第60話 文化祭

「あのね、今年は私のクラス、焼きそば屋さんなんだよ」

「まあ。 すてきね」 

 先生にかかれば、何でも素敵になっちゃう。 焼きそば屋さんは、別に素敵じゃないと思う…。

 高校の文化祭は、三年生だけ、模擬店ができる。 一学年、六クラス。 各クラスで食べ物が重ならないように、調整したんだって。 焼きそば屋さんは、毎年人気。 

「先生、焼きそば、好き? 私はだーい好き。 じゃがいも、入ってるやつが好き」

「ええと、自分では、あんまり作らないけど。 子供の頃、お祭りなんかで食べたわね。 夕陽は、お芋が入っているのが好きなのね」

 ベッドに二人で腰掛けて、頭をくりくり撫でてくれる。 

 放課後の、保健室。 ここでキスしたりはあんまり、しなくなったけど。 今日は、報告なのでしょうがない。 うん。 頭撫でてもらっても、普通のこと。

「去年は当番が終わったら、ここでいちゃいちゃしちゃったけど。 今年は、作る係だから。 保健室には、来られないかも……。 先生、食べに来てくれる?」

「もちろんよ。 作る係なの? 楽しみだわ。 夕陽は、お料理上手だから。 きっと大繁盛ね」

「先生が来てくれたら、大盛りにしてあげる」

 二人で、両手を合わせて笑う。

 その時、ガラガラっと扉が開く。

「こら! また、そんな事して。 夕陽、飾り付け、サボらないんだよ」

 げー。 ケイ。 ノックして。 入る時は。

「まあ。 サボっては、いけませんよ。 戻らないとね」

 先生は叱るふりをする。 私はほっぺを差し出して、自分の指でつんつんする。 そこに、ちゅっとしてもらう。

「人前で、するなって」

「ケイしかいないから、いいんだもん。 またね、先生」



 文化祭、当日。 二日目、一般公開の土曜日。

 焼きそば屋さんは、大繁盛だ。 キャベツ、にんじん、じゃがいも、切っても切っても終わらない。

 私の隣で、ケイも一生懸命野菜を切る。 危なっかしい手つき。 普段、やらない子の手。 指切らないでね、と思いながら、私は自分の手を動かす。

 調理の卓からは、廊下が見渡せる。 うちのママは仕事だから来られないけど、校外からも、たくさん人が来る。 三年生の教室は、どこも混み合ってる。

 向こうから、先生の頭が見えた。 背が高いから、すぐ分かる。

「おっ。 良かったね。 先生、来たじゃん」

「うん。 今日も、おしゃれ」

 ケイと、ひそひそ声で話す。 先生はきょろきょろして、私を探してる風。

「あっ……」

 

 何、あれ。

 先生の腕に、女の子が絡みついてる。

 こないだの、一年生の子。 高い位置でポニーテールにして、ちょっとお化粧して、先生と、腕を組んでる。

「すご。 何あれ。 ……ゆ、夕陽。 ちょっと、顔、やばいよ」

「えっ。 やばくないし」

 多分、やばくないわけ、ない。 頭に、かっと血が上ってるのが分かる。 背中がひゅっと冷たくなって、変な汗も出てきてる。

「ほら、先生、困ってるよ。 何だろうね、あの子。 やだね。 先生、夕陽のこと探してるよ」

「知らない……探してない」

 やだ。 涙が出てきた。 噛み締めた唇から、鉄みたいな味がする。 ケイは手を止めて、背中をさする。

「あの、ごめん。 ちょっと、具合悪くなったみたい。 一旦、休ませてくるね」

 ケイは、調理係の別の子達に声を掛ける。

 私の手から包丁を取り上げて、行こ、と言って、手を繋ぐ。 先生がいるのと逆の出入り口から、私たちは廊下に出る。



「泣くなよぉ」

「泣いてない……」

 涙が、止まらない。 鼻水も。 しゃくり上げながら、泣いてる。 私たちのほかには誰もいない、図書室で。

「ねぇ、先生、ほんと、困ってたよ。 かわいそうだったね。 あつかましい子、いるんだな」

「ぜんぜん……かわいそうじゃない。 先生なんて、嫌い」

 あの子、こないだの子だもん。 先生の事、好きって言った一年生。 そんな子にくっ付かれて、嫌がらないなんて、おかしいよ。 もっとちゃんと、嫌がってよ。

「先生は、悪くないでしょ……。 つきまとう方が悪いんだから」

「そうだけど。 嫌い。 先生なんて、嫌い。 嫌いだよ」

 わんわん泣いてしまう。 悲しい。 かっこ悪い。 ばかみたい。

 先生、なんで、知らない一年生と一緒なの。 上手に野菜切ってるとこ、見て欲しかったのに。 大盛りにしてあげるって、言ったのに。 一緒に食べようと思ってたのに。 


 ……ばかみたい。 一人で、舞い上がっちゃって。 先生、どうせ、焼きそばなんか食べないし。 どうせたくさん作ったって、捨てちゃうんだ。 私、おしゃれじゃないし。 素敵なもの、作れない。 先生とは、釣り合わない……。

「夕陽、だいじょうぶ……? 顔、白いよ」

 ケイの声が、遠くに聞こえる。 目の前がまわって、ごとん、と床に頭がぶつかった。




「おはよう」

 先生の声。

 頭、痛い。

「大丈夫よ。 たくさん泣いて、体がびっくりしたのかしら。 よくあることよ。 大丈夫」

 先生の、やさしい声。

「あたま……いたい」

 おでこに、手を当ててくれる。

「ぶつけちゃったのね。 赤くなってるけど、すぐひくわ。 大丈夫よ」

 部屋の中を、見る。 私の部屋。

「文化祭は……?」

「大丈夫。 ちゃんと、終わったから。 夕陽が作ってくれた焼きそば、頂いたのよ。 美味しかった」

 うそつき。 焼きそばなんて、どうせ、好きじゃないくせに。

 喋るのもだるくて、背を向ける。 壁の方を、向く。

「なかなか起きないから、お家にお届けしちゃったの。 お母様、お仕事に出られる前だったから、ちゃんとご挨拶したのよ。 起きるまでいますからって、言っちゃった。 ふふ」

「じゃあ……帰れば」

 用事、済んだし。

 先生は、よいしょ、と言って、ベッドに入ってくる。

「泊まっていいって、言われたもの。 お母様に」

 背中から、ぎゅっとされる。 なんでか、涙が出る。

「先生は」

「なに?」

「私のことなんて……好きじゃない」

 絶対言わない方がいいって、分かってる。 でも、口から出てしまう。 

「どうして、そう思うの?」

「好きじゃないから、知らない子と腕組むんだもん……」

 涙も、ぼろぼろ出てくる。 ばかみたい。

「夕陽の事、一番好きよ。 腕、取られて、ごめんなさいね。 でも、私がぎゅっとするのは、あなただけよ」

「嘘だもん。 かわいい一年生と、お、おしゃれなもの、食べるんでしょ」

 ばか。 言ってもしょうがないこと、言うな。

「私、他人と食事するの、苦手なの。 一緒にご飯食べるのも、あなただけ。 もちろん、いやらしい事をするのもね」

 背中からぎゅっとして、私がぐっと握った拳の上に手を重ねる。 拳をやさしくとん、とんとして、それから、撫でてくれる。

「う……ううっ……」

「夕陽、ごめんね。 最近、すごくお姉さんだったから。 平気かな、と思っちゃったの。 くっついて来た子、そのままで来ちゃって、嫌だったわね。 当たり前よね。 ごめんね」

 泣きながら、先生の方を向く。

「嫌だよ。 私以外の子と、くっ付かないで。 絶対やだ。 だめ。 みんな、先生の事、好きになっちゃうもん。 あんなの、禁止だよ…」

「ごめんね。 もう、しないから」

 先生はそう言って、私のほっぺにすっと手をやる。 唇に、キスしてくれる。

 ちゅ、ちゅ、と、唇をくっつけ合う。

「先生。 私としか、キスしないで……」

「あなたとしか、しないわ。 約束する」

 向き合って、強く抱きしめ合う。

「キスも、えっちもだよ。 私以外、誰ともしちゃ、だめ」

「そうよね。 キスも、いやらしい事も、あなただけよ」

 髪を、撫でてくれる。 脚も、絡ませ合う。

「今夜は、このまま休みましょう。 疲れたでしょ」

「うん。 先生……あの、お願い」

「なあに? 言って」

「あの…… 寝る時、おっぱい…… おっぱいしながら、寝たい……」

 変なお願い……。 きいてほしい。 私、やきもち焼きだし、子どもなの……。

「いいわよ。 かわいい子。 おっぱいだけで、いいの?」

「わかんない……。 子どもだから、もっと、ほしくなっちゃうかも……」

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