第44話 隣人は墓参りに行く
クリスマス当日。家族連れや恋人同士らしき人々とすれ違う。イルミネーションの装飾品や、木に小物が吊るされている様子はいかにもクリスマスといったような華やかな道だった。
「寒い……」
身を縮こませてそう呟く。
今日になって気温がぐっと下がってきた。俺は花束を持ち直し、冷たい手を温めるために手を擦る。
「……」
いつの間にか華やかな道は終わっていて、無機質な墓地が眼前に広がっていた。そこで人影が目に入り、思わず足を止める。
「……父さん」
墓の前で佇む男にそう声をかける。
すると父さんはそれでこちらに気づいたようで、視線を向けてくる。無機質な目だった。
「来たのか」
「それは……来るよ。母さんの命日だから」
聖なる夜。クリスマス。
そんな日に俺の母さんは亡くなった。
道端で突然倒れた時の打ち所が悪く、その日のうちに天国に行ってしまった。
「……そうか」
それっきり興味を失ったかのように、俺から視線を逸らす。俺はそんな様子を一瞥して、持っていた花を墓の筒に入れていく。
「……この間、隣の部屋の人にあった」
「隣って……藤谷さんのこと?」
「ああ」
いつの事だろうか。あいつのことだから、父さんと会ったとしたら言ってきそうなものなのだが。
「変わった人だった」
「確かに」
同意しかない。ない、が。あいつどんな人が相手でも同じ態度なのかと思うと頭が痛くなる。これから先大丈夫かなぁ、本当に。
「…………」
そうして訪れる沈黙。
けれどそれはいつもの事なので気にする事はない。俺は花を入れ終えると、今度は線香を取り出して火をつける。
そして最後に、線香をあげ終わると手を合わせて瞑目する。確認した訳では無いが、おそらく父さんも同様にしているだろう。
クリスマスは、俺たち親子は毎年墓参りに来る。互いに今年も行くのかと確認することも無く。何も言わずに。
それが何を意味しているのかは分からない。もしかしたら、父さんは暗にお前は来る必要が無いと、拒絶しているのかもしれない。
けれど、俺はこれまで父さんに理由を聞くことも、不満を言うこともなかった。薄々、そうじゃないかと思って、それを突きつけられるのを怖かったから。
嫌われているのだろうと、そう思って。
十数秒手を合わせて、これで終わり。
今後、この場所に、この日に、あと何回来れるだろうか。
そんなことを考えながら目を開ける。
「おい、」
堅苦しい声が、俺を呼ぶ。
「どうしたの、父さん」
「本当にいいのか。こっちについて来て。今後、そう簡単にここへは戻ってこられないからな」
「……わかってるよ」
そんなこと、百も承知だ。
休日気軽に遊びに来れるような距離じゃない。そのぐらい、もう分かる。もしかしたら、ここを離れたらもう二度と、咲希たちに会うことは無いのかもしれない。
「でもさ。ほら、俺だけが残って、あの部屋を借り続けるよりも一緒について行った方が、金銭的負担は少なくない?」
そんな負担はかけられないから。
下手な愛想笑いを浮かべて、そう言った。
「…………」
そして再び訪れる沈黙。
父さんは値踏みするかのように俺の姿を見て、そうして再び瞑目した。
「……そんなこと考えてないで、勉強してなさい」
とだけ答えてきた。
☆ ☆ ☆
あの場で父さんとは一旦別れた。
どうやら、あの後行かないといけない場所があったらしい。俺はすぐに家に帰る気になれず、ふらふらと歩き回る。
俺はどうしたいのだろうか。どうありたいのだろうか。
そんな疑問が頭の中をぐるぐると回る。
「くそったれ……!」
『クリスマスパーティーが終わってから言う』
そう言ってしまった以上、話さない訳にはいかない。そう思うと、足が自然と重くなり、呼吸が浅くなる。
どう話せばいいのか。どう言葉にすればいいのか。どんな反応が返ってくるのか。
それが分からなくて、俺は華やかな道から逃れるように足早に歩いた。
すると――
「――一葉?」
そんな声が、耳に入った。
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