第30話 ベストフレンドと恋話
修学旅行の夜。
枕投げ、恋バナといった修学旅行の定番行事が潜んでいるある意味修学旅行のイベントの一つ。
だが、ろくに友達もいない俺にとってはあまり関係のない話――そう思っていた時期が私にもありました。
「でさ、お前ら誰狙いなわけよ?」
一緒の部屋になった二名の男子に補足されてしまったのだ。一緒にいた茂の巻き添えで。
「他人に聞く時はまずは自分からってのを知らねぇのか」
茂が強気で言い返す。
なるほど。多分、これは茂の後ろに隠れていればいいみたいだな。
そう考えた俺は息を殺して最大限気配を消す。
「俺か? 俺はなー……実は、他校の二枝 美紀ちゃん狙ってるんだ」
空気が凍った気がした。いや、多分気の所為なのだろうが。茂は二枝 美紀の顔を知らないはずなので、昼に見た女がそいつだということは分からないはず。
「……はっ。他校ってことは、前々から面識でもあったのか?」
当然ではあるが、予想通り気づいていないようだった。
「ないんだなそれが」
「一目惚れってやつだ。艶やかな髪、清らかな表情、そして何よりも華やかな笑顔。いやもう惚れるでしょ普通」
「お前ら二人ともなのかよ……」
二枝 美紀を狙ってる発言をした男が首を振ると、もう一人の方が語り出した。それを若干引いたような表情で見ながら、呆れたように茂はそう言った。
「そうだよちくしょう! 分からねぇだろうな、モテる根本は!」
「俺なんかこの前女子に呼び出されてよ、ワクワクしてそこへ向かったらなんて言われたと思う!? 『根本くんを紹介して』だってよ!」
「お、おう……」
地雷を踏んでしまったのか、一気に捲し立てる二人の剣幕に茂は思わず後ずさる。
「このサッカー部のエース様がよ……!」
「元々モテてたのが県大会出場に導いたエースっていう噂のせいで、他校にまで人気が広がりやがった……!」
「人気の一欠片ぐらい分けろってんだ」
「ははは……」
そんな恨み節に茂も苦笑いを返すしかないようだ。そんな様子を面白くなさそうに見ていた男子の一人が何かを思い出したように声を上げた。
「そういえばよ、お前夏休みに女子と二人っきりで海にいたけど、彼女かなんかか?」
「……は?」
茂が固まった。
海と言われると、海の家を思い出すが二人っきりつてわけではなかったからな。たまたま噂をした人が見たのが咲希か花蓮かアリシアと二人っきりの時だったのか……。
色々思考を巡らせていると、再起動を果たした茂が口を開いた。
「見間違えなんじゃねぇのか」
「見間違えるわけないだろ。ほら、恥ずかしがってないで言えよ、ほら!」
茂は纏わりついてくる男子を鬱陶しそうに振り払うと、ちょうど俺と視線が合う。
「……? どうかしたか」
じっと見つめてきたのでそう尋ねてみるが、「いや」とすぐさま視線を逸らされる。
「あー……なんだ、幼なじみ……みたいたやつだ」
「はあ!? 幼なじみぃっ!」
男子の一人が驚き声を上げる。そんな話は一度も聞いてなかったから驚いたのだろう。俺も驚いた。
「えっ、ちょっ、幼なじみがいるなんて俺一言も聞いてねぇんだけど!?」
「一度も言ってないからそれもそうだろ」
慌てたように文句を言いながら詰め寄ってくる男子を、茂はしっしっと追い払う。
「別にそんなに話すような内容でもねぇよ」
俺には一切視線を合わせようとはせず、そう言うと話は終わりだと言うかのように茂は部屋から出ていってしまった。
☆ ☆ ☆
あれから特に話すような空気ではなかったので、自然とそれぞれ部屋を出て行った。取り残された俺は特にすることも無くぼーっとしていたが、何となく散歩でもしようと思い立つ。
あてもなく適当に歩き回っていると、お土産を売る小さな店が目に入った。最近のホテルはホテル内にこういったお店があったりするところが多いらしい。
「お、咲希」
特に用事もなかったが、何となく入ってみると中には咲希がなにやら吟味していた。
「ん、あ、カズくん!」
俺の存在に気がついた咲希はパタパタとこちらに駆け寄ってくる。
「何してたんだ?」
「アリシアのお土産探してた」
「なるほど」
明日や最終日に買うって人も多いが、案外ホテルの中で買ってしまうという人も結構いる。咲希もそのうちのひとりなのだろう。
「ちょうどよかった。どうせカズくん暇でしょ? 暇だよね。ならちょい手伝って」
「手伝うのはいいけど、暇云々のくだり要らないだろうが」
「細かいこと気にすんなって!」
バシバシと背中を叩いてくる。痛い。
無言の抗議の視線を向けると、咲希はピタッと動きを止めた。
「ま、まあまあ、そんなに睨むなって。ほら、何がいいと思う?」
誤魔化すような笑みを浮かべながら、店内をぐるうっと指を指し示す。
「賞味期限が短いものとかはダメだろな。十二月まで持たないし」
「だよなぁ。だからさ、木刀にしようかと思ってるんだけどどう?」
「なんで?」
本当になんで? だからさ、が全然繋がってないんだが。いや確かに木刀には賞味期限はないけど。そもそも食べ物じゃないし。
「いやほら、修学旅行のお土産に木刀って定番だろ?」
「いつのだよ。今どき買ってるやつ見た事ないぞ」
「なら、これとかは?」
手に取って見せてきたのはゴテゴテした剣のキーホルダー。龍の刺繍が掘られており、どこか厨二心をくすぐってくる。
「さっきからお土産の候補が、尽く浮かれた男子中学生なのなんなんだ。それ貰っても困るだろうよ、アリシアも」
咲希に貰ったものをあとでニヤニヤしながら眺めているアリシアの姿が頭を過ぎったが無視だ無視。
さすがはシスコン。さっきまで木刀やら剣のキーホルダーを買おうとしていた勢いはどこへやら、そっと棚に戻していた。
「じゃあ何がいいんだよ逆に」
「保存が効く食べ物だったり、その土地固有の置物だったりじゃないのか。知らないけど」
「うーん……」
うんうんと唸っている咲希を横目に、俺もついでにお土産を探してみる。父さんは何がいい、とかは言わなかったけど、多分食べ物系がいいだろう。
「あっ、ねぇねぇカズくん」
「どうした――んぐっ」
不意に肩を叩かれたので振り返ると、口の中に何かを突っ込んできた。なんだこれは。視線を咲希の手元に下ろすと饅頭の試食らしきものの皿を持っていた。……うん、甘い。
「へへーっ、どう? 美味しい?」
「うん美味い。いやってか、なんだよ急に」
俺の問いかけに彼女は答えず、俺の口に入れていた爪楊枝を引き抜くと、もう一つ饅頭に刺して口に運ぶ。そして満足そうに頷くと、試食皿を元に戻してその饅頭の入った箱へと手を伸ばした。
「よし、これ買おう!」
「ん? それ、賞味期限とか大丈夫なのか?」
「いや、これは自分用。美味しかったからさ」
目尻を下げてそう言うと、すぐさま次のお土産探しに勤しみ出した。頬に指を当て商品をキラキラとした目で眺める姿は、どこか子供っぽくて微笑ましい。と、その時。
「あれ!? 先輩方じゃないっすか!」
つい今朝方聞いた声が耳に入ってきた。
「一緒のホテルだったんすね。すごい偶然っすねー」
そう言いながら駆け寄ってくる本堂と江澤を咲希が軽く手を挙げて出迎える。
「何してるんすか?」
「ちょっとお土産探しててな。アリシア……あの、海の家で一緒に働いたあたしに似た娘用のやつ」
「へー、そうなんすね。確か、今は海外に戻ってるんでしたっけ」
「そうそう。それで、クリスマスに戻ってくるからその時に渡そうかと思って」
何やら本堂と咲希が盛り上がっているようだが、俺は今それどころでは無い。最悪の想像が頭をよぎる。そうだ、今この場には花蓮がいない。いつもの咲希ならば無理やり連れて来そうものなのに。
「咲希! 花蓮はどうした!?」
「うわっ。びっくりしたぁ。かれりん? かれりんはねー……」
不思議そうに首を傾げながら、続きを口にする。
「昔の知り合いに呼び出されたとかで、どこかに行ったよ」
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