はずれスキル「渦」の俺は、イソギンチャクの幼馴染と異世界を救う!

高取和生

第1話 異世界転移と追放と

プロローグ


 およそ十年前。


 国内で、連続多発の自然災害が起こり、複数の青少年が行方不明となった。






 宮崎県、高千穂峡たかちほきょうの崖崩れに巻き込まれ、十七歳の男子、行方不明。


 北海道、有珠山うすさんの爆発により、できた地割れに飲み込まれ、十七歳の男子、行方不明。


 沖縄、久高島くだかじま付近でスキューバダイビングを楽しんでいた、十八歳の男子、沖縄本島の地震後、行方不明。


 奈良の石舞台が崩れ、居合わせた十八歳の女子、行方不明。


 そして。


 千葉県、鋸南町きょなんまちの海岸にて、十六歳の男子と十五歳の女子、高波にさらわれ、行方不明。



 いずれも遺体は、見つかっていない。




◇◇◇◇◇



 ようやく一日が終わる。

 みんなの食事も終わったようだ。

 パチパチと燃える火を守りながら、俺は皆の衣類の洗濯を始める。


 魔物の討伐ではどうしても返り血を浴びる。

 毎日洗濯しておかないと、手持ちの着替えが底をつく。

 近くの小川で、その辺の流木を集め、水たまりを作る。

 たまった水に衣類を入れ、指を入れると、水は回転を始める。


 簡易洗濯機の出来上がりだ。

 それが俺のオリジナル能力。


「渦」


 そしてこの能力しか、俺には与えられていない。


 ぐるぐる回る水面みなもを見つめる。

 ぐるぐると想い出す、あの日のこと。



「おい司、洗濯済んだか?」


「あ、いえ、もうちょっと……」


「ちっ! 使えねえ、ってか、お前の能力、それしかないんだから、さっさと終わらせて寝床作れ!」


 足音もたてずに近づいていた、仲間の一人、遠藤えんどう光一郎こういちろうがそこにいた。

 もっとも。

 仲間と思っているのは、多分俺だけだろう。

 遠藤や、他の三人は、俺を下僕認定している。


 俺の胸のポケットから出た、薄紫の細い触手が頬に触れ、ポンポンと叩く。


――だいじょうぶダヨ


 そう聞こえた。

 そうだな。

 仲間は、コイツだけだ。


 ため息一つついて、俺は洗い上がった衣類をまとめ、指先から空気の渦を出す。

 洗い上がった衣類から、水滴が散り、衣類は乾いていく。

 乾いた衣類を持ち、皆のいる場所へ行く。


 先ほど来た遠藤は、己の武器の剣を磨いている。

 その隣には下着姿のような、葛西かさい妃那ひなが、遠藤の肩に頭を乗せている。

 緑色のローブ姿の斎木さいき晃尚あきなおが、寒いのか震えながら俺に手を伸ばし、乾いた衣類をひったくる。

 一番体のデカい沢野さわの勇希ゆうきは、シャドーボクシングのような動作を繰り返している。


 皆、「その人にしかない能力」すなわち、固有スキルを持ち、この世界を歩いているのだ。


 遠藤はこのチームのリーダー的存在だ。

 俺より頭一つ以上背が高く、笑うと八重歯が光るイケメン。

 む・こ・う・でも、剣道の腕前は有名だったそうだ。


 その遠藤が顎を上げ、俺を見る。


「あのさあ」


 遠藤の声には軽い怒気がある。


「斎木のレベルが上がって、『浄化』を覚えたよ」


 斎木のスキルとは、圧倒的な魔力だ。


「はあ……」


 俺は『はあ』としか言えない。


「だからあ!」


 遠藤の声が苛立つ。


「もう洗濯なんぞ、必要ない。当然、洗濯係も、な」


 それは良かった、と素直に俺は思う。


「洗濯が必要なくなった以上、御陵ごりょうつかさ、お前は必要ない!」


「えっ?」


「聞こえなかったのか? 必要ないんだよ、お前は!」


 遠藤以外の三人は、ゲラゲラ笑い出す。


『必要ない』と言われた俺は、思考が止まる。


「出てけよ、こっから!」


 必要ない?

 いらないってこと?

 出てけって、このチームから?


 国王からの依頼で、魔物討伐を頼まれたチームなのに?

 俺だけ、出てくって……


「追放だ、司。せめてもの情けだ。朝まで待ってやる」


 太い声で沢野が言う。

 嫌だと言ったら力づくで追い出すぞ、とその瞳がドスを効かせた。


「嫌よ! 今すぐ出ていってよ!」


 葛西が俺の荷物を投げつけ叫ぶ。

 その手には、ヒラヒラと小さな布が握られている。


「あたしの下着、いつも数が足りなかったの。コイツが盗んで、何かしてたんでしょ!」


「あ、ホントだ。シミ付いてるな」


 遠藤が葛西の手の布をしげしげと見る。

 布は葛西の下着だった。


「ちっ、違うって! そんなこと、俺してない!」


「まあ、童貞らしい行動だよな」


 いくらイケメンでも、遠藤のニヤニヤ顔は耐え難い。


「そ、それに、俺、洗濯以外にも、後方支援してたじゃないか!」


 遠藤は、沢野と斎木の顔をそれぞれ見る。


「なんか、してたっけ? コイツ」


「薄い風が吹いたり、生温なまぬるい水が降ったりした、あれか?」


 沢野は真面目に答え、斎木は首を横に振る。


「というわけだ、童貞君。一緒に魔物の討伐始めて二ヶ月くらいか。君の役目は終わったのさ。君はもう、い・ら・な・い!」


 それが遠藤の、最終通告だった。

 聞きながら、俺は、どこか他人事のような感覚がしていた。


 そうか。


 あれは、もう二ヶ月以上前なんだ。




 ◇◇◇◇◇二ヶ月前



 俺、御陵司は、高校に入学した年のゴールデンウイークに、かねてより行ってみたかった千葉の海岸に、幼馴染の桧垣ひがき絵里えりを連れて旅をしたんだ。


 残念ながら、日帰りの予定だったけど。


「ねえ、そこで何したいの? 司は」


 絵里は、俺が見ている図鑑を覗き込む。


「海洋、生物図鑑? 海の生き物か」


 絵里は、ふんふんと頷きながら、俺の肩に顔を寄せる。

 甘い香りに、俺はドキっとする。


「お、俺さ、海洋大学行って、こういう、海の生き物の研究したいんだ」


 胸のドキドキを隠すように、俺は図鑑を広げる。


「なんか、これ、キモかわいいかも」


 絵里が指さしたのは、イソギンチャクだった。


「そ、そうそう! さすが絵里! これから行く場所は、幻の『ヨウサイイソギンチャク』が発見された場所なんだ。イソギンチャクって、まだよく分かっていない生き物でさ……」


 俺は滔々とイソギンチャク講話をした。

 興味がなければつまらない話だろうに、絵里はにこにこ聞いてくれた。

 絵里の肩より少し長い髪は、ふわふわと揺れていた。


 目的地の沿岸で、俺と絵里は砂浜を走ったり、貝殻を拾ったりした。

 引き潮の時間、砂浜から小さな岩が見えた。

 岩場は、海生生物が見つけやすい。


「ねえねえ、司! 見て見て」


 岩場まで行くと、ヤドカリやカニが動いている。

 そして、イソギンチャクもいた。


 ヨウサイイソギンチャクではなかったが、深い紅色の細長い触手を広げ、ソイツは岩に貼りついていた。

 指先を伸ばした絵里に注意する。


「毒があるかも。気をつけ……」


 俺が言った瞬間だった。

 目の前の引き潮の海面が、いきなり三メートルくらいの円柱状に盛り上がる。


「!!」


「えっ何、どうしたの?」


 二人ともその場で固まった。

 地震?

 いや、そんな体感はない。海岸の警報も鳴らない!

 円柱状の海水は、渦を巻いている。


 渦からは、宝石のような、キラキラとした光が放たれていた。

 北海道の海では、集まった魚が、海に渦巻を作ることがあるというが、それなのか?

 そんなことより。

 とにかく砂浜に戻ろう。


 だが、足を一歩踏み出した瞬間、海面に聳そびえ立った円柱は、俺と絵里を一気に飲み込んだ。




 ぴちゃん


 ぴちゃん……


 頬に触れる水滴で、俺は目を覚ました。

 薄暗い。

 何処だ、ここは。


 俺は……

 死んだのか?

 俺の脳裏には、いきなり海面を立ち昇る、水の柱が過ぎった。


 はっ!!

 絵里は?

 絵里はどこだ!


 薄暗い場所の片隅に、ろうそく程度の灯りが点った。

 どうやら屋内らしい。

 何かの避難所だろうか。


「皆様お揃いですね。ようこそおいで下さいました」


 灯りの方から声がした。

 老齢の、男性の声だった。


 皆様?

 皆様って、他に誰かいるのか。


 よろよろと上体を起こし目を凝らすと、学校の体育館くらいの広さの中に、ぽつぽつと人影がある。

 数えれば俺以外に四人。

 なんとなくだが、俺と同じような年齢の男三人と女性が一人。


「ここは、トーテラス国の神殿です。皆様は、トーテラスの神、シーアに導かれし者」


 何?

 何の冗談?

 他の人たちもざわつく。


「あなた方は選ばれし力を持ち、この世界を救う方々なのです」


 まさか!

 ここって……


 異世界なのか?


 口をポカンと開けて、驚く俺の胸の辺りには一体のイソギンチャクみたいな生き物がへばりついていた。

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