隣人はダメ人間!
第39話 隣人は応援に行く
「テスト終わったー!!」
修学旅行が終わってすぐにあった期末テストも無事(?)に終わり、その事への喜びを表現するように咲希は両手を上げて満面の笑みでそう叫ぶ。
「相変わらず元気ね……」
「咲希だしなぁ」
呆れる様子の花蓮に苦笑を返しながら、俺は帰り道をゆっくりと歩く。
「テスト終わったことに喜ぶのは良いけれど、今回は大丈夫そうなの? 特に数学。貴女、今回の範囲に苦手意識を持ってたでしょ」
「ふっふっふっ。手応えありだよ!」
「それを信じていいのかしら……」
「五分五分だな。まあでも、今回も花蓮が勉強見てたし、大丈夫だろ」
「そうだと言いのだけれど……」
「ちょっとは信じろよなー!」
全然信じていない花蓮に咲希が抗議する。
「そういや、根本は大丈夫そうなのか?」
「あー。今回はやばかったって言ってたけど、赤点はないと思う、だってよ」
「彼、テスト期間中も部活動練習があったらしいわね。確か、明日だったかしら? 大会」
大会とテストの期間が被ってしまった結果、テスト勉強期間中にも部活動をすることになったらしい。そんな茂は明日の大会に備えて、最後の練習に励んでいる頃だろう。
「みたいだな。明日は現地集合ってことでいいんだよな?」
「そだよー。やつの勇姿を見届けてやるぜ」
「咲希さん、ちゃんと遅れずに来れる?」
「もちろん!」
「本当に? 大丈夫? 迎えに行きましょうか?」
「あたしそんなに信用ないの!? かれりん!」
わっと花蓮に抱きつくと、咲希はぐすぐすと泣くふりをする。花蓮はくすぐったそうに身を捩りながら何とか咲希から逃れようとしていた。
「何やってんだよ」
微笑ましいその姿を見て、俺は口の中で笑みを噛み殺しながら呆れたようにそういうのだった。
☆ ☆ ☆
花蓮はそっと顔を背けながら、俺になにか言えよと小突いてくる。えぇ……これどう反応したらいいの。
「どしたの、二人とも! そんな疲れたような顔して」
「あ、ああ……」
咲希は怪訝そうな目をサングラス越しに向けてくる。
「な、なあ」
花蓮の無言の圧に耐えきれず、俺は咲希になんとはなしに声をかけた。咲希はそんな俺の姿に不思議そうに小首を傾げる。
「どしたの?」
「あー……っと。なにその格好」
白いトップスに紺色のパンツ。服装自体は至って普通のものだ。普通のものなのだが……服装以外がちょっとおかしかった。
サングラスをかけ、額には『絶対優勝!』と書かれたハチマキが巻かれている。そして手には、『怒涛の勢いで!』『目指せ優勝!』とでかでかと書かれているうちわが二つ。
「えっ、これ? そんなにおかしい?」
「うん。見てみてよ、花蓮を。なんかツボに入ったみたくさっきから笑いを堪えているぞ」
「べ、別に……そんなことはないのだけれ……ふふっ」
さっきからぴくぴくと震えている花蓮が抗議してくるが、彼女の姿を見ればそんな抗議など意味をなさない。
「えぇー……。そんなに変かなぁ?」
「少なくともハチマキはないだろ、ハチマキは。運動会以外で付けてる人初めて見た」
ちょっとショックを受けている様子の咲希にそう伝える。情報量の多い格好の中でも一際目立つ赤いハチマキ。ここまで付けてきたのか、それとも集合直前に付けたのかは気になるところだが、薮を突っついて蛇を出したくは無いのでスルーすることにした。
「というか、そんなものどこで売ってるんだよ」
「これ? これはなー、学校で売ってた」
「はい?」
「学校で売ってた」
「マジかよ終わってんな母校」
詳しく聞いてみると、家庭科部が作ったものを特例で販売していたらしい。サッカー部の大会に向けて、テストの前の週に。
「ちょっと待って。そういうことはもしかして、貴女と同じ格好をした人がほかにもいるの?」
「まあ、多分。結構な数売れたって聞いたし」
「嘘でしょ……」
頭痛でもするのか額を押さえる花蓮。
花蓮の気持ちは本当によく分かる。俺もこのまま回れ右したい気分だ。
「かれりんもいる?」
「要らない」
「そっかー……カズくんは?」
「いらない」
即答するとちらりと見えた複数のうちわの影はカバンの中へ戻っていった。
「……とりあえず、早く行きましょうか」
花蓮はうちわの影を見ないようにしながら、会場の中へと入っていく。
「ほら、行くぞ」
俺もそう声をかけて、彼女の後に続く。
「……はーい」
不満そうな声をあげながら、咲希は少し遅れて俺たちの後ろを追いかけてくるのだった。
☆ ☆ ☆
帰り道。
「いやー。ダメだったねぇ」
花蓮と別れたあと、俺たちはなんて事ない会話を重ねながら家に向かって歩いていた。
「あと少しだったな」
素人目線でしかないが、あと少しでもなにかが違えば茂たちが勝てたんじゃないかと思うような試合だった。
「というか、ハチマキしてたのあたしだけだったんだけど」
「そうだな。よかったよ、母校がそこまで終わってなくて」
うちわを持っていたのは数人ほどいたが、ハチマキは咲希ぐらいだった。そのおかげかめちゃくちゃ目立っていたが。
「……二学期ももう終わりかー」
ぼそりと呟かれたその言葉に、そうだな、と色のない声を返す。
修学旅行が終わり、期末テストが終わった。つい最近まで暑いと思っていた気温は既に肌寒く、夏服を着ている生徒はもう居ない。
当たり前の時の流れを、当たり前のように今実感する。二学期が終わり、クリスマスが来て、正月と共に新年が訪れる。
そして、三学期が始まり――。
「なあ、咲希」
「ん? どしたの、なんか真面目な顔して。似合わない」
「うるせぇ」
シリアスな空気を追い払うような言葉に俺はそう毒づいた。
「言わない、っていう選択肢もあったけど、何も言わずにってのはさすがにどうかと思って。あっでも、花蓮と茂には自分から話すから、それまで黙っててくれよな」
「ど、どしたの? めっちゃ早口だし何の話してるのか全然分からないんだけど」
気まずさから溢れ出た言い訳紛いを、咲希は困惑した様子でストップをかける。「悪い」と一言謝って、呼吸を落ち着かせる。
咲希はどこからか嫌な気配を感じ取ったのか不安そうな顔をしていた。
「なあ、咲希」
仕切り直す。やり直す。上手い言葉を探るように。助走をつけて、言いやすいように。逃げないために。
「俺、二学期終わったら引っ越すんだ」
――三学期が始まったその時には、俺は彼女たちの傍にはいないだろう。
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