第83話 始まりの地へ③

 ガタゴトと舗装された大通りを、馬車がゆっくりと進んでいく。

 クルサール王国と名付けられた建国間もない大国の首都たる王都は、その昔、帝都と呼ばれていたころとさほど大きな変化はない。

 天候に恵まれ、春の陽光が煌めく小春日和と呼んで差し支えのない今日は、窓を開ければ心地よい風と共に、活気のある街の様子が感じられるだろうが、その馬車の窓はしっかりと閉じられ、窓にも布が引かれて外界の情報を遮断しているようだった。


「ニア様。大丈夫ですか……?」


 向かいに座る菫色の瞳をした少女が、不安そうな顔で聞いてくる。


「レティ……」


 言われて初めて、自分が厳しい顔のまま、ぴったりと閉ざされている布の向こうを睨むように見つめていたことに気付く。

 慌てて表情をやわらげ、従者を安心させるように笑みを浮かべた。


「えぇ。……大丈夫。大丈夫よ、レティ。お前は本当に優しい子ね」


「ご無理は、なさらず……」


 ぎゅっと膝の上で拳を握ったレティは、蒼い顔をしていて、よっぽど彼女の方が辛そうだ。

 心優しい友人に苦笑して、ミレニアは今度は困ったような顔で再び閉ざされた窓へと視線を遣る。


「この国は――民は、本当に、救われたのね。……彼らが、幸せなら、私はとても、満足なのよ」


 ガタンッ……と炉端の石を車輪が踏み砕き、小さく車体が揺れる。

 しん……と一瞬静まった車内に、遠く街の喧騒が聞こえてくる。

 ぐっとレティは菫色の瞳を苦く眇めて、悔しそうに口を開いた。


「私……あの王様が、信じられません。どうして、よりによって――こんな、時期に」


「そう言わないで、レティ。政治的な思惑が高度に絡み合ってのことでしょう。クルサール殿も、何も個人的な嫌がらせでこの時期に呼び寄せたわけではないでしょうから」


 ミレニアは、出立の時にも散々身近な者たちに言い聞かせた言葉をもう一度繰り返す。


(きっと、ゴーティスお兄様の動きが無視できないほどなのでしょうね。ついにブリアと武器取引の販路を確保したと聞いたし、戦争準備が着々と進んでいるのは間違いない……となれば、いつ開戦の火蓋が切られるか、クルサール殿としては気が気でないはず。特に――”因縁の日”が近ければ、なおのこと)


 心の中で呟きながら、窓の外へと視線を遣るが、美しい翡翠の瞳は、何も映すことはなかった。

 きっと、この布と硝子に隔てられた先の街には、豪勢な装飾が施されているのだろう。

 清貧を愛するエルム教徒が、年に一度、この時期だけは、国中で浮かれたようなお祭り騒ぎになるのだ。


「物は考えようだわ。ここを出立してから、もう随分と時間が経ってしまったもの。……命日に、家族のお墓に参ることが出来るのは、私にとって、悪いことばかりではないでしょう」


「ニア様――……」


 再び、遠くで人々が笑い合う賑やかな声が聞こえる。


 ――明日は、王国建国祭。


 それはつまり、ミレニアの十七歳の誕生日であり――

 

 ――少女が二年前、祖国と家族を根こそぎすべて失った、その日に違いなかった―― 

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