第29話 ベストフレンドは彷徨う



 なんとも言えない空気が辺りに充満する。

 街中、といっても家やアパートはあまりなく、あるのは売り物件の空き家や倉庫のみ。そして人通りもなければ車も通らない。そんな場所に来てしまっていた。


「どうしよう……」


 不安そうにそう呟く彼女の姿からは、先程までの明るい雰囲気はなかった。自分が連れて行くと請け負った手前、責任を感じているのだろう。


「そこまで気に病む必要はないわ。まだ時間はあるのだし、まずは来た道を戻りましょう。それに、最悪の場合はスマホを使って助けを呼ぶことだって出来るのだし」

「そうだって。それに咲希に任せっぱなしにしてた俺らにも責任があるしな」

「そうそう。あとちょっとしたトラブルなんかは、逆に良い思い出にもなるからよ」


 口々に咲希を励ますように言葉を送ると、少しだけ彼女の顔に明るさが戻る。その様子にほっと安堵の息を漏らすと、よしっ、と頭を切り替える。


「まずは現在地を確認するか」


 スマホを取り出し現在地の確認を行う。と、そこで一つ思い出し、マップアプリに現在地と集合場所の名前を書き記す。……うん。


「えーっと、深刻になっているところ申し訳ないのですが、ここで一つ連絡があります」


 視線が俺に集まるのを確認すると、俺は徐にスマホを画面を三人に見せた。


「多分、この道を辿れば集合場所に到着します」


 一昔前であれば、地図を片手に探索となるところだが、スマホという技術が広まった今、検索すれば一発でルートが出てくるようになっているのだ。


「完全に失念していたわ……」

「俺もさっき気づいた」


 簡単なこと過ぎて逆に忘れていた、と言うやつなのだろう。まあ、これだと残りのウォークラリーの課題を解くことは出来ないが、このまま迷子になるよりかは何倍も良い。さすがに諦めもつく。


「それじゃあ、このルートに沿って帰るか」

「はーい……」


 迷子になったことは悪いとは思いつつも、地図を片手に探索というのにちょっと興味を持っていたのか、咲希は少しだけ不満そうな返事をした。


「そういえば、こういった空き倉庫なんて初めて見たな」

「そうか? あたしは昔よく見てたけど。空き家がなかったし、倉庫の中で遊んでたんだー」

「私たちが住んでいる場所には空き倉庫なんてないからじゃないかしら。咲希さんの記憶は多分海外の方でしょう」

「あー、確かにそうかも」


 まだ日は出ているというのに薄暗くて、人の気配のない倉庫の中はどこか物悲しそうに見えた。


「こういう倉庫って、なにか裏取引に使われているイメージがあるよな」

「そうね。こうやって迷い込んだ学生がその取り引き現場を見てしまうってイメージもあるわよね」

「……怖いこと言うなよ彩月さん」


 そして命を狙われるまでがワンセット。

 茂と花蓮の会話に心の中で相槌を打ちながら歩みを進める。と、そこでようやく人通りのある通りに出られた。


「ふぅ。これで一安心ね。ところで集合場所へはあとどのぐらいなのかしら?」

「あー、ちょっと待って」


 道の脇へと移動をして、スマホを取り出し道の確認をする。と、その時、花蓮が何かを見つけたようで「あら」と声をあげた。


「あれは……」

「ん? どうかし――」


 顔を上げて彼女の視線の先を追うと、何を見つけたのかすぐにわかった。視線の先には、二枝 美紀の姿が。

 なんてタイミングの悪い。金閣寺にいるんじゃなかったのかよ。連絡来たの数時間前だけど。ああもう、どうすれば……!

 なんとか誤魔化せないか思考をめぐらせていると、花蓮が続きの言葉を口にした。


「教育はどうなっているのかしらね。あんな場所に、しかも修学旅行中に行くだなんて」

「はい……?」


 あれ、これもしかして気づいていない感じか? 見た目的には良い意味で印象に残りそうなものだし、やらかした事を考えると悪い意味でも印象に残ってそうなものだが、案外彼女にとっては眼中になかったのかもしれない。

 何はともあれ、覚えていないのなら都合がいい。


「まあほらあれだ。若気の至りってやつだろ。というか、制服を見る感じだと他校の生徒っぽいし俺らが関わる必要は無いだろ。なあ、茂?」


 同意しろよ、という圧をかけながら水を向けると、顔を強ばらせながらこくこくと頷いた。


「そ、そうだな。なにか問題が起こったとしてもそれは本人の問題だろうし、なによりここで問題に巻き込まれたら俺らの修学旅行にも影響が出るかもしれない」


 それはもちろん、一個人の問題に収まりきらず学年全体の迷惑になるかもしれないわけだ。

 その可能性について提示すると、どっちにつかずだった咲希は少しだけ関わりたくなさそうな雰囲気を出し始める。よし、これならあとは花蓮だけだ。


「なあ花蓮、」


 俺がさらに言い募ろうとすると、花蓮はこちらを向いて不思議そうな顔で「ねぇ、」と話しかけてきた。


「なぜ私は今、諭されているのかしら。別に彼女たちがどこに行こうかなんて気にしていないのだけれど。ただ疑問を口にしただけよ」


 あっけらかんとそう言い放つ花蓮の様子を見て、茂がほっと安堵したのか息を漏らした。


「……あまり良くない話題の振り方だったわね。ごめんなさい。早く行きましょう」


 二枝 美紀の方を一瞥すると、そう言って彼女はさっさと歩いていってしまった。


「……とりあえず俺らも行くか」

「だな」


 それから三十分ほど歩いて、目的地へと到達したのだった。

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