第34話 ベストフレンドはヒーローになれない


 ☆ □ ☆ □ ☆


 思い返せば、オレは昔っから無力だった。


 そんな当たり前のことに気づいたのは、中学三年生の時だった。何の不自由もなく、ただ漠然とした日常を過ごしていた時、とある話を聞いたのだ。


 オレの幼なじみである、入水 恵が中学校で虐められていたと。


 彼女とは保育所、小学校の付き合いだった。家も比較的に近く、親同士も仲が良かったのもあってよく二人で遊んでいた。しかし、中学校に上がって新しく出来た友達と遊んでいるうちに、次第に疎遠になっていった。


 そんな彼女が、中学校で虐められていた、と。

 過去形。つまりところ、オレがその事実を知ったのは全てが終わってからだった。オレが呑気に遊び呆けている間に、彼女は苦しみ、そして清く正しいクラスメイトが彼女を救ったのだ。


 それが初めて感じた無力感。


 次に己の無力を味わったのは夏のある日の事だった。

 夏のある日、オレは恵の旅館の悪評を流す等の嫌がらせが続いている事を聞いた。そして、そんなことをしている連中を見つけて止めてやろうと勇んで――失敗すらできなかった。

 

 何も出来なかった。調べても、探しても、何も出てこなくて、何も分からなくて、そうしてオレはあの日の夜、清く正しいクラスメイトである――彩月 花蓮に助けて欲しいと頼むことになった。

 一葉にも助力を請おうとしたのだが、事前に何かを察知した彩月さんによって止められたのだが。

 

 そうして、オレはあの頃と同じようにただ無意味に日々を消費することしか出来ていない。


 ☆ □ ☆ □ ☆


 一葉が姿を消して一時間と少し。

 いい加減先生に相談しようと話し合っているところに電話が鳴りだした。彩月さんはそれを険しい顔で睨みつけると、小さく息を吐き出して通話ボタンを押した。


 電話の向こうから聞こえてくるのは忌々しい二枝 美紀の声。一声聞いただけで、これが恵をいじめていた女の声なのだと理解した。


 二枝 美紀の要求はシンプルで、彩月さんが一人でその場所まで来ることだった。もしも本当に一人で行ったらどうなるのかは想像に難くない。けれど、行かなければ一葉の身がどうなるのかはわからない。


 だからオレたちは一葉の声を待った。助けて欲しいと訴えてくるのか、それとも来るなと阻止してくるのか。どちらにせよ、彩月さんはその場に向かいそうではあったが。


 そうして、か細い呼吸の後、彼は絞り出した大声で訴えかけてきた。


 『今日行った坂の裏路地だ! 坂の一番上の端にある小道の奥に進んだ先の小屋にいる! 早く助けてくれ!!』


 悲痛な叫び声。だが、続いて聞こえてきたあの女の素っ頓狂な声がそれが嘘なのではないかと疑念を抱かせる。


 『正解は倉庫――』

 『こいつらは騙す気だ、だからこいつらのことは信じるなっ!』


 どちらが本当のことを言っているのか。そんなものは一目瞭然だった。

 電話の向こうでは何かを蹴る音が聞こえてくる。そして、荒い息の後にあの女の声が再び聞こえてきた。


『もう一度言うわよ正解は――』

「わかったぜ、カズくん!!」


 彩月さんからスマホを引ったくると、藤谷さんはそう答えて通話を切った。


「何をして……っ!」

「……そういうわけらしいから、かれりんは今日行った坂のところに行ってあげて」

「何を言っているの!? あれは――」


 嘘に決まっている。

 わざと嘘の情報をこちらに与えて、あちらに向かわせないようにするための嘘。そんなあからさまで下手くそな嘘を信じるやつはこの場所にはいないはずだ。


「……そんで、あたしは江澤と一緒にあいつのとこの教師呼んでくる。念の為、根本と本堂はあの女が言っていた倉庫にも向かってくれ」


 そこまで言われて、ようやく合点がいく。彼女はあの嘘を信じた訳ではなく、信じたことにして彩月さんを関わらせないようにしているのだと。あの一瞬で彼の真意を悟り、最適な行動に移しているのだと。


「倉庫には私が――」

「そうだな。藤谷さんの言う通りだ。なら、オレらは倉庫に行かせてもらうぜ」

「彼女のことは私が解決してみせるわ……っ」


 焦ったようにそう言い募る彼女の姿を見て、不安だというのがビシビシと伝わってくる。


「何言ってんだ。これはあれだ、適材適所ってやつ。本命のとこに彩月さんが行って、念の為オレらがもうひとつの方へ行く。合理的だろ?」


 頼ったくせにって感じだろうけど、ここでも何も出来ないなんてのは嫌だ。彩月さんは藤谷さんの真意に気づいて言い返せないのか、もごもごと口だけを動かして声には出さない。


「……分かったわ。そうしましょう」


 観念したのか、これ以上時間を費やすわけにはいかないと判断したのか、藤谷さんの提案を飲み込んだ。


「よしっ。んじゃ、オレらはもう行くわ」


 駆け足で進み出そうとしたタイミングで、後ろから襟を掴まれる。首が圧迫され変な声が出たところで手が離される。


「最後にひとつだけ。無理にとは言わないけれど――」


 ☆ □ ☆ □ ☆


 思い返せば、オレは昔っから無力だった。

 何も出来ずに、何にもなれずに、どうしようも無い。


 だから、憧れたのだ。


 毅然とした態度でいじめに立ち向かった彩月 花蓮に。


 いじめを影で抑制し、消えた友達の妹を見つけ出し、決して友達を売ろうとはしなかった青柳 一葉に。


 彼女は、彼は、オレにとってヒーローだった。


 だけど――


「何してんだ……っ、あいつら……!」


 視界の先に映り込むのは何度も何度も殴りつけられている一葉の姿。ブチリと、何かが切れる音がした。


 ――彼らがしたように誰かを守ることは出来ないけれど。元凶を見つけることなんて出来ないけれど。救うことなんて、出来ないけれど。


 でも、殴ることは出来る。


 立ち向かうことは出来る。


「オレのダチに何してんだてめぇ!!」


 ヒーローにはなれないけど。

 ヒーローを守るために一緒に戦うことは出来る。

 そうだろ、親友。

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