第12話 このままずっと見ているだけでいいと思っていたのに~グレイ視点~
「フィルはあの女性と知り合いなのか?」
食堂を出た後、ぽつりと彼女の事を聞いた。
「スカーレットちゃんの事?ああ、騎士団員ならみんな知っているよ。可愛らしい子だろう。でもあの子、最近結婚したばかりの新婚さんだぞ。結婚したと聞いた時、かなりの騎士団員がショックを受けていたな」
新婚さん…
その言葉を聞いた瞬間、鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。そうか…彼女は結婚しているのか…て、俺は何をショックを受けているのだ。とにかく彼女がこの街で安心して暮らせるよう、より一層治安の維持に努めよう。
そんな思いから、毎日必死に騎士団の仕事をこなす。ただ、食事はいつも彼女の働いている食堂に足を運んでしまう。フィルや他の騎士団員たちから別の食堂を紹介されたが、どうしても他の食堂に行く事が出来なかった。
彼女の笑顔を見ると、どんなに疲れていても、嫌な事があっても、もっと頑張ろうという気持ちになるのだ。日に日に大きくなる気持ちを、必死に抑えていた。
そんなある日
「お前、スカーレットちゃんの事が好きだろう」
急にそんな事を言い出したフィル。こいつは何を言っているんだ。
「そんな訳ないだろう。彼女は人妻だぞ。変な事を言うのはよせ」
「お前、嘘を付くのが下手だな。お前がスカーレットちゃんに会いたくてあの店に通っている事くらい、最初から分かっていた。店長や他のスタッフにもバレているぞ」
何だって…
「そう言えばスカーレットちゃんの旦那って…」
「旦那の話なんて聞きたくはない。とにかく、俺は彼女を見ているだけでいいんだ。これ以上変な事を言うのは止めろ!」
そうフィルに伝えた。クソ、俺の気持ちが皆にバレていたなんて…もうあの店には通えない。そう思い、別の食堂に足を運んだものの、あまり旨くない…やっぱり俺はあの店の料理が好きだ。そうだ、料理が好きなんだ。そう自分に言い聞かせ、翌日彼女が務めている食堂へと足を運んだ。
すると
「騎士団長様、らっしゃいませ。昨日いらっしゃらなかったから、体調でも崩したのではないかと心配していたのですよ。でも、元気そうで何よりですわ」
そう言って笑顔を向けてくれたスカーレット殿。あぁ…やっぱり俺は彼女が好きだ。この笑顔を守るためにも、俺の気持ちは封印しよう。そう思っていたのに…
その日はスカーレット殿が結婚して1年記念日の日。嬉しそうに他のお客さんに話している姿をたまたま目撃してしまった。そうか…今日はお祝いをするのか…
「おい、グレイ。露骨にショックそうな顔をするな」
前に座って食事をしていたフィルが、俺に向かってそう呟く。でも、ショックなものはショックなんだ。モヤモヤした気持ちを抑え、必死に午後の稽古を終えた。気を使ってくれたフィルが食事に誘ってくれたが、さすがにそんな気にはなれず、そのまま家路につくことにした。
凍てつくような寒さの中、近くでサンドウィッチを買った。正直食欲はあまりないが、何も食わない訳には行かない。とにかく今日は早く帰って、さっさと寝よう。そう思って歩いていると、1人の女性が道の真ん中で座り込んでいた。
通り過ぎる人たちがチラチラ見ているが、誰も女性に声をかける人はいない。もしかしたら、何かあったのかもしれない。急いで女性の元に向かい、声をかけると…
その女性はなんと、スカーレット殿ではないか。どうしてこんなところにいるのだろう。それも泣いていた様だ。とにかく足を怪我している様なので、自宅に送り届ける為彼女を抱きかかえた。
俺の腕の中にすっぽり入るほどの大きさしかない彼女は、温かくて柔らかくて…正直このまま離したくない…そんな歪んだ感情が俺を支配する。そんな俺に向かって“帰る家がない”そう言い放った彼女。一体どういうことなのだろう。
とにかく自分の家に連れて帰って来た。急いで暖炉に薪をくべ、部屋を暖かくし、足の手当てを行った。クソ、本当に何にもない家だな。どんな形であれ、スカーレット殿が我が家に来てくれているのに。
先日たまたま騎士団員からもらったお茶を見つけ、すぐに彼女に出した。ゆっくりお茶を飲むスカーレット殿をつい見つめてしまう。お茶を飲み落ち着いたのか、この家から出て行こうとするスカーレット殿を必死に止め、何とか話を聞きだすことが出来た。
スカーレット殿の話によると、クソ旦那は別の女を連れてきたうえ離縁を迫り、さらに寒空の下スカーレット殿を追い出したらしい。その上、結婚したのは亡くなったスカーレット殿のご両親の遺産が目当てだったとの事。クソ、どこまで腐りきった男なんだ。
体中から怒りがこみ上げてくるのを抑えきれず、感情を爆発させてしまった。そもそも、俺はずっと彼女を好きだったんだ。彼女が困っているなら、俺が手を差し伸べなくてどうする。
遠慮するスカーレット殿を説得し、この家に住まわせる事にした。こうして俺たちの同居生活が始まったのだ。
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