第36話 赤ちゃん


「わぁ。 かわいい」

「ほんとだ。 ぽよぽよ~」

「待って、赤ちゃん、すっごい笑ってるんだけど」

「かわいいね」

「癒しだね」

 家庭科の、授業中。 クラスはめちゃめちゃ、盛り上がってる。

 赤ちゃん産まれて、育休を取ってる先生が、遊びに来た。 女の子、赤ちゃん連れて。

 育休の先生は、ちょっと誇らしげ。

「でも、産むの、めちゃめちゃ痛いんでしょ?」

「鼻からスイカなんでしょ?」

「うちのお姉ちゃん、鼻からスイカっていうか、股から人間!って言ってた」

「それは……例えになってなくない?」




 放課後、保健室。 先生に、冷たい紅茶をご馳走になる。

「先生、赤ちゃん見た?」

「見ましたよ。 可愛いかったわね」

 干してあったタオルを畳みながら、答えてくれる。

「赤ちゃんって……小さいね」

「ふふ。 そうね。 五ヶ月くらいって、仰ってたかしら」

 あんなに小さいのに、泣くと声がでっかくて、ちょっと笑えた。

 でも、かわいかったな。 育休の先生も、すごく幸せそうに見えた。 休む前は人気のある先生ってわけじゃなかったけど、赤ちゃん連れてくると、主役になっちゃうよね。

「赤ちゃん……ほしいなぁ」

 別に、主役になりたいわけじゃないよ。

 でも、うちのママも言う。 自分で産んだ子、めちゃかわいいよって(私のことです)。 夕陽ちゃんも、ママみたいに若いうちに産みなって。 

「まあ。 売ってなくてよ」

「知ってるよ! でもさ、赤ちゃん……。 かわいかったなぁ。 もっと、近くで見せてもらえばよかったな」

 持ち前の人見知りが発動して、あんまり、近くで見られなかった。 でも、いい匂いだった。 ミルクの匂い。 ふにゃふにゃ、喋ってた。

 先生、頭を撫でてくれる。 そして、ぽんぽんする。

「いつか、結婚して、お母さんになったらいいわ」

 ……そんな言い方、きらい。 私は、唇をとんがらせる。

「結婚したって、お母さんにはなれないもん。 先生と結婚するんだから」

 先生は、困った顔になる。

「先生と……結婚するんだもん」



 私は、先生に抱きつく。 頭をぐりぐり、こすりつける。 先生も、ぎゅっとしてくれる。

「そうよね。 ごめんなさい。 私たち、一緒になるんだものね」

 そうだよ。 ばか。

「けっこん……して。 してくれるんでしょ、先生」

 涙、ぼろぼろ溢れてくる。 困らせたいんじゃないの。 聞きたいだけ。

「結婚はね、まだできないの。 この国ではね。 でもね、一緒よ。 一緒に暮らすの。 ね」

 先生、力を入れて、ぎゅうっとしてくれる。 私は嬉しいよりも何だか悲しくて、しゃくり上げて、えんえん泣いてしまった。



 だから、気付かなかったの。

 私たちがぎゅっとして、何度も頭を撫でられてるの、鍵をかけ忘れた扉から、見られてたなんて。

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