第9話 擦り傷

「先生。 本当に、痛い……」

「あら まあ」

 ばかみたい。 一生懸命、やっちゃって。 体育の授業中、サッカーで転んだ。 天気のいい日、もちろん、外で。



 外の水道で、砂は流してきたけど。 何で今日に限って、長いジャージ、履かなかったんだろ。 体育、ハーフパンツで出てたから、左の膝小僧が大きく擦りむけている。 

 小さい頃も、転んだ時は痛かっただろうけど(もう忘れた)、完全に物心ついてる今は、とにかく、

「いたいよう……」

「かわいそうに。 水で、砂埃、流してきましたね。 偉い、偉い」

 ベッドに腰掛けさせてくれる。 涙が出てくる。 

 先生は、膝に大きな傷パッドを貼ってくれた。

「大丈夫、きれいに治るから」

 べそをかく私の隣に座って、背中をさすってくれる。 

「そんなに、痛かったのですか。 かわいそうに」

「ちがう……。 痛かったけど、先生がいてくれて、ほっとしたの」

「可愛いことを」

 我慢できなくて、言ってしまった。 思っていたことが、涙と血と一緒に、出てしまったみたい。

 私の左側に座っている先生は、私の左の腿に手を置いている。 ピアノを弾くみたいに、指先を動かす。 くすぐったい。 さっきは背中をさすってくれた、やさしい手。 

「先生……。 手、くすぐったいよ」

「痛いの、飛んでくかなと思って」

 なんじゃ、そりゃ。 

 私がふっと笑ったのを見てから、先生は、私にキスをする。

 初めは、ついばむように。 それから、舌を差し込んで。 いつの間にか、両手の指も、ぎゅっと絡まっている。



「ん、む……」

 もう、何分も、舌を絡ませ合っている。 保健室の中、キスの音、私の喉の鳴る音だけが、響く。

 悪い先生。

 私も、悪い生徒。

 当然、キスだけじゃ、物足りない。 下、触って欲しい。

 もう、触ってもらおう。 そう思ったとき、無慈悲なチャイムが鳴る。

「あ」

 唇が、離れる。

「終わってしまいましたね」

「そんなぁ、ひどい」

「次の授業は、出ないとね」

 そんな事、言わないでほしい。 私は先生の白衣の胸元に頭をくっ付けて、くりくりする。

「マーキング。 におい、つけたから」

 先生は、ふふっと笑う。

「放課後、またいらっしゃい。 鍵をかけて、ゆっくり過ごしましょ」

 悪い先生! 大好き。 約束よ。

 私は放課後が待ち遠しくて、膝の痛みなんてすっかり忘れて、足取り軽く、教室へと戻った。

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