで……


 私は、こうしてイソギンチャクと融合した、らしい。

 気が付いたときには、人間の体でなくなっていたもの。

 岩場の貝や藻も、一緒に取り込まれていたことに、後になって気付いた。


 異世界へ誘った人たちは、本当は司だけが必要だったみたい。

 私がワガママ言って、司と一緒に海に行ったのは間違いだったのかな。


 異世界で、司は四人の日本人たちと、魔物討伐の旅に出た。

 私は必死で司の胸にしがみついた。

 イソギンチャクの姿で。


 三人の男と一人の女。

 チャラい遠藤。デカい沢野。クラい斎木。ケバい葛西。

 こいつらは、割とクズだ。


 魔物を倒すのは仕方ないけど、そのあとがヒドい。

 魔物って、元はこの世界の動物だと思うんだけど、あいつらは魔物の死体を形がなくなるまで切り刻んだり、殴ったりした。


 司は嫌だったと思う。

 生き物が、好きだから。


 実は私も一回、殺されかけた。


 一番クズい遠藤に。


「おい、お前の胸の生き物、魔物じゃね?」

「ち、違うよ、これは俺と一緒に来た海の生物だ」

「へえ、オナホ代わりになりそうな生き物だな」


 遠藤はにやにやしながら、私を焚火に放り込む。


「やめろよ!」


 司は慌てて私を拾い上げる。

 私の触手は、何本か焦げていた。


「ばっかみてえ! 泣いてるぜ、コイツ」


 高笑いする遠藤。

 許さない!

 いつか、私が!


 触手は焦げたけど、すぐに再生する。

 それに私の体内には、貝の殻が入っているので、とっさに殻で守ったの。

 だから、大丈夫だった。


 その晩、泣きながら、司は私の体を抱き寄せてくれた。

 ちょっとだけ。

 嬉しかった。

 言葉が出ないので、気持ちを伝えられないのがもどかしかった。


 ねえ、この地の神様。

 せめて私の気持ちを、司に伝えられないかしら……


 神様に願いが届いたのか、満月の晩、私の体が変化した。

 人間の姿に戻れたのだ!

 ほんの一瞬だったけど、私は生身の姿で司と触れ合った。


 翌日から、私が司に伝えたいことは、なんとなく伝わるようになる。

 司はクズ連中と切れ、一人で、ううん、私と二人で、旅を続けることになった。

 良かった! 本当に良かったよ、司!


 司の力は、まだまだ出し切れてない。

 私には分かる。

 だから、私が一緒なら、絶対大丈夫! 魔物は勿論、魔獣だって。


 そういえば、四人のクズ、どうなったかな?



◇◇◇クズたちのため息その一 斎木◇◇◇



 異世界で魔物討伐なんてベタな話だが、俺はそんなに嫌いじゃない。

 それにこっちへ来て、俺は魔術を使えるようになったのだ。

 超能力を求めて、霊場巡りをしてた俺だ。

 魔術、魔法は大好物だ。


 俺に与えられたのは『潔斎の魔力』という、厨二心をくすぐる能力だ。


 メンバーを一人追放したので、現在は四人のチームだ。

 俺は、追放した奴、嫌いじゃなかった。

 弱かったけど。

 俺は筋力がないし、夜の当番なんてできないから、あいつにやってもらって助かったクチだ。


 けど、遠藤はなぜか、ヤツを毛嫌いしていた。

 全日本の剣道大会で、高一の時に優勝したとか自慢する遠藤は、脳筋なんだろな。

 追放された奴、イイトコのボンボンで、偏差値の高い学校へ行ってたみたいだし。


 今、荷物持ちは、主に沢野がやっている。

 夜の当番は、男が順番にやってるが、女にやってもらっても良いんじゃないか?

 だいたい、紅一点といえば聞こえはいいが、葛西は顔は良いけど態度は悪い。


「あたし、夜当番なんてヤダからね!」


 葛西が言うと、遠藤はへらへら従った。

 デキてるからな、この二人。


「それとさあ、斎木。あんた、もっと綺麗に『浄化』してよ!」


「えっ? やってるけど?」


「なんか、川で洗濯してた時より、服が綺麗じゃないんだけど」


「洗濯してた」っていうけど、「してもらってた」が正解だ。


「方法が違うから、仕方ないだろ」


 俺は言い捨てて、そのまま会話を打ち切った。


 やな女!


「斎木、俺も、もっとお前に魔力使って欲しい」


 沢野が言う。


「いや、やってるでしょ、俺」


「お前、得意なのは、風の魔力だろ? これから魔物の数も増えていくから、俺らの後方で強い風出してさ、一気に蹴散らせてくれないか?」


 いやいや、絶対やってるでしょ。

 今までも、何度も!


「前より、風の威力が出てないぞ」


 前より?

 俺の魔力は変わっていない。


 そういえば

 奴はヘンなこと言ってたな。


 後方支援……


 まさか、俺の魔力の援助?

 風力を、強くしていたっていうのか?


 いやいや、まさかだ。

 あいつの能力は本来の半分。中途半端な渦巻きだ。


「おい、気をつけろ!」


 遠藤が、少し先の草原を指さす。

 こういう時だけは、遠藤は頼りになるかな。


 魔物の群れが現れていた。

 会話も、俺の脳内思考も、そこで打ち切ることにした。


「オッケー、了解」


 俺は、ため息ひとつ吐く。 

 考えても無駄だ。

 しょせん、追放された奴なんざ、その程度なんだから。




◇◇◇司のレベル◇◇◇



 初めて魔物を倒した時に、俺は魔物の歯をいくつか手に入れた。

 歯と言っても、鋭角的に尖った、大きな牙だ。


 数日後、前回の魔物の倍はある、大型の魔物と遭遇した。


 俺は手に牙を三本持ち、渦の初速度と回転を上げた。


 狙いは、魔物の眉間と両眼!


 キュルキュルと渦は風を巻きこみ、牙を運ぶ。

 勢いよく運ばれた牙は、狙い通り三か所に突き刺さる。


「グアアアアア!!」


 魔物は咆哮し、地響きを立て倒れた。

 牙が刺さった眼球が、コロコロとこちらへ転がってくる。

 眼球は拳ほどの大きさで、石のように堅いものだった。


 これはまた、次の機会に使えそうだ。

 絵里の触手を、ブチブチ切らなくて済む。


 俺は倒れた魔物の体を調べた。

 手足はそれぞれ二本ずつ。

 外皮は、針のような毛で覆われていた。


 グリズリーといった感じの魔物だったが、手足の爪は、それぞれ六、七本生えていた。


「熊なら、焼いたら食えるな」


『や、止めておこうよ……』


 そんな絵里の声が聞こえたので、とりあえず止めた。

 俺は魔物の死骸を処理したのち、食事を摂ることにした。


 討伐の旅に出る前に、大量の乾パンや保存食を貰っている。

 追放された時、俺のバッグにもそれらは入っていた。

 絵里は体内に藻を抱えているからなのか、食事は特に必要なさそうだ。



 岸辺に草木が生えていれば、その川の水は飲んで良い、そう言われた。

 草木が枯れ果て、水中に生き物の気配がなければ、その水を飲んではいけないとも。


 地図を見る。

 川に沿っていけば、厄災の場所まで、あと一ヶ月程度で辿り着くはずだ。

 それまでに、戦闘能力を上げなければならない。

 最悪、俺一人で魔獣に向かうこともあるからだ。


 渦の操作は習熟しつつある。

 力と方向の制御は、なんとか出来るようになった。


 あとは。


 一度に渦を何個まで生み出せるか。

 そして最大出力をどこまで上げられるかだ。


 その為には、とにかく魔物を倒すしかない。

 魔物が出やすい地域を、しばらくは巡回する。


 出発した時は、なるべく戦闘を避けながら、進む予定だった。

 もっとも遠藤や沢野は力を試したかったみたいで、さほど凶悪でない小型の魔物も、よく狩っていたけど。

 アイツらは、たしか途中から地底に入って、洞窟を進むはずだ。


 火を灯して進めるならば、それでもいいだろう。

 昼夜を問わず進軍出来るので、目的地に着くのも早い。

 俺は夜目も効かないし、火の魔術も使えないので、日中になるべく距離をかせぎ、夜は体を休めることにした。


『あたしは暗くても見えるよ』


 俺が寝ている間は、絵里が触手をあちこちに伸ばして、索敵してくれた。


 ある晩。


 ツンツン

 ツンツン


『起きて、司! 敵!』


 俺はそっと体を起こす。


 グルグルと闇にうごめく魔物の目。


 一体、二体、三体!


 狼でも熊でもない、黒い体が近づいていた。

 足音がない?


「ガオオオオ!!」


 一気に俺を襲う影一つ。

 俺は瞬時に渦をぶつける。


「ウギャッ!」

「ウゴオオ!」


 俺の渦で弾き飛ばされた一体の影は、後から走ってきたもう一体にぶつかり、二体はそのまま地に落ちた。

 木の枝を折るような音が、一回聞こえた。


 いったん距離をとった三体目には、渦と一緒に拳大の、魔物の眼球を放つ。

 狙いは、首だ。


 ヒュン!


 俺の渦の射程内にいた三体目の首に、堅い眼球が直撃する。

 ごぼごぼと音がする。

 魔物の首から、血液があふれた。


 飛ばされた一体は、鼻息荒く、再度俺に向かってくる。

 俺は渦を限りなく細くして、ソイツの顔面にぶつける。


「ガアアア!」


 俺の渦は、魔物の顔面から首を通り、背骨を通過した。

 渦が通った魔物の顔面には、ぽっかりと空洞が出来ていた。


 明るくなってから確認したら、三体の魔物は、トラによく似ていた。

 トラ型の魔物三体を退けることが出来た俺は、強さのレベルが上がったと実感した。

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