第97話 平日の春休み

 おぁ……。 ケイの家は、大きい。 私の家と同じ駅の近くの、繁盛してる歯医者さん。 お家と歯医者さんの建物は、くっ付いている。

「夕陽!」

「あっ、ケイ」

 二階のベランダから、ぶんぶん手を振ってくれる。 いつもの元気なケイ。 卒業して早速髪を茶色に染めて、すごくお姉さんっぽくなっている。

 


 降りてきて、お家の方の門を開けてくれる。 友達の家に遊びに行くのはすごく久し振りで、ちょっと緊張する。

「あの、これ、せ……ママから」

「せ……? 先生が持たせたの? 相変わらず、過保護!」

 ケイは、イーって顔をする。 ケイと先生は、どうも折り合いが悪いみたい。 だからかな、先生は「お母様からってことにして」って言っていた(すぐバレた。 先生ごめん)。

 ケイは、先生が持たせてくれたチョコミルフィーユの紙袋を見る。

「これ、めちゃめちゃ美味しいやつだし。 ほんと、くやしい」

「くやしいの? よく分かんない……」

 どうやら、お菓子のチョイスは合ってたみたい。 良かった、良かった。

「お邪魔します」

 玄関も、広い。 広くて、きれい。 靴、いっぱいある。

 わん、わん!と大きな声で、小さい犬が吠えてくる。 怖い! 私は、ケイの後ろに隠れる。

「わ…ワンちゃん、にがて」

「そうなの? ごめん! ママー、マル、こっちに来させないで」

「はいよー。 夕陽、いらっしゃい! マルは、こっちにおいで。 夕陽、合格おめでとう!」

 びっくりするほど大きな声の、ケイのママ。 エプロンで手を拭いて、犬を抱っこする。 うちのママとは違う、太陽みたいに明るい、おっきなお母さん。

「あ、ありがとございます! ケイも、えと、おめでとう」

 ふかふかのスリッパを出されて、二階に上がる。

「あたしのおめでとうは、大分前じゃん」

「な、なんか、言ったほうがいいかなと思って……」



「あ、こんにちは。 夕陽ちゃん」

「わ、あの、えと? エ…英梨さん?」

 ケイはにやにやして、おちゃめに舌を出す。

 今日は、ケイの引っ越しの片付けを手伝うっていう名目で遊びに来た。 ベッドの上、ケイのスマホの画面だけで見たことあるかっこいいひとが、脚を組んで腰掛けてる。

「初めまして」

「えと……初めまして。 夕陽です」

 私は立ったままで、英梨さんは座ったままで、握手する。 ケイは、にこにこしている。 英梨さんはケイの方を向いて、困った笑顔になる。

「ケイ! 私がいるって、言ってなかったの?」

「いひひ。 ビックリするかなぁと思って。 夕陽、ビックリした? 英梨ちゃんが美人で、ビックリしたべ?」

 ケイは、横から私のほっぺたをつんつんする。 私は何だか照れちゃって、多分、顔が赤い。

「び……ビックリした。 いるって、思わなかったから」

「ごめんね。 一度、一緒にお喋りしたいなぁって思って。 今、春休みなんだ。 大学、休み長いから」

 英梨さんが立ち上がる。 背は、私と同じくらい。 ケイより少し、高い。 分けた前髪を斜めに流してて、ショートヘア、かっこいい。

 英梨さんは、小さい声で話しかける。

「ね、めちゃめちゃ……えっちなんでしょ。 女どうしだし、聞かせてよ。 先生と、どんな事するの?」

 ぱちぱちぱちぱち! と音がするほど、目をぱちくりさせてしまう。 顔だけじゃなく、きっと今私、耳も真っ赤。

「あ、あのう。 えと。 今朝は、お、お互いの、おっぱいを……」

「答えなくていいんだよ! 夕陽、素直すぎ! 何で、初めて会う人におっぱいの話できるんだよ。 英梨ちゃんも、からかわないの!」

 怒られちゃった、と英梨さんは舌を出す。 私は恥ずかしくて、なんでほんと、こういうの、真面目に答えちゃうんだろ……と、自分の空気の読めなさを痛感した。 



 その後は、部屋の片付けをゆっくりやりながら、たくさんお喋りをした。

 英梨さんは聞き上手で、最初は私も緊張したけど、色んなことを話した。 ケイが話しかけてくれて友達になれたこと、文化祭のときのこと、共通テストのときに、応援に来てくれたこと……。

「ねえ、夕陽ちゃんは、女の子だけが好きな人? 男の子も、好き?」

 三人で床に座って、小さなテーブル、先生が持たせてくれたチョコミルフィーユをつまみながら、英梨さんが聞く。

「えと……分かんない」

「分かんない?」

「うん。 私、先生しか、好きじゃないから……」

 ケイと英梨さんは、顔を見合わせる。 へ、変なこと言ったかな?

「あ、あの、ケイは別だよ! 大好き。 英梨さんも、好き」

「そんなん、分かってるよ」

「あはは。 分かってる、分かってる。 ほら、私たちはさ、ケイがね、男の子とも付き合ったことあるから。 今時の女子高生、どうなのかな~と思って」

 あ……そういうことか。 それなら、すぐに答えられる。 答えになってかもしれないけど。

「今は先生しか好きじゃないから、女の人が好き。 先生はすべすべで、とろとろで、きれいで、やさしい。 でも、もし先生が男の人だったら……分かんない。 すべすべで、とろとろじゃないかもしれないし……」

 ケイと英梨さんはまた、顔を見合わせる。

「へ……変なこと、言った?」

 英梨さんは、私の手の上に、きれいな手を重ねる。 ケイとお揃いの、水色の石のついた細い指輪をしている。

「ううん。 変なこと、言ってない。 夕陽ちゃん、めちゃくちゃ……かわいい。 大好きな先生と出会えて、良かったね」

「あたしも、あたしも! あたしも、英梨ちゃんが好き! あたしも、かわいいでしょ?」

 ケイ、手を挙げてアピールする。 こっちの指には、黄緑の石。

 英梨さんは、ケイの頭を掴まえて、ぎゅうっとする。

「かわいいよぉ。 ケイ、かわいい。 ケイは、男もいけるからなぁ……。 モテるしなぁ。 心配だよ」

「英梨ちゃんよりいい男、いないよ。 毎日、ビデオ通話しよ。 合コンの時も、かけてきていいよ」

「そこは、合コンなんて行かないよ、って言ってよね……」



 結局、暗くなるまでいちゃった。 ケイの部屋は半分くらい片付いて、あとは自分でやるんだって。

 楽しかったな。

 友達の家って、楽しいな。

 ケイと英梨さん、ずうっと、好き同士だといいな。

 そんな事を考えながら、電車に揺られる。

 先生から、メッセージが入る。

「まだ?」

 いけない。 メールも、電話もしてないや。

「ごめんなさい。今電車」

 すぐ、返信する。 先生からの返事が来ないまま、電車はまもなく駅に着く。



「あっ……おりえちゃん!」

 仕事帰りの、先生。

 改札のそばのベンチで、脚を組んでる。 私が手を振ると、つん!と向こうを向く。

 走って、改札を出る。 空いている隣のベンチに、すとんと座る。 先生の手を触る。 冷たい。

「待っててくれたの? いつから……? 連絡しなくて、ごめんなさい」

「待ってないわよ。 たまたま、座ってたの」

 かわいすぎる嘘! 私は、先生の白いほっぺたにキスをする。

「な……こんな所で! ばか」

 先生、体を引いて、怒る。 顔、真っ赤。

「だって、ちゅーしてるカップル、たまにいるじゃん。 ほら、向こうにも」

 向こうで、共学の高校の子、ちゅってしてたよ。

「そ……それは、いるかもしれないけど。 誰かに見られたら、どうするのよ。 女どうしで」

 変なこと、気にするなぁ。 学校の駐車場でキスしてきたくせに。

「女どうし、いいじゃんか。 さっきのカップルなんて、制服でちゅーしてたよ。 やらしいね。 私、高校生じゃないもん。 だから、お外でちゅーしても、いいんだもん」

 先生は真っ赤な顔で、立ち上がる。 私の手を引いて、ずんずん歩く。 マンションは、駅を出てすぐ。

「い、いいけど。 あなたって本当、強いわね」

「先生なんて、車でひとりえっちしろって言ったじゃんか……」

「あ、あの時は……。 あの時はまだ、こんなに好きになるって思わなかったんだもの。 だからあんな、ひどいこと……言えたんだわ」

「えへ……。 今は、大好き?」

「大好きよ。 知ってるでしょ」

 手を引かれたまま、マンションに入る。 エレベーターに二人だけで乗ると、先生は私のほっぺたをつかまえて、舌を入れるキスをする。 ちゅ、ちゅって、吸われる。 先生の階に着くまで、抱きしめられて。

「えっちだし……。 先生」

「人がいる所でほっぺにキスする方が、よほどえっちよ」

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