第48話 隣人と幼馴染
「なあ、今暇?」
「え……う、うん。暇だけど……」
「じゃあドッチしようぜ! ドッチ! 今人数足りなくてさー」
彼と出会ったのは、小学二年生の春だった。
「そういえば名前なんて言うんだっけ?」
「あ、彩月 花蓮……です」
「花蓮ね。いい名前だねー。あ、俺の名前は青柳 一葉。よろしく!」
「あ、うん」
その時の彼は、クラスの中心人物だったり、そんなことはなったのだけれど、友達は多かった。男女問わず、いつも誰かと一緒に居た。
☆ □ ☆ □ ☆
「か、一くんは、友達多いよね」
ある日の帰り道。私は一くん、一葉くんにそう尋ねた。私は、友達なんて全然居なくて、普通に話せたり、遊んだり出来るのは一葉くんだけだった。
「うーん……そうなのかな。まあ、毎日遊ぶ人はいるけどさー。他の人と比べたらさ、そうでもないと思うよ?」
「ま、毎日遊べるぐらい友達いるのは凄いと思うな」
「そうかなー。あ、でも、最近母さんたいちょー悪そうだからさ、なにか手伝わないといけないかもだから、しばらく遊べないかも」
「そ、そうなの?」
そんな話をしていると、ちょうどはらはらと雪が降ってきた。
「あれ? これ雪じゃね!?」
「ほ、ほんとだ。……きれい」
ほうっと白い息を吐く。
すると、突然一葉くんが私をじっと見て立ち止まった。
「え、ど、どうしたの?」
「いや。花蓮の笑った顔初めて見たなーって思ってさ」
「そ、そうかな」
「そうそう」
そんなに笑ったことなかっただろうか。一葉くんといるのは楽しかったから、よく笑ってたと思うんだけど。
「私の笑った顔、へ、変じゃ……ない?」
「全然変じゃねぇよ! すごい可愛い!」
「え……」
今度は私が立ち止まる。
「かわ、かわい……い?」
「うん! 可愛い!」
「え、えへへ」
直接的な褒め言葉に、思わず頬が緩んでだらしのない顔になってしまう。それに気づいて慌てて顔を引き締める。
「あ、ありがとう。とても嬉しい、です。その、そんなこと初めて言われたから。そ、それにその相手が一くんだし、その、ご、こめんね。上手く言葉が出てこないや」
私のそんな様子を見て、一葉くんは「ちゃんと伝わってるから」と、優しく笑いかけてくれた。
「あ。それじゃ、また明日!」
「……あ。う、うん。また明日……」
別れ道。
ここからは一葉くんと私の帰る道は別々だ。だから、今日の楽しいお喋りもこれでおしまい。
「あ、そうだ!」
とぼとぼと歩いていると、後ろから一葉くんの元気な声が聞こえてくる。
「メリークリスマス! 花蓮!!」
「あ、め、メリークリスマス!」
互いにそう言い合って、再び別れると、ほわっと心の中が暖かくなった。
この日は、クリスマスの日。
小学五年生の十二月二十五日だった。
☆ □ ☆ □ ☆
それからしばらくして、一葉くんの母親が亡くなったと、彼と特に仲が良かった男子生徒が話しているのを聞いた。
そして、
「か、一……葉くん」
「……なに?」
あれから、一葉くんは変わった。
彼は以前よく友達と遊んでいたが、それをぱったりと辞め、昼休憩の時間でさえ、友達と遊ぶことなく図書室に籠るようになった。
「な、何してるの……?」
「べんきょー」
彼が呼んでいるのは、料理のレシピ本。
「……母さんがいなくなったからさ、俺が頑張らないと。家では家事と、学校の勉強するから。学校では料理の勉強をしようかなって」
ここなら、タダでレシピ本とか読めるし。
そう言った彼は、以前のような明るさは無かった。その姿は痛々しくて、ちょっとしたことで消えてしまいそうで。
だから私は、
「い、一緒に……勉強、していい……かな?」
そう聞いてしまった。
☆ □ ☆ □ ☆
あの時、何故あんなことをしたのか。
それは単純に、彼のそばにいたいという幼い恋心からの行動だった。そして、それと同時に壊れてしまいそうな彼を助けたいと思った。
彼よりも料理が出来るようになれば。勉強が出来るようになれば。彼を救えると思った。
あの時の一葉くんは、自分がちゃんとしないとダメだという強迫観念に囚われていたから、そんな彼が頼れる人になりたいと、そう思った。
けれど、結果として。
「空回り、だったけれどね」
結果として、一葉くんが私から離れていく原因となった。
あれから、私はクラスの中で一番の成績を取るようになった。彼よりも料理も、掃除も、何もかもが上手くなった。
どれだけ彼が努力しても、彼が私に勝つことはなかった。なんでも出来る、完璧だと、特別だと、彼は私をそう評した。
「あれから、一人でも私は勉強を続けたんですよ……?」
いつの日か、この知識で貴方を救うことができると信じて。
「あの時、踏み込んでいたら、なにか違ってましたか……?」
彼女が彼に教えを請わなければ、私と彼が再び話すことなんてなかった。
結局のところ、私は逃げていただけなのだ。努力をしていると、いつか報われるのだと、言い訳をして。
人は自分で変わるしかない。
けれど、変わるための一押しは自分ではない誰か。
彼は変わった。そして変わるきっかけを与えたのは、咲希さんだ。
「彩月さん。こんな暗い道を女の子一人は危険だぜ」
「この男のような不審者に声をかけられますから」
「そうそうオレみたいな……あれ?」
「ご苦労さま。二人とも。帰ってても良かったのだけれど」
今回、彼の引っ越しを引き止めるために協力を仰いだ二人――根本くんと、アリシアさんに私はそう声をかけた。
「結果を知らずに帰れるかよ。……それで、一葉はどうだって?」
「さあね。……でも、良い方には進んでいると思うわ」
最後の彼の瞳は、あの頃の瞳とよく似ていた。だからきっと、もう大丈夫。
「……なあ、なにか無理してないか?」
「……はあ」
何を言い出すかと思えば、この男は……。
「その察しの良さを、なぜ入水さんに対して発揮できないのかしら」
「馬鹿なんですよ。きっと」
「さっきからアリシアちゃんなんか辛辣じゃない!?」
「ちゃん付けやめてください。様付けでよろしくお願いします」
「アリシア様ぁ!?」
不憫ね。入水さん。
この鈍感というのか、肝心な時に役に立たない彼に恋をするなんて。クリスマスに誘われてるって意味を、もう少し考えた方がいいと思うのだけれど。いや、同じくクリスマスの日に協力を頼んだ私が言うのはお門違いなのだろうけれど。
「……それで、大丈夫なのかよ」
まだ聞くのね。
けれどまあ、最初から私の気持ちは気づいていて、そして今回協力してもらった恩もある。それに、アリシアさんの前で未練があると思われるのも得策では無い。
「大丈夫よ」
その瞬間、強い風が吹いた。私の黒髪が舞う。
そう、大丈夫。
私はその寒風に負けることなく、一歩前に踏み出すと、彼と彼女と方へ振り返る。
「だって、好きな人に恋人が出来たからと言って、諦めないといけないなんて道理はないでしょう?」
今回、彼を変えたのは彼女だった。それは認めよう。
だが、恋愛において、決着はまだついていない。学生時代の恋愛が、そのまま結婚に繋がるわけではない。まだ時間はあって、まだまだチャンスはある。
だから、今回は私の負けでいい。
「私、どうやら負けず嫌いみたいだから」
「みたいじゃなくて、そのまんま……」という根本くんの呟きは誰にも拾われず闇に消えていった、
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