第76話 宴会の夜⑧

 世界が完全に時間を止めたと錯覚するほどフリーズした頭脳に、一番最初に浮かんだのは――


 ――――二回目の”それ”は、砂糖菓子ではなく、むせ返るような濃密な酒の味がするのだ、という間抜けな感想だった。


「――――!!!????」


 たっぷり数秒、完全にフリーズしていた頭が動き出すと同時に、ミレニアはパニックに陥る。


「んんんんんんんん!!!!????」


 大混乱を極める脳みそは、次の行動を何にするべきか全く判断がついていないようだったが、とりあえず意味不明な出来事から逃れようと喚き声を上げて、小柄な身体を捩って己を拘束する逞しい腕から逃れようと試みる。

 しかし、ぴくり、と目の前の完璧な眉間が動いて不愉快そうに皺を刻んだかと思うと、逃れようと暴れる身体を唇を合わせたままがっちりとホールドし、抵抗を抑え込んでしまった。


(ちょ、え、ちょ、待っ――――――待って待って待って!!!!????)


「んぅ……!」


「はぁっ……!」


「ちょ、ロロ、待っ――んんっ」


 一瞬、唇を離した合間に熱い吐息を漏らした色男に、慌てて息継ぎをしながら制止の声を掛けようとするも、すぐに角度を変えて貪るように唇を塞がれる。

 それは、ミレニアの知識にはない口付けだった。

 一度だけ、眠っているミレニアにロロがしたようなキスも、恋愛小説のクライマックスで愛し合う男女が結ばれた証として交わす口付けも。

 どちらも、穏やかで軽やかな唇同士の接触であり、幸せの象徴のようなものだと思っていたのに――

 まるで、獣が獲物を貪るような、こんな口づけは、ミレニアの知識には一切ないものだった。


「ミレニアっ……!」


 何度目かの角度を変える合間に囁いた直後、必死に酸素を求めて口を開いたミレニアの口腔に、熱い何かが入ってきた。


「んぅっ!!!???んんーーーーーー!!!!!」


 ねっとりと口内を這いまわる柔らかなそれが何なのか、判断するまともな頭脳などない。

 鼻で息をする、などという冷静な思考が出来るはずもなく、ただただ濃厚な口づけに翻弄されながら酸欠に喘ぐしかできなかった。


(ろ、ロロが冷静とか愛情表現が乏しいとか言ってたの、誰――!?)


 下らない、と切り捨てていた魔法属性による性格判断は、意外と馬鹿に出来ないのかもしれない。

 彼は、その身に宿す炎の属性を裏切らぬほど、本質的には情熱的な男なのかもしれなかった。

 酸欠でぐったりしてくるミレニアに、時折息継ぎを与えるように角度を変えて口づけを繰り返しながら、ロロは後ろ頭を固定していた手から力を抜いて、愛しそうに顔を撫でる。


「愛している――……」


「っ……」


 キスの合間にゾクゾクする掠れた低音で囁かれ、色香の化身と化してしまったのではと錯覚する。

 眼の前にある整った顔の男に、ミレニアはされるがままに翻弄されながら、ぐるぐると視界を回転させた。

 まるで、ロロの酔いが移ってしまったかのような錯覚。


「っ、ぷはっ……はぁっ……はぁっ……」


 やっとのことで離してもらえた途端、大きく口を開いて必死に酸素を取り込む。

 酸欠で潤んだ視界に映る紅い瞳には、いつも彼が幻のようにしか灯さない灼熱が、前面に渦巻いていた。

 心臓が太鼓のように大きく脈打ち、息の根が合わない。

 乱れた漆黒の髪をさらりと掻き上げるようにしながら、ロロは熱に浮かされたような声で囁く。


「愛しい。――愛しい」


「っ……!」


「愛している、ミレニア――」


「っ……は、はい……」


 頬を辿るように撫でられながらの愛の告白に、まだ慣れない名前呼びと相まって羞恥と困惑が極まり、思わず畏まった返事をしてしまった。

 これが、普段押し殺していたロロの本音なのだろうか。


(も、もしかして――ホントはいつも、こうやって、き、キスとかしたいって、思ってたのかしら――)


 ぼぼぼ、ともうこれ以上赤くなることはないだろうと思っていた顔がさらに熱くなる。

 確かに、こんな情熱的なキスをしたいといつも考えていたとしたら――キスは幸せの象徴であり甘く清らかなものだと幻想を抱いていたミレニアに、心が赴くままに手を触れることを忌避したくもなるだろう。


「あの、えっと、ロ――ひゃっ」


 口を開こうとした顔面に、雨のように唇が降ってきて、驚いて瞳を閉じる。

 抵抗を防ぐように身体に回されていた腕はいつの間にか離され、キスをしながらコロリと寝台に仰向けに転がされる自然な流れは、ロロがこうした出来事に手慣れた大人の男なのだと実感させられ、心臓が痛いほどに脈打った。


「駄目だな。……歯止めが利かない」

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