第36話 幼馴染は決着をつける



 凛として佇むその後ろには、咲希と江澤、そして数人の大人が付いてきていた。

 その大人の正体が分からず首を傾げつつ、ちらりと二枝 美紀の方を見てみると、僅かに顔を歪めていた。

 あの様子からおそらくは二枝 美紀が通う高校の教師だ。


「ちっ……」


 二枝 美紀が教師に聞かれないように小さく舌打ちをした。すると、パッと表情を変えてうるうると瞳を潤ませる。


「せ、せんせぇ……!」


 それはさっきまで暴言を吐きまくっていた女とは思えない姿。その変わりようは流石の一言しかない。


「ふた――」

「カズくん! 根本!」


 困惑した教師の声を遮って、咲希がこちらに駆け寄ってくる。咲希がこちらに向かっていくのを確認してから、花蓮は二枝 美紀の前に立つ。


「二枝 美紀さん。これは一体、どういう事かしら?」

「ど、どういう事って……?」

「この状況の事よ。彼らに何をしたの」


 冷静に淡々と、感情を窺わせない瞳で二枝 美紀に問い詰め始めた。


「わ、私は何もしてない……です」


 そんな花蓮の姿に怯えたフリをして、恐る恐る倒れている武政に指を指す。


「あ、あの男の人に襲われて……うぅ」


 両手で肩を抱きしめると、しくしくと泣き出した。なき落としか。教師がどこまで知っているのか、聞かされているのかが分からない以上、言い訳をして墓穴を掘るよりも同情を誘うことの方を優先したのだろうか。


「話、まだ終わってないのだけれど。泣くのはその後にしてもらえるかしら」

「お、おい君。さすがに酷くないか。もう少し、落ち着くのを待ってから……」

「……大丈夫です。話せます」


 冷たい態度を咎められる花蓮を庇うように二枝 美紀は声をあげた。


「あまり無理をしなくても……」

「心配してくださってありがとうございます。ですが、私がきちんと話をします」


 震える手を押さえつけて、勇気を振り絞って声をあげた……ように見せる二枝 美紀。その姿に騙され、教師はすっかりと彼女のことを哀れな被害者だと認識している。


「それではまず、貴女はなぜ、この場所へいるのかしら?」

「それは……そこの男に連れ込まれたんです……」


 咲希のおかげで両手が解放されると、痛む体を無理やり起こす。ここで二枝 美紀に襲われたと叫ぶべきかと考えたものの、様子を見ることを選択した。

 彼女のあの落ち着き様。この場を言い逃れ出来る自信があるのかもしれない。そうであるなら、ここは様子見で正解のはずだ。花蓮から話を振られたら答えればいい。


「……へぇ。では次は質問。なぜ、私の連れである一葉くんはその男に連れ攫われたのかしら」

「わ、分かりません」

「本当に分からないの? 貴女、私に電話をかけてきたわよね? 返して欲しければ一人で来いって」

「それは……その男に脅されて……。ごめんなさい」


 先に手を打ったか。こう言ってしまえば、後からあの時の電話の音声を出されても言わされただけ、と言い訳できる。


「ねぇ、いい加減嘘をつくのはやめなさい。後ろの彼らに聞いてもいいのよ?」

「……嘘はついていません。彼らから話を聞きたいのでしたらどうぞご自由に。ただ、怪我をされているのであまり無理に聞くのはやめてあげてください」


 聞かれたら困るはずの二枝 美紀が聞くように促したことに違和感を覚える。だが、そんな事知ったこっちゃないとばかりに花蓮は俺に水を向けようとした。


「一葉くん、聞きたいのだけれど――」

「君、いい加減にしないか。いつまでもここで話し合うよりも、優先することがあるんじゃないか」


 刺々しい声が花蓮の言葉を遮った。

 声のした方を見てみると、これまでことの成り行きを黙って見ていた教師が眉をひそめて花蓮を見ていた。


「というか、どこからどう見ても、そこの男が問題を起こしたことは明白だろう。被害者である二枝に問い詰めるのは間違っているのではないか?」

「被害者? 彼らは至るところに怪我をしているのに対して、彼女は無傷。何かおかしいとは思いませんか?」

「女だからだろう。もしくは、彼らがあの男に刃向かったとかで殴られたか」

「それを今聞こうとしているんです。そのぐらい、いいですよね?」


 淡々と教師に対応する花蓮。そんな彼女の様子を見て、不承不承と教師は一旦引いてみせる。


「それで、一葉くん。無理をさせて申し訳ないのだけれど、少し質問いいかしら。貴方を攫い、酷い目に遭わせたのはそこの男だけかしら?」

「いや。実行犯はそこの武政という男だが、主犯は二枝 美紀だ。というか、俺もそいつに蹴られまくったし……」


 何もしてこない二枝 美紀を不気味に思いつつも、とりあえず花蓮の質問に答えておく。花蓮もそんな彼女を気にしつつも、目を細めて二枝 美紀を睨みつけた。


「と、言ってい――」

「そんなはずは無い!」


 またしても花蓮の声を遮ったのは先程の教師。その態度には流石にイラついたのか、「どうしてですか?」と花蓮は刺々しく聞き返した。


「わたしは二枝の普段の生活を見ているが、そんなことをするような生徒じゃない」

「では、彼の証言はどうなるんですか?」

「それは……。おい、二枝。彼の言っていることは本当なのか?」


 教師がそう聞くと、その場にいた全員の視線が二枝 美紀に視線が集まる。すると、彼女は顔を両手で覆い、震える声をあげた。


「そんなわけありません! 私がそんな……そんなことをするはずないじゃないですか……!」


 事情を全て知っている者からしたら薄ら寒い演技。けれど、何も知らない教師からしたら心を打つところがあったのか、何やらこちらを睨みつけてくる。


「二枝はこう言っているが、それでも君はそんな主張をするのか?」

「あら。一葉くんは彼女に暴力を振るわれたも言っているのだけれど、彼女はそのような主張を信じるのですか?」


 花蓮も負けじと言い返しているが、これでは話は平行線。決着をつくことはない。

 この場に中立の立場の人間はおらず、教師も花蓮もどちらかに偏っている。そんな状態で話が纏まるはずがない。纏まるとしたら、有無を言わさない圧倒的な証拠がなければ。


「それで、二枝 美紀さん。本当に貴女は暴力を振るっていないの?」

「当たり前じゃないですか! 確かに、止めることは出来ませんでしたが……。私から暴力だなんて一切してません!」


 当然、彼女からしたらこう答えるしかないだろう。ならば、


「そう。それなら――」


『なんでこんなことをする』

『はあ? そんなもの決まってるでしょ。仕返しよ、仕返し』


「は?」


 今までは傷ついていますとばかりに泣いていた二枝 美紀の表情が凍った。


『仕返しって……』

『あの女が中学の頃やってきた事のに決まってるでしょ』


 ほぼ全員の視線が俺の手元に注がれる。

 俺の手には――スマホ。そこから、録音した二枝 美紀の声が流れ出ている。


「なん……で」

「……なるほど。そういう事ね」


 理解が追いつかずに目を白黒させる二枝 美紀とは対照的に、花蓮は納得したかのように声を漏らし――ギロリとこちらを睨みつけてきた。


「最初から、カズくんがなにかされることは想定通りだったってわけ。まあ、まさかこんな所まで連れてこられるとは思ってなかったけどね」


 痛みで体を起こすのも辛かった俺は、スマホを咲希に託して倒れ込む。


「多分、かれりんと繋がりのある俺になにかしてくるだろうからって、カズくんが」


 やりそうな事は想像がついた。だから、俺は咲希に頼んでおいたのだ。花蓮の監視という役割を。

 花蓮を一人でこいつらの所へ行かせた場合、弱みを握られ通報するなり学校に連絡を入れるなりといったことができなくなる。だからこその監視。


「想定以上にボコボコにされててびっくりしたけど、音声はちゃんと残ってる。もう終わりだよ」

「なんで……どうして……スマホは、ちゃんと奪ったはず……」

「あっ、そうそう。今の会話、あたしのスマホの方で録音してるからね」

「……っ!」


 咲希は可愛らしいカバーのスマホを取り出し、フリフリと見せてやる。二枝 美紀はしまったと顔を歪め、俺は感心して声を漏らした。思った以上に機転が回るな、あいつ。


「ちなみに、これはカズくんのじゃないよ。だよね、本堂くん?」

「まあ、そっすね。自分が貸したものっす」


 ひょっこりと姿を現した本堂が、二枝 美紀と視線を合わせないようにしながら同調する。


「昨日のうちに頼んでおいたのよ。一日、貸してくれないかってね」


 俺のスマホはおそらく取られるだろう。そうなった時、録音機器を持たない俺は証拠を残せない。だから、わざわざ本堂に貸して貰えるように頼んでおいたのだ。昨日の夜のうちに。


「よかったら全部聞かせてやろうか? 最初っから全部録音されてるから、誰が首謀者なのかすぐにわかると思うぞ?」


 はっと吐き捨てるように言ってやると、ちっと今度は全員に聞こえるほど大きな舌打ちが聞こえた。


「あー、もう馬鹿らしい。好きにすれば? 警察でもなんでも。出来るんなら、ね」


 諦めたように素を見せてきた二枝 美紀は、そう言って教師の方へ視線を向ける。すると教師はその視線から逃れるように顔を背けた。


「それで、どうするんですか? 先生?」


 逃げようとする教師を捕らえるように、花蓮は逃げた視線の先で待ち構え答えを求める。


「…………わかった。あとのことはこちらでする。君たちは病院なり、宿泊施設なりで休むといい」

「……それが答えですか」


 呆れたような、諦めたようなため息。

 あの時の事件の結末と同じだ。

 この事件が周囲に知られ、学校の評判を堕ちることを恐れた教師陣が隠蔽し、いじめなどなかったことにされた結末。結果、二枝 美紀に監視が付いたりといったことはあったものの、明確に罰を与えられることは無かった。


 このままだと、同じ結末を辿りそうだった。


「退学、とまでは言いませんが、何もお咎めがないとなれば、私たちは然るべき場所に相談します」

「わ、わかっている。きちんと、対処しよう」


 花蓮が釘を刺すと、彼女の視線から逃れるように再び顔を背けた。


「君は、その録音したデータを渡しなさい」

「あーはいはい。了解。これ、本堂くんのだから、許可は本堂くんにとってね」


 咲希はそう言ってスマホを教師に手渡すと、俺の事を引っ張りあげる。


「もう行くのか?」

「ええ。後のことはしてくれるみたいだし。……本堂くん、江澤くん、根本くんを運んでもらってもいいかしら?」

「あ、了解っす!」

「ガッテン承知っす!」


 俺は咲希の肩を借りてなんとか倉庫の外に出る。あの学校は二枝 美紀に対してどこまでの罰を与えることが出来るのやら。

 例え、どんな罰を受けようとも再び俺たちに危害を加えてきそうな気もするが……。


「よかったのか? あの様子だと、せいぜいが数週間ぐらい停学、反省文ぐらいだぞ」


 その程度、気に止めずに今度は自爆覚悟で危害を加えてくるかもしれない。そんな存在を野放しにしておく危険は、花蓮に想像がつかないとは思えなかった。だからこその疑問。


「いいのよ。……貴方も、大事にはしたくないでしょう?」

「……そうだな」


 警察沙汰になれば、当然修学旅行は中止になる。明日はほとんど帰るだけと言っても、ちょくちょくどこかに寄ったりもするのだ。

 そんな行事が俺らのせいで無くなったら、理由がどうあれ恨みを買う可能性がある。それは当然喜ばしくはないのだが……大事にしたくないのはもっと他に理由がある、か。


「ごめんなさいね」


 これは、被害を受けた側であるにも関わらず、勝手に色々と決めてしまったことだろうか。それとも、もっと他のことだろうか。何はともあれ、答えは決まっている。


「気にするな。茂のおかげで、怪我は大したことじゃなかったし」

「そう。貴方が無事なのはよかったわ」


 茂も、一晩休めば明日動くのには問題ないだろう。しばらくは動くだけで全身を痛めそうだが……。


「今日みたいな事が何度もあるのは勘弁だよねー」


 咲希が茂の姿を見ながらそう漏らすと、花蓮は「大丈夫よ」と言って咲希の頭を撫でた。


「ちゃんと手は打ってあるから」


 そういうと彼女は、ふっと笑うのだった。

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