第81話 【夢の話】試験前夜に見たこと
あーあ。 私は声を出して、ベッドに倒れ込む。
明日はもう、本番。 大学受験、二次試験。 面接と、小論文。
たくさん、練習した。 まずは、背筋を伸ばすところから。 声も小さいから、まっすぐ面接官役の先生の目を見て、練習。 本番は元気な挨拶だって、きっとできる。
小論文も、何度も何度も書いた。 出そうなテーマを絞って、何度も。 直して、書いて、見てもらって。
塾、予備校、行けないから。 先生達には悪いけど、活用させてもらった。 おりえちゃんも、小論文の方はたくさん見てくれた(面接の練習は、照れちゃったり、えっちな感じになって、無理だった)。 ちゃんと厳しく、何度も直してもらった。
もう後は、熱とか出さずに、寝坊しないで行くだけ。 電車の時間も、バスも、一応紙でも持っていく。 お金も、多めに。 絶対ならないとは限らないから、一応、生理用品もいれとこう。 頭痛薬も。 飲み物は、朝、水筒に入れるでしょ。 黒いリュックはいつも通り、きっとぱんぱんになる。
ベッドで、ごろんごろんする。 先生のこと、考える。 最近、えっち、してない……。 ひとりでも、たくさんは、してない。
眠れなかったらいやだから、今日はしようかな。 先生に借りた、ふるえるおもちゃで、少しだけ。
「リリちゃん」
うーん。 違うよ、先生。 私は、眠い目をこすりたい。
「リリちゃん、私ね、また、やっちゃったみたい。 先生のこと、困らせちゃった……」
あらら、それは大変だ。 大丈夫、大丈夫。 夕陽がいるよ。 おりえちゃんを悲しませる、そんな先生なんて……。
おっ?
これは、あれか?
夢か?
動かせない、私の小さい体。 きっとまた、リリちゃん人形になっている。
私をほっぺにくっ付けて、一人で語りかけてるのは、いい匂い、女の子の匂い、ふわふわの髪、三十一歳の今よりもぷっくりしたほっぺたの……おりえちゃん!
さ、最高だ。 明日は試験なのに、最高の夢を見てしまった……。 もう、合格だよ。 間違いない。
喜ぶ私の心は、通じない。 ふわふわのルームウェアを着たかわいいおりえちゃんは、涙をぽろんと流す。
「私……。 私、どうして、女の人しか好きになれないんだろう」
そんな……。 泣かないで。 おりえちゃん、泣かないで。
「ふつうが、よかった。 ふつうに織江の事、好きになってくれる人を、好きになりたかった」
ぽたん、ぽたんと熱い涙が降ってくる。
おりえちゃん、かわいそう。 小さい(お人形の私よりも大きいけど)、かわいいおりえちゃんが、泣いている。
「先生。 先生が、男の人ならよかったのに。 そうしたら、好きにならなかったのに」
おりえちゃん。 おりえちゃん……!
若い頃のおりえちゃんは、かわいい。 だけど、悩んでる。 こないだも、「先生」のこと、リリちゃんにお話してた。
おりえちゃんを悩ませる、「先生」。 どうやら、男の人ではないらしい。 そして、おりえちゃんの事は… 私みたいに、大大大好きでも、ないらしい。
おりえちゃんに、伝えたい。 大人になったら、すっごくかっこよくなって、えっちで、すてきな先生になるんだよ。 美味しいご飯も、作ってくれる。 マンションの高い階に住んでいて、部屋はとってもきれいだよ。 整理整頓、すごいよ。
だけど、伝えられない。 これは夢で、夕陽はリリちゃんで、おりえちゃんは、泣いているから……。
しばらくぐすぐす泣いた後、おりえちゃんは、ひとりでし始める。 リリちゃんの私に、薄い唇をくっ付けながら。
「うう、ふあっ……」
すっごい、かわいい声。 目を閉じて。 私からは見えないけど、きっとゆっくり、あそこを擦ってる。 閉じられた大きな目の端っこから、涙が細く流れる。
ふっ、ふっ、と、息が早くなる。 手の動き、早くなる。 いい匂い、えっちな匂いが、濃くなる。 濡れてるあそこの、えっちな匂い……。
「ああっ……」
部屋を出たおりえちゃんは、すぐに戻ってきた。 多分、いって、石鹸で手を洗って。
「ふう」
ため息をついて、ベッドに入ってくる。 リリちゃんの私にまた、ちゅっとする。
「リリちゃん。 私、こんな事ばっかりして、ほんとに馬鹿ね」
馬鹿じゃないよ! ほんと、おりこうだから。
「私、どうして女の人しか好きになれないのかしら…。 この世の人間、みんな、女なら良かったのに」
女の人しか好きになれないの、普通だよ。 男の人しか好きになれない女の人と、同じでしょ。 この世の人がみんな女だと、うーん、それはそれで、つまんないのかも。
「先生も、いつか……。 織江の事、恋愛対象に…… してくれるのかな……」
おりえちゃん……。 分からない。 それは、ほんとに、知らないの。
だけど、ああ、教えてあげたいな。 高校生の、おりえちゃん。
大人になって、しばらく働いて、女子高に赴任したらね。 着任式で、夕陽と出会うんだよ。 七百二十人もいる生徒の中で、私だけを見つけるの。
それでね、私も、すぐにおりえちゃんの事を好きになる。 だって、きれいで、すてきで、そして……いきなり、キスしてくるんだもん……。 あんなにきれいな先生にキスされて、スカートの中、よくされちゃったら、誰だって好きになっちゃうよ。
だからね、おりえちゃん。 大人になるまで、頑張って。
今のおりえちゃんが大好きな「先生」とは、もしかしたら、きっと、上手くいかないのかもしれない。 だけど、私が待ってるから。 未来で、夕陽が待ってるから。
そんな事を思っていると、おりえちゃんも、私を見つめてることに気付いた。
「何だか時々……、リリちゃんが、織江のことを好きって思ってくれてる気がするの」
そうだよー。 たまに、リリちゃんの中に夕陽がいるの。 おりえちゃん、鋭いね!
「ほんとは、聞こえて? 織江の声」
どきっとする。 おりえちゃんが、リリちゃんの目をまっすぐ見るから。 リリちゃんの向こうに、私がいるって分かってるみたいに。
「……なんてね。 寝ましょ。 おやすみなさい、リリちゃん。 また、織江のお話、聞いてね」
そして、おりえちゃんは、部屋の電気をリモコンで消す。 お人形のリリちゃんを、ぎゅうっと抱く。 しばらくすると、おりえちゃんの静かな寝息が聞こえてきて、私もまた夢の中で、眠ってしまった。
「なんか……夢?」
ばちんと、覚めた。 夢、見てた気がする。 せつなくて、でも、いい匂いがしたような気がする、夢。
時計は、六時ちょうど。 起きようと思ってた、その時間。
スマホを見る。 先生から、メールだ。
「おはようございます。 大好きよ」
短いメッセージ。 頑張って、とかじゃないんだ。 私はなんだかおかしくて、でも先生らしくてすっごくいい、と思った。
夢のこと、思い出す。 こんなことも、高校生のおりえちゃんに教えてあげたい。 悩んで泣いて、「ふつうがよかった」なんて悲しすぎる事を言っていた、かわいいおりえちゃんに。
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