第27話 ベストフレンドは京都に向かう


 流れる景色を眺めながら、ふわぁと欠伸を一つ。

 早めに寝たはずなのにものすごい眠たい。


「一葉、あと何時間ぐらいで到着する?」

「知らん。しおりを見ろよ、しおりを」


 俺たちは今、京都に向かう新幹線に乗っていた。

 隣に座っている茂がしおりを広げ、ふむふむと呟く。


「あと何時間だって?」

「十九時から晩御飯だってよ」

「そうじゃなくて到着時間をだな……」

「しおりを見ろよ、しおりを」


 にぃっと意地悪く笑いながらそう言ってくる。……この野郎。

 ここで言い返すと負けた気がするので、無視してしおりを取り出す。

 ……あと一時間ぐらいか。


「で、何時間だった?」

「お前さっきので見てないのかよ。一時間後だってよ」

「そうか。ありがとう」


 そう言いながら、茂はしおりを鞄に戻すついでに飴を取り出した。そして、ちらとこちらに視線を送ってきたかと思うと、ほいっと一個投げつけてきた。


「うおっと。……急に投げるなよ」

「悪い悪い。でもちゃんとキャッチ出来たんだからいいだろ」

「そういう問題じゃねぇ」


 文句を言いながらも俺は飴を口に含んだ。


「あ、お菓子食べてる」


 前の席から後ろの俺たちを覗き込んできた咲希が、不満そうに声をあげた。


「おいバカ静かにしろよ。先生に見つかるだろ」

「はあ? 誰がバカだ、誰が。というか、同じ班なんだからお菓子食べるならあたし達にも分けてよ」

「菓子食うのに班員がどうとか関係ないだろうが。飴やるから静かにしろ」


 そう言って茂が飴を前の席へ放り投げると、咲希は姿を消した。


「……はあまったく。騒がしいやつだぜ」

「別に飲食は禁止されてないんだし、バレても問題なかったと思うんだが」

「いやほら、罪悪感というか良くないことをしてる感あるじゃん? 学校行事の最中だからさ」

「そういうもんか……?」


 分からん。別に禁止されてる訳でもないのだから、気にしなければいいのにとは思う。


「なあなあー、京都に着くまでの間ゲームやらない?」


 飴を食べ終わったのか、咲希が再び椅子から顔を出してきた。

 残り時間は五十分、時間を潰すのにはちょうどいいか。


「やるか。な、茂?」

「そうだな。どうせすることないしな」

「花蓮もやるのか?」

「もちろん!」

「ちょっと咲希さん……」


 咲希がそう即答すると、咲希の隣の席から抗議の声が聞こえてくる。どうやら咲希が勝手に言っているだけのようだ。


「私、参加するなんて一言も言ってないのだけれど」

「えー、いいじゃん。四人でゲームしようよ〜」


 相変わらず仲が良いことで。

 しばらくの間、「やろう!」「やらない」の押し問答が続いていたが、根負けしたのか「しょうがないわね……」という花蓮の声が聞こえてきた。


「かれりんもするって!」

「……まあ別に、特にすることはないからいいのだけれど」


 とても元気な咲希とは対照的に、とても疲れたご様子の花蓮さん。


「それで、何するんだ? 無難にババ抜きとか?」


 そう尋ねると、ちっちっちっと音を立てながら咲希は指を振る。挑発か、挑発なのか。目と目が合ったからバトルが始まってるのか。


「ジェンガしようぜ!」


 まーたおかしなことを言い出したよ。……え? 持ってきてるの。


 ☆ ☆ ☆


 新幹線での移動が終わり、駅のホームにてトイレ休憩が挟まれる。

 トイレの洗面所で手を洗っていると、やけにガタイのいい男が俺の後ろを通った。今どきでは珍しい、学ランの制服。

 やはりこの時期は同じく修学旅行に行く高校は多いのか、うちとさっきの学ラン以外にも数種類の制服が見て取れた。


「揃いも揃って京都とはまぁ」


 定番と言えば定番だけどなぁ。

 そう呟きながら、外に出る。まだ休憩時間が終わるまでの時間はあるものの、今お土産を買うのも微妙だし、特に行くところはないのでさっさと列に戻ろうと来た道を辿って辺りを見回す。


 ――と、その瞬間。嫌な声が聞こえてきた。


「あっ! おーい!!」


 明るく透き通った声。酷く聞き覚えのある声色に思わず顔を上げてしまう。


 花蓮とはまた違った清楚なオーラを醸し出し、白いブラウスに紺色のセーターといった制服を着こなした美少女がこちらに向かって歩いてきていた。


 ゾクリと嫌な汗が背中を伝う。俺は顔を俯かせ、気づかれないように足早に前へと進む。


 そして――彼女に気づかれることなくすれ違うことに成功した。


「久しぶりだね〜」


 どうやら彼女は俺なんかには眼中になく、俺の後ろにいたあのガタイの良い男に気づいたらしい。


「……はぁ」


 安堵の息を漏らすと、一気にどっと疲れが出てきた。だが、まだ安心することは出来ない。なぜなら、京都は修学旅行では定番中の定番。向かう先が同じだという可能性は十分にあった。


「嫌な予感しかしない」


 俺だったから気づかれなかっただけで、これが彼女だったのなら確実に気づかれていただろう。そうなった時、あの女がどういった行動に出るのか、それが分からないからこそ恐ろしい。案外、過去は過去と割り切ってくれればいいのだが――いや、それはないか。


 俺が知る中で、一番プライドが高くて、執念深いあの女がそんな簡単に割り切っているなんて想像が出来ない。


「これ、花蓮に話しておいた方がいいかなぁ」


 ただの考え過ぎな可能性もある以上、花蓮に伝えるのも気が引ける。花蓮はあんな様子ではあるものの、修学旅行を結構楽しみにしているらしい(咲希調べ)。心配事を増やして楽しめなくさせるのは少しはばかれる。


「……とりあえず、あの二人が会わないように気をつけるか」


 ――唯一と言ってもいい。俺が、唯一中学時代で覚えていること。行事でもなく、輝かしい何かですらない、酷く印象的なあの事件。


 一人を転校させ、また一人を自殺未遂までに追い詰めたいじめという名の――犯罪行為。


 その首謀者があの女、二枝 美紀であり、そんな彼女の恨みを買っているのが――彩月 花蓮だった。

 

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