第98話 入学式のスーツ

 今日は、三月最後の土曜日。 お天気。 あったかい。

 少しずつ、先生のマンションに私の物を運んで。 本棚も、置かせてもらった。 リビングの作り付けの本棚の、隣に。

 生活費は月に三万円、先生に渡すことになった。 絶対、絶対、少なすぎるけど。 その分、お家のこと、お願いするわねって。 がんばります。 いっぱい、やります。 ほんと……ありがたい。



「入学式のスーツ、あるの?」

 朝ご飯を食べながら、先生が聞く。 先生は平日、朝ご飯をほとんど食べない。 ホットミルクとか、白湯だけとか。 今朝は私、ホットケーキを焼いちゃった。 粉と牛乳がいいからか、二人でくっ付いて食べるからか、うちで食べてたやつより、美味しく感じる。

「スーツ……スーツなの? 入学式って」

 行ってから、そりゃ、セーラー服ではないよな……と気付く。 気付いた時には、先生、呆れ顔。

「可愛い可愛いセーラー服で行きたいのは、分かるけど。 スーツよ」

「ち……ちがうもん。 かわいく、ないもん。 間違えちゃったの。 制服はもう、着ないから。 捨てるし」

 先生は、私の鼻をつまむ。

「ま。 捨てては、ダメよ。 まだまだ、似合うんだから。 着て。 家で」

「ふぁ。 家で、着ないよ。 制服って、ラクじゃないもん」

「ばかね。 えっちな時に、着るのよ」

 あ、そういうこと……。 先生ほんと、えっちだなあ。 今度、セーラー服、着せちゃお。



 そういうわけで、デパートに来た。 二人で市内にお出掛け、初めてかもしれない。 周りをちょっぴり、きょろきょろする。 知ってる人、いるかも……。

「夕陽はデパートにお買い物、久し振りかしら。 仲良くなってからは、休みの日はいつも、うちに遊びに来てくれてたものね」

「そもそも、ほとんど来ない。 北海道物産展の時だけ、ママがたまーに連れて来てくれた」

「北海道?」

「お菓子、いっぱい買うの。 物産展でしか買えない、チョコとかクッキーとか。 旅行ごっこなの」

「それは、素敵なアイデアね。 私も今度、真似させて貰うわ。 色んなところへ旅行できるわね、ふふ」

 私の顔を見て、指をぎゅっと繋いでくれる。 私も指先でぎゅっ、を返す。

 えへへ。 ありがと。 中学生の頃、ちょっとだけ入っていた同じ部活の子に旅行ごっこの話をしたら、次の日から、陰で貧乏って言われてた。 先生、大好き。 ほんとうに、やさしいね。



 まずは、婦人服売り場へ。 デパートの洋服のフロアって、通り過ぎるだけで、見たことない。 春のきれいな色のセーター、値札を見ると、いつものお店のぴったり十倍だった。

 先生に見てもらって、まず、黒のスーツを試着する。

「えへ……。 どう? 大人っぽい?」

 先生は、指を顎に当てて、考える。 に、似合わない? かな?

「悪くないけど、こっちも着てみましょう」

 紺色のスーツ。 紺? いいのかな。 黒じゃなくても。

「中、一緒に入っても?」

 先生、店員さんに確認する。 店員さんはきっと、姉妹とかだと思ってる。 どうぞ、と言われる。

「一人で、着られるよ」

「知ってるわ」

 ちょっと広めの、試着室。 先生は当たり前のように、キスしてくる。 ほっぺたに手をやって、大人の、舌を入れるキス。 んっ、て、喉が鳴ってしまう。

「紺の方が、似合うわよ」

 すぐに唇を離して、先生は言う。

「わ……わかんない。 どっちでもいい」

 めちゃめちゃ恥ずかしくて、俯いて小さく応える。 先生、頭おかしい。

「織江、スーツ着た夕陽と、したいな……」

 先生は、私の耳に唇をくっ付けて、もっと小さい声で言う。 ばか。 先生、えっち……。

「し、しわになっちゃうから。 入学式の、後ね……」

 耳の入り口、ちょっとだけ舐められてしまう。 私はもじもじして、太もも、擦り合わせる。

「アイロン掛け、得意だって知ってるわよ」

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