第42話 隣人とパーフェクトレディ



 連日、寒い中外に出ることになってしまった。

 白い息が空中に消えてなくなっていくのをぼーっと眺めながら、立ちつくしていた。すると、知っている顔がこちらに向かって歩いてくるのが視界の端に映る。

 俺は軽く手を上げると、それに気がついた彼女は足早にこちらにやって来た。


「ごめんなさい。待たせてしまって」

「そんなに待ってないから気にすんな」

「それならいいのだけれど」


 黒いコートを来た彼女――花蓮はそう言うとほうっと白い息を吐く。


「それじゃあ、行こうか」

「そうね」


 花蓮と並んで目的地へと向かう。


「いきなり買い物に行こうなんて言うからびっくりしたよ」

「え、ええ。まあ、その、ね」

「何かあったのか?」

「……貴方が先日咲希さんと遊びに行ったと聞いて、ね」


 それでどうして俺が連れ出されたのかはよく分からないが、話は終わりとばかりに歩くスピードを早めたのでこれ以上言及するのはやめる。


「それで、今日はパーティー用の食材以外に買うものってあるか?」

「装飾品かしら。飾り付け用の」

「なら、先に装飾品の方から買うか」

「そうね」


 ショッピングモールで大体揃うかな。と考えつつ、俺たちはモールに向かって足を進めるのだった。


 ☆ ☆ ☆


 クリスマスがもうすぐだということも相まって、至るところでクリスマスソングやらサンタの着ぐるみやらが目に入る。


「飾り付けと言ったら、どういったものがいいかしら?」

「そうだなぁ」


 不意にツリーが目に入った。クリスマスっぽく、サンタの人形や靴下などが吊るされているツリーが。


「ツリーなんてどうだ?」

「……正気? 置く場所ないじゃない」

「まあ確かに」


 小さいやつを買えば……いや、クリスマス以降使う機会ないだろうから邪魔になるか。

 そう結論付けていると、顎に手を添えて何やら考え込んでいた花蓮が口を開いた。


「小物……とかならどうかしら。それなら終わってからも邪魔にならないと思うのだけれど」

「いいなそれ。そうしよう」


 あとは折り紙だったり、紙コップ紙皿とかぐらいか。ぶっちゃけ、パーティーの装飾って大体が折り紙や型紙でどうにかなるからなぁ。

 そんなことを考えていると、不意にゲームセンターが目に入る。


「なあ、ゲームセンターに寄っていかないか?」

「別にいいけれど、どうしたの?」

「ちょっとな」


 ゲームセンターの中に入ると、とある機体を探して辺りを見回す。


「おっ、あったあった」

「何を探して……って、あら」

「リベンジ、させてくれよ」


 以前、花蓮と対戦したロボゲーの最新作。ちょっと前に最新作が出たと話題に上がっていたのを思い出したのだ。


「別にいいけれど、負けても悪く思わないでちょうだい」

「勝ち宣言には早すぎませんかね。前作の方だけど、あれから俺、ちょくちょく練習してたんだぜ」


 そう言いながら、お金を入れてゲームを始める。前作よりも豊富な種類のロボット。だが、俺は新しい機体には目もくれず、前作からあるスピード特化のロボットを選択する。


「あら。バランス型じゃないのね」

「やっぱり、練習していくとこっちの方が俺に合うんだよ」

「そう。それなら私は……これかしら」


 そうして彼女が選択したのは、前とは違う今作から新しく出てきた機体。攻撃特化というのは前回選んだロボットと同じだが、こっちはそこそこ速いという強みがある。その代わり、カウンター型だった蟹とは違い、防御力がほぼないので、被弾しない立ち回りが重要になってくる。

 被弾覚悟で攻撃を与える蟹とは同じ攻撃特化でもまったくタイプが違う。


「それ、前のやつとは戦い方が全然違うけど大丈夫なのか?」


 初見で、何も分からず適当に選んだ可能性があるため、念の為確認する。だが、彼女は勝気な笑みとともに言葉を返してきた。


「当然よ。徹底的に叩き潰してあげるから、本気でかかってきなさい」

「なにそれ怖い。……まあでも、こっちも負けるつもりは毛頭にないけど」


 マップが映し出されて、戦闘が始まる。今作から追加された新しいマップだ。荒廃した大都市をイメージしたようで、遮蔽物が多い。奇襲に気をつけないとな。


 まずは上空に飛翔して、地形の確認と花蓮のロボットが今どこにいるかを確認する。相手にこちらの位置を把握されるが、相手の性能上、奇襲さえ受けなければ対応可能だ。


「ん?」


 隠れるかと思った花蓮だが、俺と同様に上空に飛翔してきていた。

 このゲームにおいて、空中戦ではスピードが上なやつが強い。障害物がない空はその力を存分に発揮できるのだ。その分、エネルギーを使うため長時間飛ぶことは出来ないのだが。

 だからこそ、空中戦は短期決戦が理想。


 俺は花蓮のロボットに近づくと、隙の小さい通常攻撃で体力を削る。だが、上手いこと避けたり弾かれたりしており、思ったよりはダメージが入っていない。

 だが、このままいけば押し切れる……!


 しかし花蓮も振りを悟ったのか、撤退の姿勢をとる。追うか、一旦仕切り直しとするか。


「ここで『加速』!」


 スキルと書かれたボタンを押すと、俺のロボットが蒼く輝きスピードが加速する。俺と花蓮との距離はみるみるうちに縮まっていく。


 そして――。


 ☆ ☆ ☆


「いや、うん。あれどうなってるわけよ」


 装飾品やら食材やらを買い終わった帰り道。

 ゲームセンターでの一戦を思い出し、そうボヤいた。


「ただの実力の差よ」

「いやまあそうなんだろうけどさ。あんなに綺麗にカウンター決まるなんて思わないだろ。というか、あれ使うの初めてなんだよね?」

「初めてよ。何度か動かせばある程度の操作感はわかるから、あれぐらい出来るでしょう」

「いやいや無理無理。ほんっと、お前はなんでも完璧に出来るよな」


 そこまで言うと、花蓮はピタリと足を止めた。どうかしたか? と首をめぐらせて見てみると、ギュッとビニール袋を握りしめ、足下をじっと見ていた。


「そう……かしら」

「……? どうした」

「い、いえ。なんでもないわ」


 パッと顔を上げると何もなかったかのように微笑を浮かべて、隣に並んでくる。


「ねぇ、」


 そして、一歩半ほど前に進むと、くるりと回ってこちらを見上げてくる。


「ちょっと聞いていいかしら?」


 その動作と言葉は、あの日の出来事を彷彿とさせてくる。


「……なにをだ」


 あの日と同じように、そう問い返す。


「一葉くんは、咲希さんのことをどう思っていますか?」


 そして、彼女はあの日と似た問いかけをしてきた。


「どうって……」

「なにか特別な感情を抱いていたりしていないの?」

「特別な感情なんてとても。あいつはまあ、……大切な友人の一人だよ。花蓮と同じくな」

「そう……」


 上手い言葉が見つからず、視線を逸らしながらそう言った。


「また、俺にはあいつが必要だって言うのかよ」

「貴方さっき言ったじゃない。大切な友人だって。貴方に今必要なのは……そうね。変わること、かしら」

「変わることが必要……?」


 オウム返しのようにそう言った。その言葉に彼女はひとつ頷く。


「そう、変わる必要」


 そう言い終えると、話はこれで終わりだと言うかのように、くるりとこちらに背中を向けた。


「……ねぇ、一葉くん」

「なんだ」


 艶やかな黒髪が、揺れる。


「今度、伝えたいことがあるの」


 芯の通った瞳が俺を捕らえた。

 俺が戸惑いながらも頷くと、満足そうにふっと短い息を吐く。


「この辺りでいいわ。これは私が一旦預かって、パーティーの日に持っていくから。今日はどうもありがとう、楽しかったわ。それじゃあ」

「え? あっ、おい!」


 突然口早にそう言うと、足早にその場を去ってしまった。そうして俺は、道半ばで取り残されてしまった。


「……どういうことなんだよ」


 変わる必要。伝えたいこと。

 意味深な言葉だけ言い残して、彼女は消えていってしまった。そんな花蓮と言葉を思い出し、はぁっとため息をひとつ。


「帰るか」

 

 白い吐息は、朝とは違い消えることなく空気中にしばらく留まり続けた。


 パーティーに向けた準備を終えて、パーティーに参加するメンバーも揃った。あとはもう、パーティーの日を待ち望むのみ。

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