第32話 ベストフレンドと自由行動


 修学旅行二日目。

 生徒は皆、浮き足立っていた。なぜなら、修学旅行二日目の今日はそう、午後から自由時間が待っているからだ。


「――時間内に戻ってくるんだぞ! それじゃあ、解散!!」


 先生からのありがたいお話が終わると、生徒たちは意気揚々と仲のいい人同士で集まり出す。


「俺らも行くか」

「だねー」


 俺がそう声をかけると、いつの間にか後ろにいた咲希がそう返してくる。……びっくりした。いつから居た。


「どこから行く?」

「ここなんてどうかしら」


 俺達も集まりどこに行くか話し合う。特に行き先を決めるでもなく、集合場所付近を適当に回ろうという話になった。

 そうこう話していると、どこから嗅ぎ付けてきたのか活発な声と共に二人がやってきた。


「あれ、先輩方! 奇遇っすねー」

「うっす!」


 いやほんとなんでいるんだよお前ら。

 特に待ち合わせをしていた訳では無いので、こうもピンポイントに現れると流石に戸惑いも大きい。


「どうして貴方達がいるのかしら……」


 身の危険を感じたのか少し距離を置きながら花蓮がそう尋ねると、疑われていると察した本堂と江澤が必死になって弁解してくる。


「本当に偶然っす! たまたまっす! 信じてください!!」

「自分らも驚いてるんすよ。こんなに偶然が重なるんだって!」

「まあまあ、冗談だよ冗談。ね、かれりん?」

「別に冗談じゃないのだけれど」

「そうなの!?」


 冗談を真に受けたと思ったのか、咲希が間に入っていくがものの見事に一刀両断。悲痛の叫びが辺りに木霊した。


「ま、こいつらがオレらをつけてくる理由なんて思いつかねぇし、そんなに警戒しなくてもいいんじゃないか?」

「それも…………そうね」


 少々考え込んでいたようだが、花蓮は納得はしたのか警戒を解いた。


「それで、なんの用かしら?」

「なんか今日、彩月先輩当たり強くないっすか!?」

「いや、いつも俺らにはこんな感じな気が……」

「何か言ったかしら?」

「なんでもないっす!」

「っす!」


 どれだけビビったのか直立不動で敬礼までする始末。いやもうさっさと要件話せよ話が前に進まねぇよ。


「それで、要件は?」

「もしよろしければ、俺らと一緒に行動しませんか! 自由行動なんすよね?」

「俺らも自由なので、是非にと思った次第っす!」

「それは……」


 本堂と江澤の熱い要望に「どうする?」と、こちらに尋ねてくる。


「いいんじゃない。知らない仲じゃないし」

「やったっす!」

「さすが先輩!」


 褒められるのは嫌な気はしない。ちょっと雑な気もするけど。

 花蓮は自分が嫌だと感じたのなら、あの場で断っていただろうし、それは咲希や茂も同様。なので、俺に答えを一任した時点で答えは決まっていたようなものだ。


「そんじゃ、一応どこに行きたいのか聞いといてやる。まあ、行けるかどうかは知らんが」

「はいはいはい! ここに行きたいっす!」

「こことかどうっすか?」


 要望を聞くと、我先にと言わんばかりに迫ってくる二名。ええい落ち着け。順番に聞いてやるから!


「――それじゃあ、この順番で回っていくってことで……」

「それでいいわ」

「異議なーし」

「いいんじゃね」


 元々特に予定がなかったので、二人の要望を丸々聞いても特に反論は起こらなかった。


「それじゃあ行くかー」


 ☆ ☆ ☆


 しばらく歩いて、一つ目の目的地に着くと少しの間自由時間とした。色んな店が密集している坂のため、それぞれが行きたいところに行くほうがいいという判断だ。

 俺はそこで一旦別れて、本堂を探し出す。


「よう、本堂」

「あっ、先輩。どもっす」


 俺が声をかけるとふりかけを手に持っていた本堂はそれを元にあった場所に戻しこちらに向き直る。


「あれ、江澤は?」

「春樹っすか? うーん……多分その辺をうろついてるんじゃないっすかね。知らないっすけど」

「ああ、そうなの」

「春樹になにか用があったんすか?」

「いや。なんかお前ら二人はずっと一緒なものだと思ってたから」


 そう言うと、本堂は「そっすかね」と返しながら頬をかく。


「というか、お前ら本当にいいのか? 友達とかいるだろ」

「大丈夫っすよ、先輩。俺ら、前から先輩方と一緒に回りたいと思ってたんで」


 ぐっと親指を立ててきて、安心させるようにニカッと笑う。……本当に良い奴だよなぁ。


「……それじゃ――」

「おーい、二人とも店先でどうしたー?」


 声のした方へ視線を向けると、そこにはこちらに向かって手を振ってくる咲希の姿と疲れた様子の花蓮の姿があった。


「……なんか花蓮がめちゃくちゃ疲れてるんだけど、どうしたの?」

「一回一番上まで行って、全部の店回ってるんだぜ!」

「元気だなぁ」


 それに付き合わされる花蓮も哀れな……。


「というか、根本と江澤どうしたんだよ。二人でセットじゃないのか?」

「青柳先輩と似たようなこと言ってるっす……」

「本堂はともかく、俺と茂はそういつも一緒にいるわけじゃないだろ」


 むしろ、茂は部活がある分俺よりも咲希の方が一緒にいる時間は長いように思えるのだが。


「ふーん。それじゃ、ちょっと休憩しよっか!」

「なんで……咲希さんはそんなに……元気なの……」


 息も絶え絶え近くのベンチに座り込む花蓮。うん、なんというか……本当にお疲れ様です。


「水、飲むか?」

「え、ええ。貰おうかしら」


 花蓮はペットボトルを受け取ると、ピタッと動きを止めた。そして、どこか潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。


「あ、あの……」

「どうかしたか?」

「これ、貴方のかしら……?」


 そう言われて、配慮が足りなかったと反省する。

 渡した水はちょうどさっき買ったやつで、当然一口飲んでいる。それを渡すのはあまり良くないよな。


「ごめん。ちょっと近くの自動販売機で新しいのを買ってくるよ」

「いえ別に問題ないわ。人からものを貰っておいてそれに文句を言うつもりは無いしそれに口をつけただけでどうかなんてそんなこと気にするような歳でもないでしょう。だから買いに行かなくてもいいわ」

「そ、そうか」


 早口過ぎて聞き取れなかったが、とりあえず最後の言葉的にこれでいい、と言っていたのだろう。多分。

 一人で勝手に納得していると、脇腹に衝撃が走った。


「痛いな。なんだよ急に」

「あたしも疲れてんだけど?」

「え……買ってこようか?」


 パシらせようとしているのかと思ったのだが、咲希はどこか不機嫌そうに「別にいい」と答えるとそっぽ向いた。


「わかってねぇなぁ」


 咲希の突然の不機嫌ぶりにはてと首を捻っていると、やれやれといった風な声が降ってきた。


「疲れた体にはスポドリだろ。な?」

「いや全然違うけど」


 突如現れ撃沈していったのは茂、その後ろには江澤の姿がある。


「先輩、塩分補給も重要っすよ」

「春樹、多分そういうことじゃないっすよ……」


 機嫌が治ったのか、そんなやり取りをどこか呆れた眼差しを向けている咲希の隣に立つ。


「ちょっといいか?」

「なんだよ」


 声を潜めて話しかけると、察してくれたのか同じく声を潜めて返してきてくれる。


「……花蓮のこと、見ていてくれないか」


 なにか動きがあるとしたら今日なのではないかと予想している。俺一人の目だけでは不安だし、万が一のことがある。


「……りょーかい」


 なぜ、とも、昨日の女のことか、とも聞かずに承諾してくれる。本当にありがたい。


「ありがとうな」


 俺のその言葉に、彼女はこちらに視線を向けることなく「どーも」と返してきた。


 ☆ ☆ ☆


 一つ目の目的地から出てしばらく経って、俺たちは三つ目の目的地にたどり着いていた。

 

「ちょっとトイレに行ってくるな」

「おう。じゃあ、この辺回っとくから」


 一言断りを入れてトイレに向かう。

 ここはあまり他校の生徒もおらず、平日の昼ということも相まって人が少ない。

 俺は手早く用を済ますと、足早にトイレから出る。その瞬間、ドンッと何かに頭をぶつけてしまった。


「すいません……」


 その硬い感触から人だと言うことを認識して、謝りながら視線を上げると、


「……ぁ」


 二枝 美紀と一緒にいた大男がそこにいた。

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