第94話 朝の夢

 夢だ。

 夢。 前にも、見たことある人。

 きれいな、女の幽霊。

 どこかの学校。 満開の、桜。

 前に夢で見た時は、嫌な感じだった。 私のこと、笑ってた。

 私は、この人を知ってる。 写真で、見たことがある。

 背の高い、ふわふわの髪の、ブレザーのかわいい女の子と、手を繋いでる。

 高校生の、おりえちゃんと。

「おりえちゃん」

 夢の中のおりえちゃんは、びっくりした顔をする。 セーラー服の、おりえちゃんとは違う女子高の制服の、私を見る。

「おりえちゃん。 夕陽だよ。 迎えに来たの」

 夢の中のおりえちゃんは、女の幽霊…… 先生の家庭教師だったひとと、私の顔を、交互に見る。 困った顔で。

「おりえちゃん。 知ってるよ。 先生のこと、大好きなんだよね。 大丈夫。 ずうっと、大好きでいいよ。 でも、私もおりえちゃんのこと、大好きだから。 夕陽は、どこにも行かないから。 置いてかないし、着いてくから。 だから…… ずっと一緒にいよ」

 先生の先生は、おりえちゃんの手を離す。 ふっと微笑んで、おりえちゃんの背中をとん、と押して、私の方に歩かせる。

 私は、おりえちゃんをぎゅうっと抱きしめる。 高校生のおりえちゃんも、私をぎゅっとする。

 しばらくきつく抱き合って、ふと顔を上げると、幽霊はもういなかった。 風が吹いて、よくある映画のワンシーンみたいに、桜の花びらが舞い上がって、夢は終わった。





 目を開けると、寝室のカーテンの隙間から、明るい外の光が見える。 太陽が、もう高い。

 大きなベッド、隣に先生はいない。 ベッドは私がいる所以外、温かくもない。

 リビングの方から、小さな話し声が聞こえる。 私はかまわず、扉を引く。

「おはようございます」

「あ、夕陽。 おはよう」

 作業机の上には、写真立て。 高校生の頃の先生と、家庭教師の先生の。

「先生の先生と……お話、してたの?」

「ふふ。 ばれちゃったわ。 そうなの。 先生に、報告してたのよ」

 私は、座ったままの先生に抱きつく。 頭をくりくり、擦り付ける。

「先生よりも好きな人ができて、ずっと一緒にいる約束をして、今日からほんとに、一緒なのよって。 先生も夕陽のこと、見守ってあげてねって…… 報告して、お願いしていたの」

 先生はそう言って、写真立てを倒す。

 私は、倒された写真をまた、立てる。

「夕陽も、お願いしようかな」

 先生は、いらっしゃい、と私をお膝に乗せて、後ろから抱く。

「まあ。 どんな事?」

 私は写真の中で微笑む先生の先生に、心の中で、話しかける。

 


 あの。

 おりえちゃん、かわいかったですよね。

 きっと、かわいいな、好きだなって、思ってましたよね。 最後はどう思ってたのか… 私には、分かんないけど。

 でも、おりえちゃんを泣かせて、苦しめるのは、だめですよ。

 あなたに置いていかれて、おりえちゃんは、十五年も、ずーっとずっと、泣いてたの。

 だから、お願い。

 おりえちゃんを、早くに、連れてかないで下さい。

 長生きして、楽しいことがたくさんあるように、守ってあげて下さい。

 長生きすれば、今はまだできないこと、できるようになるかもしれない。

 二人で、結婚するでしょ。 結婚式。 新婚旅行。 赤ちゃんも…… もしかしたら。 もしかしたらね。

 おりえちゃんはあなたのこと、ずーっと大好きです。 私のことも大好きだけど、あなたのことも、ずーっと。

 幽霊なら、何でもできるでしょ。

 おりえちゃんのこと、長生きさせて。

 絶対、病気とか、ならせないで。 よろしくね。



「お願い、随分長いわね」

 先生は、目をつぶって、両手を固く組んでお願いをする私の耳を、やさしく引っ張る。

「いて…… いてててて」

「先生、そんなに沢山お願いされても、きっとお困りになるわ」

 ぶー。 お困りになったって、いいもん。 先生の先生は、悪い幽霊。 私の夢に出てきて、怖い思いをさせたでしょ。

「何をそんなにお願いしたの。 夕陽」

 先生は、後ろから私を、ぎゅうっとする。 先生の胸のどきどきが伝わって、私も、どきどきする。 急に恥ずかしくなって、目の前、写真立ての二人を見つめたまま、答える。

「おりえちゃんが、長生きしますようにって」

「まあ」

 先生は私のうなじに、後ろからちゅっとする。 何度かちゅ、ちゅ、とすると、私をくるりと回転させて、椅子の上で向き合う。

「長生き、するわよ」

「えへ。 そうして。 私も、長生きする。 それで、いっぱい幸せになろ。 まずは、今日、幸せ生活そのいち。 一日中、お家でくっつく!」

「ふふ。 いつも、やってるでしょ」

 向かい合った私たちは、また、ぎゅっと抱き合う。 先生の匂いがする。 朝の先生。 いい匂い。 いっぱいいっぱい吸い込むと、変な気持ちになってくる。

「な、なんか……また……」

「ね、どうしましょ。 ふふ。 私もよ」

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