第69話 宴会の夜①

 開会の挨拶を兼ねた乾杯の音頭をミレニア自らが取った後――会場は、すぐにお祭り騒ぎへと様変わりした。

 会話を邪魔しない程度に心地よい音楽が流れ、旧帝国の料理と北方地域の伝統料理をバランスよく組み合わせた美食は商人たちの酒を煽らせる。

 程なくして始まったラウラが演出した女たちの演舞も、観衆の心を騒がせ、気分がよくなった者たちはさらに酒を煽った。


(……酒臭い……)


 思わず不愉快に眉根を寄せそうになるのをロロは必死に堪え、指示された席に座って、とりあえず目の前の食事に手を付ける。


「お前さんが、"ロロ"か。いやぁ、間近で見るとうちの集落の娘たちが騒ぎ立てるのも無理はない」


「……はぁ」


 酒が入って少し上機嫌になった男が、声を上げて笑いながら話しかけてくるのを、生返事で聞く。

 今日用意されているのは、比較的アルコール度数の高い酒が多い。北方地域では、その気候のせいか、身体を温めるような強い酒が好んで飲まれるためだ。

 北の酒だけではなく、帝国領から仕入れた酒も揃えているようだが、舌が肥えた商人たちの接待も兼ねているとなれば、ある程度彼らの味覚に合わせたものが多くなる。度数の高い酒が多くなるのも仕方がなかった。

 火に近づけただけでボッと引火しかねないほどの酒は、もはや酒ではなくただの消毒液に近い。それを好んで摂取したがる嗜好性にどうにも理解が示せず、ロロは鼻を突くアルコール臭に何とか顔を顰めないようにだけ努めていた。


「すまねぇな。コイツ、愛想がないのは昔っからなんだ」


 ドッと軽い衝撃が後ろから入り、気安く肩を組みながら軽薄な声がフォローをする。


「……ジルバ」


「いやぁ、顔だけは見ての通り一級品なんだが、何せ愛想も可愛げも一切なくてな!お嬢さん方も騙されちゃいけねぇって伝えといてくれ」


 ヘラッと笑って言うジルバは、商人から見えない机の下でロロの脚を踏む。

 最初の席順は、ミレニアとルーキスが考えたという。ロロの隣をジルバにしたのは、ロロの不愛想さをうまくフォローさせるためだろう。

 彼が操る風のように、人の間を軽やかに渡り歩くのに長けているジルバだ。皮肉屋ではあるが、それなりに人付き合いは上手い。

 先ほどの発言を聞くに、ロロとの付き合いが長いことを生かして上手に縁談を断る手助けをするのが、彼の今日の役割なのだろう。


「ささ、旦那。飲んでるかい?今日は、アンタたちのために、嬢ちゃんが極上の酒を仕入れてくれてるんだ。ガンガン飲んでくれよ。俺らも、上等な酒をタダで浴びるほど飲めるってんで、今日が楽しみで仕方なかったんだ」


「おぉ、兄ちゃん、イケる口か?いいねぇ、やっぱ男はこうじゃねぇと」


 ジルバが酌をすると、ガハハ、と笑って商人は盃を勢いよく煽る。

 ぷはぁ、と至近距離で吐かれた息の臭さに、我慢が出来ずにロロの眉根が寄った。

 ドン、と見えない角度でジルバの肘鉄が入る。


「聞いたぜ、旦那。集落の女たちが皆、コイツにお熱なんだろ?俺はこいつとの付き合いは長い方なんだが、正直、こいつが女に好かれる理由が、昔から本っ気でわかんねぇんだ。教えてくれねぇか?」


 空いた盃にすかさず次の液体を注ぎ込みながら、ジルバは少し大きな声で水を向ける。

 周囲にいた商人たちもそれに気づき、わらわらと集まってきて話に加わり始めた。自分の娘や姉妹たちがロロに熱を上げている男たちだろう。


「まぁ、なんてったって顔だろ、顔」


「そうそう、うちの娘も言ってた。帝国人ってのは、皆あんなに綺麗な顔をしてるのか、つって次の行商に連れていけってうるせぇのなんの。今まで、父親の仕事に興味なんか欠片も示さなかったくせによ」


「あと、護衛兵ってのがまたイイらしい。うちの集落には、鶴嘴を握って様になる奴はいても、剣を握って様になるのはいねぇからなぁ」


「元皇族のニアの護衛を任されるってことは、相当腕が立つんだろ?伝説の黒布の剣闘奴隷っていやぁ、こないだブリアで空前絶後の話題になったよな。それを聞いてうちの妹なんざ、いい歳して『私も守ってもらいたぁい』なんて気色の悪い声上げてやがったぜ。集落にゃ魔物も出ねぇってのに、何から守ってもらうつもりやら」


「それな。あとは、遠巻きに女たちからキャーキャー言われてるのはわかってるだろうに、眉一つ動かさないで、浮かれることもなくニアの護衛任務に徹してる仕事人間な所もいい、なんて言ってたか。誠実そう、だってよ」


「それから、俺らの言語をちゃんと覚えて来てるのも好感度高かったらしいぞ。『今度は私があの人の言葉で愛を告げるの』なんつって目を輝かせて、俺に帝国語を教えろっつってうるせぇうるせぇ」


「うちの四歳の娘なんざ、最近は『パパ』より『ロロ』の方がよく口に出してるぞ。ありゃ俺がいないうちにかみさんがそんな話ばっかりしてんだろ。娘に天使みたいな顔で『将来はロロと結婚する』とか言われた日にゃ、俺はどうりゃいいんだ」


 あれよあれよと、出て来る出て来るロロの話題。

 好き勝手な言われように、不機嫌そうに眉間に皺を寄せそうになるのを、ジルバにもう一度足を蹴られ、必死で苦虫を嚙み潰したような表情にとどめる。


(知るか。俺は姫以外の女に興味なんぞない)


 そう言って、全員をすげなく一蹴してしまえたら、どれだけ楽なことだろう。

 だが、ロロはミレニアと結婚するつもりは一切ない。ミレニアには誰か良い縁談があればと本気で思っている。

 現状の最有力候補はエーリクだが、もしかしたらこの商人たちの中の誰かや、集落に残っているまだ見ぬ若者かもしれない。

 万が一にもミレニアの縁談を遠ざけるような発言は出来ないし、したくない。

 そもそも、この胸の内にある感情は、生涯表に出すことなく墓場まで持っていくつもりだったものだ。

 初対面の者たちに打ち明けるようなものでは到底なかった。


「ははぁ……ってことは、旦那らの家族は皆コイツにお熱なようだが、旦那たち自身は、こいつのことをあんまりよく思ってないんで?」


「いや、それがわからんくてな。俺らも鬼じゃない。娘が熱を上げてるってだけで、頭ごなしに否定したりしないさ。だから、いっちょ、どんな奴なのか見極めてやろうってんで、ニアに頼んだんだよ」


「ほほー、なるほど」


 言いながら、ジルバは周囲に酒を注いで相槌を打って場を繋ぐ。


(口ではそう言ってても、本音では面白くはないんだろうな。……ま、パッと見、欠点らしい欠点が無い男だしな)


 大前提が、保守的な風土で生きている者たちだ。外からやってきたどこの馬の骨とも知れぬ顔がイイだけのいけ好かない男に、娘たちが熱狂しているとなれば、父親としては不信感が募っていることだろう。


(どうやって穏便に進めるかな……親しみが沸くが程よく致命的な欠点を見せて、「ほら、こいつにもこんな欠点があるんだ」って見せて、「憎めないやつだが、これじゃあ娘はやれん」つって思わせるのが一番だが――コイツ、本当にわかりやすい欠点ってねぇからな……不愛想なとことか、女をゴミみたいな目で見るとこなんかは、まぎれもない欠点なんだろうが、それを前面に出すと、今度は反感買っちまうだろうし……)


 内心舌を巻きながらジルバは冷静に考える。

 彼らは、明日には集落に帰る。その時に、穏便な形で、ロロを諦めるように集落の全員に触れ回ってくれるような帰し方をしなければいけない。

 ミレニアの専属護衛たるロロの人格が破綻している――などという認識で帰られては、ひいてはミレニア自身の見られ方まで変わってしまう。


(嬢ちゃんと結婚する男だ、つって言っちまえば一番早いんだが、それはこいつが全力で否定するだろうし、嬢ちゃんもそれを本人以外の口から言うのは止めてやれとか言うしなぁ……)


 誰が見ても相思相愛の二人は、拗れ過ぎた関係のせいで、ややこしい恋愛模様を描いている。

 ミレニアを愛すが故にミレニアとの結婚を辞退する男と、ロロを愛すが故に正攻法以外のアプローチ――外堀を埋めるようなどこぞの救世主のような手法――を好まず最後までロロ本人の意思で結婚すると言わせたい女。

 もだもだした二人の関係には言及せず、商人たちを穏便に帰せとは、ミレニアもなかなか難しいオーダーをしてくる。

 他でもないミレニアの願いでなければ、ジルバはこんな面倒な役割を決して引き受けたりはしなかっただろう。


「おい、お前よく見たら食ってばっかで一口も飲んでねぇじゃねぇか!」


 適当に相槌を打ちながら話の持って行き方を考えているうちに、近くに座っていた一人の男が厄介な事に気が付いた。

 ロロの盃が一ミリも減っていないことに気付いたのだろう。


「ホラ、飲め飲め!酒が無くちゃ腹割った話は出来ねぇ!」


「いや、俺は――」


「そーだそーだ、旦那の言う通りだ!ホラ、男らしくグイっといけ、グイっと!」


 宴席の真っ最中にもかかわらず、興覚めさせるようなことを口走りそうになったロロの声をかき消すように大声で言いながら、ジルバは有無を言わさずロロの盃を手に取る。

 そのまま、ロロの後ろ頭を押さえつけ、無理矢理盃を口に押し付けると、グイっと強引に煽らせた。


「!!?」


「おぉーーー!!行ったなぁ!!!」


 豪快な飲ませ方がウケたのか、周囲から歓声が上がり、拍手喝采を浴びる。

 どうやら、最初の難関はやり過ごせたようだ。


「ハハ、いやぁ、いっつも醒めた顔してるやつだから、一回こういうことしてやりたかったんだよ」


 嘯きながら、ロロを抑えていた手を離すと――


 ドッ!


「――――――――は……?」


 鈍い音に目をやり、ぽかん、とジルバは思わず口を開ける。


 それは、大陸最強の男が、受け身の一つも取る様子もなく顔面から机に突っ伏した音だった―― 

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