22 揉め事の原因


「あの、本当に一人でも……」


「駄目だよ、エリ。先週も言っただろう? 若い乙女を夜分に一人で帰らせるなんて……。そんなことはできないよ」


「見ず知らずの男と二人きりなんかにできるか。これも治安を守るための立派な防犯活動だ」


 お店を出て歩き出してすぐ、もう一度断ろうとした私に、レイ様とジェイスさんが間髪入れずに返してくる。


 ジェイスさんの言葉に、レイ様の声が不愉快そうに低くなった。


「まるでわたしが不審者だと言いたげな物言いはやめてくれないか?」


「フードを目深にかぶって顔も見せねぇ奴は、不審者以外の何者でもないだろ?」


「う……っ」


 ジェイスさんの言葉に、私まで言葉に詰まる。ジェイスさんがあわてたように手を振った。


「いや、エリは別だぞ!? その格好は占い師の制服みたいなもんだろうし……」


「きみはもう少し考えてから口を開いたほうがいいのではないかい? こんな迂闊うかつな人物が町人街の警備隊長とは……。不安極まりないな」


「何だと!?」


 食ってかかろうとしたジェイスさんに、レイ様がぴしゃりと告げる。


「最近、頻発ひんぱつしている揉め事の原因も、まだ突き止められていないのだろう?」


 今度はジェイスさんが言葉に詰まる番だった。もやり、とジェイスさんの肩に黒い靄が湧き上がる。思わず私は口を開いていた。


「あ、あのっ。私なんかじゃお役に立てないかもしれませんけど……。私にもできることは何かないですか? あ、そうだ! 揉めていた人の相談に乗ったりとか……」


「駄目だ!」


 鋭い声に、ジェイスさんに伸ばしかけていた手をびくりと止める。


「すまん……」


 しまったと言いたげに顔をしかめたジェイスさんが、頭の後ろに手をやってがしがしとげ茶色の短髪をかきむしった。


「……ここだけの内密の話だけどな。今回の件、どうやら邪教徒が絡んでるらしいんだ」


「邪教徒が……!?」

 レイ様が驚きの声を上げる。


 邪教徒とは、かつて人の世に争いと混乱を巻き起こした邪神ディアブルガを信奉する者達だ。勇者によって封じられた邪神を復活させようと画策している者達でもある。


「邪教徒が関わっているということは、邪神復活のために、人々を争わせてよどみを集めているのか……?」


 独り言のようにレイ様が呟く。


「澱み、ですか……?」


 不穏なものを感じずにはいられない単語に、フードで隠れた面輪を見上げると、レイ様がこくりと頷いた。


「邪神の力の源となるのは、怒りや絶望といった負の感情だ。邪教徒達は、人から発された負の感情を澱みと呼び、それを特殊な魔石に集めて、邪神復活の儀式に備えているらしい」


 澱みとは、きっと私の目には黒い靄として見えるものに違いない。


 あんなものを集めて、邪神を復活させようと企んでいるなんて……。考えるだけで恐ろしい。


 と、心を読んだかのように、フード越しにジェイスさんに頭を撫でられる。


「そんなに怯えんなよ。これ以上、被害を広げないために、俺達、警備隊がいるんだからよ。さっきはきつく言っちまって悪かったな。ただ……。相手が相手だ。間違っても、首を突っ込もうなんて思うんじゃねぇぞ?」


「そうだよ、エリ。きみの優しさは素晴らしい美点だが……。もし、きみの身に何かあったらと思うと、いても立ってもいられなくなる」


 さっと、ジェイスさんの手を頭の上からどけたレイ様が、私の片手を握る。形良い唇に甘やかな笑みが浮かんだ。


「もちろん、もし何かあったとしても、きみのことはわたしが守るけれどね」


「っ!」

 心臓がぱくんと跳ねる。


 待って! 待って待って! レイシェルト様そっくりな美声でそんなことを言われたら、脳が融けちゃう~っ!


 落ち着いて私! レイ様は確かにレイシェルト様そっくりなお声だけれど、ご本人じゃないんだから!


 いくらレイシェルト様とはほとんどお言葉を交わしたことがないからって、似たお声のレイ様にときめいてしまうなんて……っ!


 そんなの、レイシェルト様にもレイ様にも失礼よ! 心頭滅却、心頭滅却……っ!


「エリ? どうしたんだい?」


「お前が不躾ぶしつけに手を握ってるからだろ! 放しやがれ!」


 ジェイスさんがレイ様が握っていた私の手をもぎ取る。


 いえあの、二人とも身を寄せ合ってくると、間の私は狭いんですけれど……。今夜も風が強くて冷たいから、風除かぜよけになってくれるのはありがたいけど。


 と、道の先から何やら騒がしい声が聞こえてくる。


「くそっ、また揉め事か……」


 ジェイスさんが私の手を握ったまま舌打ちする。


「ほら。警備隊長、仕事だよ。エリのことはわたしに任せて、職務に励んでくるといい」


 ジェイスさんが目を吊り上げてレイ様を睨みつける。かと思うと、もう片方の手で、ぐっと肩を掴まれた。


「いいか!? 俺は行かなきゃなんねぇが、不安なら待っててくれていいんだぞ?」


「待つ必要なんてないよ。エリはわたしが責任を持って送り届けよう」


 私が答えるより早く、レイ様が力強い声で請け負う。


 いえあの、流れで一緒にヒルデンさんのお店を出たけど、公爵家まで送ってもらうわけにはいかないので……。


「お前には言ってねぇ! むしろ、お前が一番危険人物なんだよ! いいか、エリ。絶対に油断すんじゃねぇぞ? もし何かあったら大声で叫べ。すぐに警備隊員が駆けつけるからな!」


 心配そうなジェイスさんの不安を少しでも取り除こうと、こくりと頷く。


「私なら大丈夫ですよ。それより、ジェイスさんこそ気をつけてくださいね」


 道の向こうから聞こえてくる声はどんどん大きくなってきている。


「おう、大丈夫だ。いいか!? ほんと気をつけろよ!」


 フード越しに頭をひと撫でしたジェイスさんが、身を翻して騒いでいる人々へと駆けていく。

 広い背中を見つめていると、「大丈夫だよ」と穏やかな声が降ってきた。


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