第65話 クリスマスイブ

「先生、クリスマスは……お泊まり、いい?」

 お昼。 お弁当を食べ終わって、ケイと一緒に、保健室。

「お勉強、頑張ってるものね。 お母様が、いいって仰るなら」

「いいなぁ。 あたしも、二人きりがいいのに」

 ケイが戸棚から勝手にカップを出しながら、言う。

「あら。 ホームパーティ、素敵じゃなくて?」

「素敵じゃないよ。 ママも一緒になって、絶対、大騒ぎだし。 酒飲んで、最後はリビングで雑魚寝じゃないの」

「だからさ、英梨ちゃんだけ、お部屋に入れちゃえばいいじゃん。 みんな寝ちゃえば、えっちしててもばれないよ」

「夕陽は、いつもそれ!」

 ケイには怒られちゃうけど、先生は私と両手でハイタッチをしてくれる。

「いいアイデアね。 声を殺していやらしい事するの、かなり興奮しそうだわ」

 でしょ? 先生、分かってる!

 ケイはちょっと大きめの声で、言う。

「先生も、頭おかしい!」



「ママ。 あのね。 来週から、冬休みでしょ。 クリスマスはさ……」

 お夕飯の後、お皿を洗いながら、ママに話し掛ける。 ママは、テレビを見ながら洗濯物を畳んでる。

「クリスマス、仕事。 夜勤。 夕陽ちゃんにはサンタさん、いるもんね。 いいなぁ。 勉強教えてもらって、楽しく過ごしなよ」

「やったぁ。 ありがと」

「おうちにまた、来てもらえば。 まぁ、ママはゆっくり帰るから」

「えっ! いいの? うーん、でも、うちに呼ぶなら、ガッツリ片付けしないといけない……」

 でも、嬉しいな。 家に、来てもらっちゃおうかな。 ケーキ作って、ご飯作って、待ってようかな。 ワインは私、買えないから、持って来てもらって。 どうしよ。 楽しみすぎる。



「先生へ。 ママが、クリスマス、うちに来ていいって。 ママは仕事です。 来てくれる?」

 返信が来る。

「すてき。うかがいます」

 やったー。 じゃあ、終業式のあと、大掃除だ。 勉強、掃除、ご馳走作り。 えへへ。 女子高生はまったく、忙しい。



 そして、終業式が終わって、クリスマスイブ。

 今年は土曜日がイブだから、明日も一緒に過ごせる。 私の家で。 

 ママは明日、お昼過ぎに帰るって。 完全に気を遣ってる。 ママ、すまん。

 でも、頑張って、片付けした。 いい機会。 ママも巻き込んで、色んなものを捨てて。 

 たくさん捨てて、なんだかスッキリしたな。 私も、ママも。 先生の家みたいに、おしゃれじゃないけど。 

 スッキリさせて、ケーキ作って。 お夕飯は、先生が美味しいもの、持ってきてくれるんだ。  こんなに楽しみなクリスマス、サンタさんを本気で信じてた頃以来。



 そして、ピンポンが鳴る。

「おりえちゃん! 上がって。 待ってたよ」

「今晩は。 お招き頂いて、ありがとう」

 先生! すっごく、素敵。 赤いコート、似合ってる。 真っ赤なコート、なかなか選べないよね。 先生、モデルさんみたい。

「かわいい……あっ、サンタさん? 夕陽の家に来てくれた、美人のサンタさんだ」

「ふふ。 そうよ。 お利口さんに、プレゼントを持ってきたの。 気に入ってくれるといいんだけど」

 そう言って、たくさんのお買い物袋を見せてくれる。 知ってるブランドもあれば、知らないのも、たくさん。 ただ何となく分かるのは、全部お高いやつなんだろうな、ということだけ。



 きれいにした私の部屋で、サンタさんは袋の中身を見せてくれる。 真っ赤なコートを脱いで、その下は黒のワンピース。 学校で着てるようなやつよりミニ丈で、膝が出てて、かわいい(ちょっとセクシー)。

「もし嫌だったら、いいの。 持って帰るから。 言ってね」

「えーっ、全然嫌じゃない! すごい、どれも、かわいい。 きれいだよ。 本当に、着ないの?」

 たくさんのショップ袋に入ってたのは、先生が昔着ていたお洋服だった。 どれも、きれい。 上品で、おしゃれなものばかり。

「学生の頃着てたものだけど、まだきれいなもの、沢山あったから。 実家でもきっと邪魔だっただろうし、全部持って来たの。 夕陽が着てくれそうな、かっこ悪くないものだけ選んだつもりだけど……」

 かっこ悪くないどころじゃない。 チェックの裏地のトレンチコート、チェックのスカート、同じチェックで色違いのワンピース、紺の太めのかっこいいズボン…。

「すごい、おしゃれ。 きれいだし。 ねえ、着てみてもいい?」

「もちろんよ。 着てみせて」

 樟脳の匂いがする。 私はこの匂い、好き。 お洋服たち、先生のおうちでずっと待ってたんだ。 私が今、袖を通すまで。 なんかすっごく、ロマンチックだな。

「えへへ。 似合う?」

「まあ…… すごいわ。 すごく、似合ってる。 私が着てた時より、素敵よ」

 ワンピースを着てくるくる回ると、先生、ぱちぱちしてくれる。

「やだ、何でうるうるしてるの。 先生」

「何だか… 昔のこと、思い出しちゃって。 十年以上前、こうやって、お洋服が嬉しくて、くるくる回ったなって」

 先生の首に腕を回して、全身でぎゅっと抱き付く。

「かわいかっただろうなぁ。 その頃の、おりえちゃん。 会ってみたかったな」

 ぎゅっとされた先生は、私の背中をぽんぽん、としてくれる。

「生意気で、ちっとも可愛くなかったの。 あなたみたいに、素直な子がいちばん愛される」

「私、素直じゃないよ。 先生に好かれたいから、先生にはいい子にしてるだけ」

「そういう事さらっと言えるのが、素直なのよ」

 おでこ、こつんとする。 先生はうるうるで、でも、にこにこしてる。 そして、不思議なことを言う。

「私も、夕陽みたいに可愛くなりたかったな…」

「まさか。 私、先生みたいにきれいになりたいのに」

「夕陽は、私が欲しかったもの、何でも持ってるのよ。 可愛くて、素直で、頑張り屋さん。 仲良しのお友達がいて、素敵なママがいる」

 今度は、頬擦り。 先生は冷たいほっぺたをくっ付けたまま、続ける。

「そんな子に愛されて、先生は幸せよ」

「わ……私だって、先生にあ、あいされて、幸せだもん。 私の方が、幸せだもん」

 なんか、恥ずかしくて、対抗しちゃう。 ばかだなあ。

「ふふ。 じゃあ、お夕飯食べながら、どっちが幸せか、勝負よ。 お酒も飲もうかな」

「あのね、ケーキ、作ったから。 ご飯でお腹いっぱいに、ならないでね!」

 ご飯食べたら、ケーキを食べて、お風呂に入って、くっ付くの。 

 幸せ勝負、きっと引き分けだね。 同じくらい、好きに決まってるから。

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