14 今宵も推し様が素晴らしすぎますっ!
大広間を照らす幾つものシャンデリア。まるでここだけ夜が訪れていないような明るくきらびやかな空間を彩るのは、管弦楽団の美しい調べ。
中央では盛装した男女が優雅に舞い踊り、貴族達のひそやかなおしゃべりが鳥の羽のように漂う――。
王城の舞踏会場は昼かと錯覚するほどのまばゆさだった。
会場に入ってからずっと、私の視線が追いかけているのは、もちろんレイシェルト様だ。
ああっ! レイシェルト様が神々しすぎて目がくらみそう……っ!
高貴さと凛々しさが得も言われぬ調和をなした端正なお顔。太陽の光を融かしこんだような豪奢な金の
ああっ、背中から後光が見える……っ! まぶしすぎて正視できないけれど、でもいつまでも見つめていたい……っ!
レイシェルト様がにこやかに談笑されているお相手は、本日の主役である王妃のミシェレーヌ様だ。
といっても、レイシェルト様をお産みになられた私にとっては聖母マリア様と称えるべき実のお母様は十年前に病でご逝去されており、ミシェレーヌ様は八年前に国王陛下の後添えとなられたまだ二十代半ばのお若い王妃様だ。
レイシェルト様とミシェレーヌ様の間には、今年で六歳になられる腹違いの弟、第二皇子のティアルト様がいらっしゃって、傍から見ると若い夫婦に見えないこともない。
レイシェルト様の服の裾を引っ張って何事かおっしゃられたティアルト様に向けられた微笑みは、慈愛に満ちていてもう……っ! もうっ!
尊い……っ! お互いに親愛に満ちた微笑みを交わし合っている姿、尊すぎる……っ!
人目がなければ、ありがとうございますありがとうございますっ! と五体投地して崇め奉りたい気持ちでいっぱいだ。
は~っ、癒されるぅ~! 尊い! 寿命が延びる! 十年ぐらい延びたんじゃなかろうか。
と、レイシェルト様達のそばに、美しく着飾ったお母様とセレイアが歩み寄る。
公爵家という家格に加え、男性の聖者は何人かいるものの聖女としては現在唯一の存在であるセレイアは、舞踏会などの機会があるごとに、王家の方々と親しく歓談している。
きっと王妃様にお祝いの言葉を述べているんだろう。レイシェルト様達とにこやかに談笑するお母様も顔もセレイアの顔も、喜びに満ちあふれて輝いている。
うん、わかる! すごくよくわかる! レイシェルト様を見て、心に歓喜が押し寄せない人なんていないよねっ!
ちなみに私は、レイシェルト様と直接お言葉を交わした経験なんて一度もない。二年前の成人式の日に、壇上のレイシェルト様よりお言葉を賜ったことがあるだけだ。
っていうか無理! そんな畏れ多いこと……っ! 心臓が爆発四散するに決まってる!
にしても、レイシェルト様とセレイアって、並んで立つと絵になるなぁ……。二人とも見事な金の髪だし、きらっきらに輝いてまぶしいくらい……。
うっとりと見つめていると、すぐ近くからひそひそと囁く声が聞こえてきた。
「まあっ、ご覧になって! あんなにもセレイア様を睨みつけて……っ! なんて恐ろしい……っ!」
「よく舞踏会に顔を出せるものね。わたくしでしたら、己の身を恥じて、決して公の場になんて出てこれませんわ。王妃様も邪悪の娘などに祝われたくないでしょうに……。ああ汚らわしい」
「邪悪の娘ですもの。きっとそんな謙虚さは持ち合わせてらっしゃらないのよ。本当に迷惑極まりない方だこと。あの方がいらっしゃるだけで、華やかな王城の空気が淀んでいく心地がしますわ」
「セレイア様もお気の毒に。ご自身は聖女でいらっしゃるのに、血を分けた姉が邪悪の娘だなんて……」
聞きなれた侮蔑と嫌悪の囁き。
話しているのは寄り集まった数人の令嬢達だった。ちらちらとこちらを窺いながら放たれる言葉は、私にも聞こえるように言っているのが明らかだ。
つきん、と針が刺さったように心臓が痛くなる。
公の場に来るたび、何百回、何千回と言われ続けている
慣れているけれど、心が痛まないわけじゃない。けれど、言い返したりすればもっと悪いことが起こるのは、今までの経験でわかっている。
間違ってもうっかり余計なことを言ったりしないよう、前世と同じようにぎゅっと唇を噛みしめる。
大丈夫。今の私はちゃんと対処方法を知っている。レイシェルト様のお姿を見れば、心の痛みなんてあっという間に……。
いつの間にか下を向いていた視線を上げた私は、レイシェルト様とティアルト様のお姿が見えないことに気がついた。どうやら場を外されているらしい。
レイシェルト様がいらっしゃらないのなら、この場にいる意味なんてない。少し外の空気を吸って、気分転換をしてこよう。
令嬢達に背を向け、外廊へ通じるガラス扉を押し開ける。
「まあっ、邪悪の娘が逃げ出したわ」
「このまま戻って来なければいいのに」
くすくすと笑いながら追いかけてくる言葉を遮るように後ろ手に扉を閉め、ふぅっと大きく溜息をつく。
大丈夫。蔑まれるのは前世から慣れてるんだから、これくらい何ともない。それより、今宵のレイシェルト様の素晴らしさよ!
いつでも凛々しくて素敵だけれど、今宵もまた格好よかった……っ! は~っ! 脳裏に思い描くだけでもぎゅんぎゅん元気が湧いてくるぅ~!
外廊は無人だった。壁際に一定間隔で魔石の照明が灯されているのに加え、華やかなホールから洩れる明かりのおかげで、幾何学模様に配置された大理石の素晴らしさも、外廊の手すりのさらに向こうに広がるよく手入れされた庭の見事さも不自由なく見える。
秋の夜風は冷たいけれど、広間の熱気で火照った身体を冷やすにはちょうどいい。
窓から覗いて、レイシェルト様がお戻りになったのが見えたら、私も中へ戻ろう。
中が見えやすい窓はどれだろうと、ちらちらと広間を
角にさしかかったところで、どんっと勢いよく誰かにぶつかった。
「ひゃっ!?」
衝撃にこらえられず、ぺたんと尻もちをついてしまう。
勢いが殺しきれなかったのだろう。ふわりと広がった一張羅のドレスの上にのしかかってきたのは。
柔らかそうな金の髪。熟れた桃のようなぷっくりとしたほっぺ。背中に天使の羽が生えていないのが不思議なほど愛らしい顔立ちの――。
「ティアルト、殿下……?」
レイシェルト様の腹違いの弟であるティアルト様だった。
「ご、ごめんなさいっ!」
ティアルト様があわてふためいて身を起こそうとする。手をついてわたわたと顔を上げ、私の顔を見た途端。
「わ――っ! 邪神の使いだ――っ!」
恐怖に満ちた叫びが夜気を切り裂く。
あわてて逃げようとしたティアルト様が、たっぷりとドレープが取られたドレスの布地にすべって、また転びそうになる。
反射的に手を伸ばそうとすると、ふたたび「わーっ!」と叫ばれた。
令嬢達の陰口なんて比じゃないくらいに、ざっくりと心が裂ける。
そうだよね。小さい子にとったら、邪悪の娘なんて化け物も同じ。
思わず、唇を嚙みしめた瞬間。
「ティアルト!?」
聞き間違えようのない美声とともに、外廊の角からあわてた様子で姿を現したのは、レイシェルト様だった。
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