第45話 隣人とベストフレンド



 自分を呼んだ声に聞き覚えがある。ちょうど昨日、聞いたばかりの声。


「し……げる」

「おうよ。どしたよ、そんな消えそうな顔して」


 掠れた声で呼び返す俺を不思議そうに、首を傾げている。それになんでもないと、これまた擦り切れた声色で返した。


「……まあいいか。なあ、今から暇か? ちょっと昨日貰ったお菓子食おうかと思ってるんだけど、一緒にどうだ?」


 持ってたビニール袋を上げてみせて、そう提案してきた。


「あ、ああ」


 こくりと頷くと、彼はニカッと笑って手を引っ張ってきた。


「良いとこ知ってるんだよ。ちょっとついてきて」


 ☆ ☆ ☆


 連れてこられた先は、神社だった。

 地元であるはずなのに一度も来たことがないような場所。


「いやさ。ここ、人滅多に居ないから穴場なんだよなー」

「穴場って何の」

「そりゃあ、誰もいない場所に居たい時とかじゃね。公園とかだと、子供とかがいるしよ」

 

 そう言うと、石階段のところに腰を下ろした。


「ここまで住宅街から離れると、子供もあんまり来ないんだよ。住宅街に近い神社とかはしょっちゅういるけどな」

「何その言い方。子供、苦手なのか?」

「苦手と言えば苦手だな。何考えてるのか分からないし」


 そう言いながら、お菓子の包装をひとつ開けた。そして茂は自分と俺との間にそらを広げた。


「好きに食えよ。オレの奢りだ」

「昨日、咲希とアリシアから貰ったやつじゃねぇか」

「貰ったやつの所有権はこっちにある。つまりオレの奢りってわけだ」

「筋が通ってる……のか?」

「知らね」

 

 軽口を返しながら、一つ手に取り口に運ぶ。

 ……うん。美味い。


「そういえば、一葉どこ行ってたんだ? あの辺うろついていたけどよ」

「あー……、ちょっと墓参りをな。そういう茂は何してたんだよ?」

「オレはよー、ケーキの受け取り時間まで時間潰してたんだよ。オレ、今日は自分の家の方でクリスマスパーティーだから」

「昨日の今日でパーティーか。しかもケーキ付き」

「まっ、オレ甘いもの好きだから。ケーキ、三日は食える」


 なかなかに現実的な自信だな。

 ドンと胸を叩く茂を見て、呆れて思わず息を零す。


「初詣一緒に行かないか? 藤谷さんや彩月さんも誘ってよ」

「どうしたよ急に」

「いや。神社に来て急に思いついたんだよ。ほら、クリスマス終わったら次は正月だろ?」


 楽しそうにそう言う茂に、俺はちゃんと笑えているだろうか。刹那にそんな不安が頭に過る。

 ……言うしか、ないだろうか。言うべき、なのだろう。


「なあ、茂」

「ん?」


 声をかけると、どうかしたかとこちらに視線を向けてきた。その視線が、あまりに真っ直ぐだったものだから俺は思わず視線を逸らしてしまった。


「どうかしたのかよ」


 そう声をかけられて、我に返る。

 そして、一度小さく呼吸をして、茂と正面から向かい合う。


「ちょっと話があるんだけどよ」



 


 話し終えると、何とも言えない気まずい沈黙が訪れた。

 なにか言葉を間違えてしまったのではないかと、茂の表情を探ってみるが、話し始めた最初と同じでずっと黙って静かにしているものだから、どうだったのかを察することは出来なかった。

 そんな沈黙に耐えること数十秒。沈黙を破ったのは、茂だった。


「……なあ」

「……なんだ」


 茂はじっと目を見つめてくる。逃がさないように、逃げ出さないように。


「一葉はどうしたいんだ?」


 そんなに事を問いかけてきた。


「それはほら、ついて行って……」

「それは、父親の経済状況を考えて、だろ? そうじゃなくて、お前自身はどうしたいと思ってるのか。それをオレは聞いてねぇ」


 そんな真っ直ぐな言葉を受け止められず、俺はそっと目を逸らした。しかし、彼は「それに、」と前置きしてなおも続ける。


「こうやってオレに聞いてくるってことは、出した結論に疑問を持ってるんじゃないか?」

「聞いてなんてないよ。俺はただ、伝えないとって思って報告してるだけで……」

「そうか? オレには聞いているように聞こえたけどな。どうしたらいいと思いますかって」


 そこまで言い切ると、これまではっきりと言葉にしてきた茂の声が少し優しくなる。


「オレはよ、一葉と一緒に卒業式を迎えたいよ」


 顔を上げると、そこには優しいような、弱々しいような笑顔を浮かべる茂の姿があった。


「三学期迎えて、三年生になって、一緒に進学するか就職するかで悩んで、勉強して。オレは、そんないつも通りを過ごしたい」


 優しく、強く、芯の通った声で、そう主張した。

 迷いも惑いもない声で、根本 茂は俺にそう問いかけてきたのだ。


「お前はどうなんだよ、一葉!」


 俺は、どうしたいのだろうか。

 俺は、どうありたいのだろうか。

 分からない。自分のことのはずなのに、何も分からない。


「……分からない」

「一葉」

「本当に、分からないんだ……」


 考えれば考えるほど、底のない穴のように暗い場所へと落ちていくような感覚に苛まれる。

 頭を抱える俺の肩を、茂はパンっと軽く叩いてきた。


「戻って来た。……一葉は、オレたちと離れたいか? 父親のこととか、そういった面倒事は全部無視して、だ」

「それは…………別れたくは、ないよ」


 言葉尻に近づいていくにつれて弱々しいものになっていく。


「つまり、今の一葉の状態はオレたちと離れ離れになりたくないが、父親に迷惑をかけられないって状態なんだな」

「まあ……そういうことになるのか」


 言葉で表されたことで、少しだけ思考がクリアになった気がした。


「分からないってのは、原因が分かれば単純なものになる。だから、この場合の答えは二つしかない」


 そう言って、茂は俺の目の前に両手を突き出すと、指を一本ずつ突き立てた。


「オレたちと別れるか、父親に迷惑をかけてでも残るか」


 言葉にしたことで、これまで漠然と考えていた選択肢がはっきりとする。この二択は絶対であり、第三の選択肢も両方を選ぶことも出来ない。


「さあ、どうするよ。一葉」


 そう言って茂は、まるで試すかのように俺と目を合わせるとニッと笑うのだった。

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