第43話 隣人とクリスマスパーティー



 クリスマスイブ。

 俺にとっては、家族と過ごす日でもなんでもない、ただの平日。だったはずなのだが……


「「「「ハッピーメリークリスマース! いーぶ!!」」」」


 パンっパンっと次々と鳴るクラッカー。ちなみに、「クリスマスではなくイブなのだから、メリークリスマスというのは少し違うわよね」という花蓮のお言葉により、最後にイブをつける流れとなった。


「そんじゃ、早速ケーキ食べようぜ! アリシア!」

「はい!」

「ケーキは最後なのだけれど。アリシアさんは咲希さんを止めてちょうだい」

「茂ー、そいや本堂江澤コンビは?」

「やっぱり無理だってよ。サッカー部の方でパーティーするらしい」


 皆、思い思いに料理に手を伸ばす。

 飾り付けは咲希、茂、アリシア。料理は俺、花蓮が担当した。


「そういえばよ、クリスマスパーティーって普通何するものなんだ?」

「さあ。飯食って、プレゼント交換して……終わり?」


 プレゼントを用意しとけだとか、ケーキ注文しておいてとか言われてたけど、具体的に何をするのかは聞いていなかった。

 クリスマスパーティーなんてしたことがなかった俺は当然想像がつくわけもなく、茂も曖昧なことを言って首を傾げている。


「怪談とかでしょ!」

「クリスマスに怪談なんてあるんですか?」

「いやないだろ。怪談するなら夏じゃねぇの普通」


 勢いのある咲希の主張を茂が呆れた様子で否定する。


「海外の方ではクリスマスに怪談を話す伝統があるそうよ」

「そうなのか。ってことは、藤谷さんたちの出身はクリスマスに怪談をするのか?」

「しないぞ」

「しませんよ」

「しないのかよ!?」

「その伝統があるのは確かイギリスだったから違うでしょうね」


 咲希の言葉を真に受けた茂がげんなりとした表情になる。


「まーまー、細かいことはいいじゃん。あ、てかさ、ケーキ食べる前にプレゼント交換やっておく?」

「言い出したのお前だろうが……」

「俺は別にいいが……三人は?」


 どうする? と順番に顔を見ると、異論はないと返ってくる。それを確認し終わると、咲希はうきうきと喜色の笑みを浮かべて後ろに隠していた袋を取りだした。


「よしっ。それじゃあ、最初は誰からにする?」

「順番はじゃんけんで決めればいいんじゃないかしら」

「いいねかれりん。それでいこう! 勝った人からで!」


 グッと親指を突き立てると、咲希は「それじゃーいくよ」と合図を出す。

 俺はとりあえず何番目がいいかとかはないものの、用意した物的には一番と最後は避けておきたいところ。無難な二番になることを祈りつつ、俺はパーを出した。


「あっ」


 他は全員グー。


「それじゃ、カズくんが一番ねー」


 咲希はそう言うと、じゃんけんを再び行う。

 その結果、俺、茂、花蓮、咲希とアリシアの順番となった。


「さてさて。それじゃあ、最初はカズくんから。どうぞ!」

「……一言断っとくけど、そんなに大したものじゃないぞ」


 プレゼントは全員分用意する、という話になったため、ひとつひとつ高価なものは買えない。一つ千円のものであっても、四人分買えば四千円となる。というわけで、


「なにこれ」

「箸だな」

「なんで箸?」

「セールに出てたからな。四膳でなんと四千円」

「どうせなら家電が良かった。良い炊飯器とか、レンジとか」

「高望みし過ぎだろ。一人一人に家電買ってたら何十万かかるんだよ」


 それに、と付け足してちらりとアリシアの方を見る。


「お前、この前アリシア専用の箸がいるって言ってただろ。まだ買ってなかったみたいだし、ちょうどいいかと思って」

「…………はあ。どうもです」


 アリシアは不機嫌そうに返事をすると、ふいっとそっぽ向いてしまった。相変わらずのその対応に苦笑してしまう。

 すると、咲希がガバッとアリシアに抱きついた。

 

「大丈夫! コップは一緒にお揃いの買いに行こうね!」

「あー……なんか、いらない気遣いだったか。悪い」

「ううん。これはありがと。……ただ、あたしがなんか負けた気がしたから……」

「いやおい」


 俺の謝罪を返せ。このやろう。


「あと、同じメーカーだから色違いなだけでお揃いだぞ。一応」


 図ったわけではなく、結果的にそうなっただけだが。


「なんか、本気でカズくんに人間性で負けた気になったんだけど」

「え。俺、そんなに人間性低いと思われてたのかよ」


 問い返すとふいっと顔を背けられた。いやおい。


「はいじゃあ次いこうか。次は誰だっけ? 根本? はい、プレゼントこうかーん!」

「おい待てはぐらかすな逃げるなこっち向けよ」


 強引に話を進めていく。茂はその圧に負けたのか、包装されたプレゼントを取り出した。


「はいこれ」

「これは……なにかしら?」


 包装を外して中を見る。中に入っていたのはサッカーボールのワンポイントが入ったハンカチだった。


「うわっ、無難ー」

「ハンカチね」


 面白くなさそうな咲希に特に大きな反応のない花蓮。そんな二人の反応に、言い訳がましく茂は続けた。


「いやほら。オレはサッカー部の方でもパーティーがあったから金欠でよ……」

「こういうので大事なのって、気持ちですから」

「だよな! だよな!」

「というか、茂は今日サッカー部で集まりなかったのか?」

「ん。まあ、ほら……うちは彼女持ちが多いから」

「ああ」


 それで気を使って、クリスマスイブ当日は何もないのか。となると、イブにここにいる茂は……。


「おいどうしたよ。いきなり肩を叩いて」

「いや、なんでもないよ」

「というか、根本くんは入水さんの方へ行かなくていいのかしら」

「どうして恵のところへ? あいつ、家の手伝いで忙しいだろ」

「そう……」


 しれっとそう言う茂を見て、頭痛がするのか花蓮は額を押さえる。


「で、どうしてまた急に恵のこと聞いてきたんだ?」

「それじゃ、次いこっか! かれりんね!」

「分かってるわ」


 花蓮はバックの中からそれぞれ大きさが違う包装を取り出し、順番に渡していく。


「これは……」

「キーケースね。この前欲しいって言ってたから」

「そうだっ……ん? あれ、花蓮いたっけその時」


 それ言ったの相当前だったし。修学旅行以前に言ったように気がするんだけど。しかし花蓮はその質問に答えることはなく、中身を見て固まっている咲希に水を向けた。


「咲希さんどうかしら。私のイメージをもとに選んだものだから、好みに合うといいのだけれど」

「か、かれりん……これ……!」


 プレゼントの中身はコップだったようだ。二つあるので咲希とアリシアでお揃いということだろう。さっきは人間性がどうたらで何故か俺が責められたが、果たして。


「かれりんありがとー! すっごい良いよこれ!」


 そうなるわな。

 予想していた通り、咲希は素直に喜び花蓮に抱きついていた。それを羨ましそうに眺めるアリシアさん。シスコンがよぉ。


「ありがとうございます」

「好みにあったようなら良かったわ」


 さて。これで、プレゼントを渡すのがまだなのは咲希とアリシアのみ。咲希は俺と茂のプレゼントを散々文句を言ったものだから、ハードルが若干上がっている。


「藤谷さん、オレらにケチつけてきたんだから、それなりのものを用意してるってことだよな?」

「あんまりプレッシャーをかけるな」

「あっ。……悪い」


 咲希一人ならともかく、アリシアの都合上、ペア扱いすることになったのだ。ここで咲希に何か言うと、もれなくアリシアの方にも攻撃が向かってしまう。そうなると、後にアリシアから俺に攻撃を与えてくるだろう。


「ふふん。分かっているとも。じゃあアリシア、渡そっか」

「はい」


 そう言って咲希とアリシアは後ろに画してあった、一際大きい袋を取り出した。


「あたしらからは……これ!」


 言うやいなや、パパパッと全員にそれを手渡していく。……これって。


「お菓子の詰め合わせね」

「意外とちゃんとしてた」


 もっとこう、面白枠的なものかと勝手に思ってた。

 靴下の形をした袋の中にこれでもかとお菓子が詰め込まれている。意外だなと感心していると、ふふんと咲希は鼻を鳴らした。


「あたしらが用意したんだから当然だろ!」

「選んだのはわたしですけどね」


 調子に乗り出した咲希の隣でアリシアがボソリと呟いた。


「……アリシアはこう言っているが?」

「……まあ、ほら。あたしとアリシアの二人からのプレゼントだから」


 視線を逸らしてそう言い募る咲希。まあそんなところだろうとは思ったが。


「ありがとうな、二人とも」

「咲希さん、アリシアさん。ありがとう」

「ありがとなー。せっかくだし今食うか?」

「いえ。先にケーキの方を食べましょうか」


 俺は立ち上がり、冷蔵庫からケーキを取り出す。


「私が切るわね」


 と、そう申し出があったので花蓮に切る役割は譲る。すると、スササッと咲希が花蓮ににじり寄る。


「ねぇかれりん。あたしとアリシアの大きくしてよ」

「ちゃんと均等するから無理ね。諦めて」


 彼女はそんなことを話しながら、綺麗に五等分に切り分ける。


 もうすぐ、イブが終わる。

 イブが終わって、クリスマス当日が来て。そして、三学期が始まる。それまでの間に俺はちゃんと別れることが出来るだろうか。


「それじゃあ、もう一回あれ言おうぜ!」


 咲希はそう言い出した。あれ。というのは、パーティーが始まる時に言った言葉だろうか。

 そうして、俺たちは口を揃えて言葉を紡ぐ。

 楽しそうに、少し気恥しそうに。


「「「「「ハッピーメリークリスマス! いーぶ!!」」」」」


 もし、どんな終わり方をするとしても。

 こうして楽しく過ごした日々はなくならないから。

 この素晴らしい友人たちとの日々を最後まで楽しもう。


 そんなことを考えながら、俺はケーキを食べ始めた。

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