第59話 ペットとやきもち

 放課後、私の足は保健室に向かう。 帰り支度も終えて、重たい黒い、リュックを背負って。

 今週は、金曜の夜に行ってもいい? それとも、土曜日の朝? 

 先生も、疲れてるかもしれないから。 本当は、金曜の夜からずっと一緒にいたいけど、一緒なのにえっちができないの、余計につらいし……。 だから、一応、聞いておこうと思って。


 

 扉をノックする。 コン、コン、コン。 返事は無くても、開くなら、入っちゃう。

「こんにちは」

 えへ……と、笑顔で入る。

 あれ。 キャスター付きの小さな丸椅子に、知らない子がうなだれている。 先生はその子の正面に、脚を組んで。

 何か、相談事かな。

「あの、ごめんなさい。 また来ます」

 小さい声で、言う。

「御用があるなら、そちらのベッドで座って。 少し、待っていてくださいね」

 わ。 ちょっとツンツンしてる、先生の声。 これは却って、出て行かない方がいいっぽい。

「あっ……じゃあ、待ちます」

 大人しく、衝立ついたてのこちら、ベッドに腰掛ける。



 意外に、終わらないなぁ。 相談事。 上履きの先、緑だった。 一年生だ。 

 私だったら、何かを相談してる時、知らない先輩がいたら、嫌だけど。

「いいです。 今日は、帰ります。 でも、また来ますから」

 さっきの一年生の、少し大きな声が聞こえる。

「とっても悩んだなら、いつでも。 いますから、ここに」

 先生の、涼やかな声も。

 一年生は鞄を持って、どすどす音を立てて、帰っていく。 怒ってる?

「夕陽。 鍵、かけて」



 さっきの子が座っていた、丸椅子に座る。 椅子、あったかい。

「先生、どうしたの。 さっきの子、大丈夫?」

 先生は脚を組んだまま、私が電気ポットから淹れた白湯を飲む。 私も自分用にしてもらったカップで、真似して、飲む。

「どうかしら。 困ってるの」

「先生が? 珍しいね」

 また、白湯を啜る。

「私の事、好きになってしまったそうよ。 彼女」

 ほんとに、困ったような顔をする。 先生。

「おぁ……。 まぁ、しょうがないね。 先生、きれいだから」

「まあ。 やきもち、焼いてくれないの」

 先生、笑ってくれる。 かわいい。 好き。

「あんなに、やきもち焼きだったのに。 一学期にも、来てた子よ。 彼女」

 意地悪に、笑いながら言う。 妬かせようとしてるの? 先生。 でも私、もう、知ってるもん。

「先生は、私の事だけ好きだもん。 先生の事が好きな子がいても、それはしょうがない。 先生、すてきだから。 だけど、先生は私の事が大好きだから、夕陽は気にしない」

「あら。 強くなって。 いい子だわ」

 キャスター付きの椅子ごと、先生が私の方へ来る。 かがんで、唇どうしで、ちゅ、とする。 私はそのまま先生に抱きついて、頭をくりくり、擦り付ける。 先生は、私をぎゅっとしてくれる。

「土曜日に相談したいから、私のお家に来たいって。 積極的でしょう」

 すご。 最近の一年生は、まったくけしからん。

「先生、私が一番だもんね。 さっきの子に、なんて言って断ってくれたの?」

「だからね、教えてあげたの。 お休みの日は、ペットと遊ぶから、駄目なのよって」

「ペ……ペット?」

 先生は、私の頭を撫でながら、続けた。

「そう。 ペットのかわいいお猿の女の子、甘えん坊で、週末はたくさん遊んであげないといけないの。 発情期で、他所で悪さをするかもしれないからって」

 う……嘘でしょ。 私のこと?

「そしたら……何て? 一年生は」

「なんだか、怒っちゃったわ。 冗談だと思ったのかしら。 ほんとうなのに」

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