第35話 夏休みの前
「もうすぐ、夏休みだね」
放課後の、保健室。 ここは涼しくて、快適。
先生の机に一番近いベッドで、ごろごろする。
「そうね」
先生は、書き仕事。 書類に目を落としたまま、答えてくれる。
「先生も、夏休み?」
「仕事よ」
生徒も少ないのに、何するんだろ。 昔から、謎でした。
「じゃあ私も、毎日学校来ようかな」
「部活で、開いてる日はいいでしょうけど。 毎日は、どうかしらね」
「だって、予備校とかも行かないし。 家で勉強なら、ここがいいよ」
「さすがに、毎日は。 怒られてしまうわ」
ぶー。
「うちで、勉強してもいいですよ。 マンションで」
「えっ。 いいの?」
と、思ったけど。
「大丈夫。 図書館行く」
「あら。 遠慮してるの?」
「エアコン代」
「いいのに。 気にしてくれるの? やさしいのね」
あとは……多分、勉強の合間合間に先生のベッドで、ひとりでしちゃいそうだから、やめとく。
「期末テスト、どうだったの」
「えへへ。 まぁ、結構、良かったよ。 先生のおかげだね」
ほんと、先生のおかげ。 先生がいるから、頑張れる(ただ、成績が下がったのも絶対、先生のせいだけど)。
「あなたが、頑張ったからですよ」
頭、撫でてくれる。 うれしい。
私はペンケースから、キャップ付きの赤いシャープペンを取り出す。
「これ……。 シャープペン、先生が交換してくれたから。 先生パワー」
「まあ。 かわいいこと」
シャープペン。 先生が持ってる、キャップ付きのやつが欲しくて、同じのを買ったんだ。 それで、元々先生が使ってたやつと交換して!ってお願いした。
子どもがする、おまじないみたいだけど。 どうしても、先生がいつも使ってるやつ、欲しかったから……。
「宝物」
「ふふ。 宝物、たくさんね」
「そうだよ。 先生が触ったもの、ぜーんぶ宝物だもん」
「まるで、ミダス王ね」
そうなの? 知らなーい。
「夏休みは泊まりのお出掛け、しないんですか。 お母様と」
「うーん。 今年は、多分行かないかな。 受験生だから」
毎年一回は、ママと泊まりでお出かけしてたけど。
今年は受験生だし、先生ともたくさん会いたいから、ママには勉強がんばるふりをしてる。
「お母様がいない日は、うちにいらっしゃいよ」
「い……いいの? えへへ。 ママに夜勤、いっぱいやってもらお。 先生、寝不足になっちゃうよ…なんちて」
「まあ。 えっちね。 楽しみだわ」
「ねぇ、先生。 私、夏休み、いやだな」
「どうして?」
「こうやって、放課後いちゃいちゃできないもん…」
先生も、ベッドに来てる。 膝枕をしてくれる。
「去年は、夏休みがいやだなんて、思わなかった。 先生と会えなくなるの、寂しいなってぐらいで」
先生のそこ、おへその下のあたりに、顔を埋める。 えっちで、ごめん。
「何が変わったのかしら」
髪を、撫でてくれる。 大好き。 気持ちいい。
「今年の四月に、先生のおうち、泊まらせてもらってから。 もっともっと、好きになっちゃった」
「あの時は、車で意地悪して、ごめんなさいね」
覚えててくれてるの? 先生。
「意地悪したら、私の事……嫌いになるかな、と思って。 試すようなこと。 ごめんなさい」
ふふっ。 私、つい、笑ってしまう。
「おかしかった?」
「おかしいよ。 先生、私、それくらいじゃ、嫌いになんてならないもん」
先生も、微笑んでくれる。 そして、おでこにそっと、キスしてくれる。
私はとっても嬉しくて、起き上がって、先生と唇をくっ付ける。 少しだけ、舌も入れて。
「嫌いになんて……ならないから。 心配、しないでね」
先生は力を入れて、私をぎゅっとしてくれる。
「そうよね。 そうね。 ありがとう。 大好きよ。 かわいいかわいい、あなた」
私も、ぎゅっとする。 大好き。 先生、大好き。
外はもう、濃い紺色になっている。 今日は遅くまで残っていく先生を置いて、ひとりで歩く。 たくさんぎゅうっとしてもらった事を、思い出しながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます