第26話 ベストフレンドは踏み込めない
コンコンっと軽いノックの音が聞こえてくる。休日の朝、宅配を頼んだ覚えもなくすぐに咲希の顔が頭に浮かんできた。
「……はいはーい」
無視しようかとも思ったが、よりうるさくなるだけだと諦めて扉を開ける。するとそこには、予想通りの咲希の姿と共に花蓮と茂の姿があった。
「へ……?」
なにか約束があっただろうかと記憶を探ってみるものの、それらしいものは思い当たらない。
「カズくん、買い物に行くよ!」
「はい……?」
なぜ。
☆ ☆ ☆
あれからしばらくして、俺たちは近くのショッピングモールに来ていた。
「で、結局今日の予定は?」
相変わらずのハイテンションでくるくる回っていた咲希がピタリと止まると、んー、と顎に人差し指を当てて考え考え答えてくる。
「とりあえず、トランプとかの遊べるやつ買ってー、歯磨きとかの日用品でしょー、あとは……服とか、あっ、あたし旅行用に鞄買わないと!」
パンっと手を叩いてそう言った。今決めました! みたいな感じでどこか無計画なような気がする。
「これ、事前に何を買うか決めてる?」
「ええ。私は昨日誘われたから、ある程度必要になるものはメモに書いてきたわ」
「とりあえず必要そうなものを買って、追加で買う必要があったらまた近場で買うつもり」
花蓮はやはり決めていたようだが、咲希と茂は計画を立てていないようだ。
「それじゃー、最初はゲームを買いに行こー!!」
咲希が先導して進んでいくのを俺たちはぞろぞろとついて行く。ゲームかぁ……。
「何買うんだ?」
「とりあえずトランプは買うって言ってたな」
「UNOは海の家で働いた時に使ったものがあるから、それ以外で遊べるものを買うんじゃないかしら」
そうなると、ほとんど持っていけるものはなくないか。あまり重いものは持っていけないから、せいぜいがカード系統。となれば、トランプとUNOぐらいしか思い当たらない。
「あ、なあなあ、ジェンガだって! あたし初めて見た」
「持っていけないわよ、それ」
「……確かに。荷物持って動くからなー」
「ほかに持っていく必要のあるものが多いのだし、娯楽用品は最低限に留めておいた方がいいわよ」
「でもさー、せっかくの修学旅行なんだから色々遊びたいじゃん」
言い合う咲希と花蓮を横目に、俺と茂は棚に置かれた商品を流し見る。と、途中でおっと足を止めた。
「人狼ゲームだ」
「これなら持っていっても問題ないんじゃね?」
「だな」
そう話していると、声が聞こえたのかシュパッと咲希が近くに移動してきた。え、速。超速い。
「人狼ゲーム! いいじゃん」
目を輝かせながらそれを手に取ると、咲希は箱の裏側に書かれてある説明文を読み始めた。
「やったことないから分からないのだけれど、四人で人狼ゲームって出来るのかしら?」
「あー……難しいな。すぐに終わる」
「だな。初日で終わる」
「そこはほら、他の人誘ったりとかあるじゃない。六人ぐらいいたら出来るでしょ」
「六人でもすぐに終わるだろ」
なんだそのガバガバな理論は。一人GMが必要になるから実質五人。初日の処刑で確定で一人減って、人狼が襲うのに成功したら三人。失敗しても四人。早くても遅くても、六人ですると二日で終わるんだよなぁ。
「まあ細かいことは気にすんなって」
鼻歌交じりにカゴに入れる咲希を見て、まあいいかと諦める。
そんな感じで買い物は進んでいった。咲希があれやこれやを買いたいと言い出して、それに花蓮がツッコミを入れる。相変わらず仲のいいことで。
次の店に移動をしていると、不意に咲希が足を止めた。
「そういえば、修学旅行に着ていく服はどうしよっか?」
「旅行と言っても学校行事なのだから制服で行くのよ」
「あそっか。でもさでもさ、夜とかは自由じゃなかったっけ?」
「部屋の中でなら、ね。廊下に出る時は体操服を着ないといけないそうよ」
「だよね。じゃ、パジャマ買おう!」
名案だ! だとばかりに花蓮の手を取る。花蓮はそれを優しく振りほどきながら、呆れたように口を開く。
「私は要らないわ。家にあるものがあるから」
「えー……。じゃあさ、かれりんあたしのパジャマ選んでくれない?」
「な、なんでそうなるのよ」
予想外の頼みだったのか、花蓮は半歩下がりながら拒否の構えを取る。まったく、しょうがないなぁ……。
「よし茂。俺たちはその辺を適当に見て回ろうぜ」
「そうだな」
「えっ、ちょっ、貴方たち!?」
慌てたように花蓮が声をかけてくるが、俺たちは構わずに踵を返す。
「それじゃあ、後で合流しようなー!」
適当に手を振って反応を示しつつ、俺たちはその場を立ち去った。
「ほらよ」
自動販売機で買ったお茶を茂に向かって放り投げる。茂は「ありがとう」と言いつつ受け止めると、蓋を開けながら二人が入っていった店をチラと見る。
「どれだけ待つことになるか」
「そこまで長々と見て回るってことはしないだろ」
花蓮はああいった場所に居続けるのは嫌がるだろうし。茂の隣に座りながら俺も蓋を開けお茶を飲む。
「なあ、」
「あん?」
「花火の時の呼び出しって、結局何だったんだ?」
二人の問題に安易に首を突っ込むわけにはいかない。だが、あの時呼び出された中には花蓮だけじゃなく俺も含まれていた。
だからその事を聞くことは至って普通……のはずだ。
「あー……まあ、あれだ。終わったことだし気にするなよ」
「一度呼び付けておいてそれはないだろうが。こちとら気になってあれから夜も寝れないんだぞ」
「一ヶ月も寝てないって……お前正気か?」
「……昼寝してるから大丈夫だ」
「なら寝れないのもそれが原因だろう」
上手いこと受け流されてしまったような気がする。このまま引き下がるのも少し癪だったので、じっと睨みつけてやる。
「…………」
「……なんだよその目は」
「圧をかけてるんだよ」
「……」
居心地の悪そうに体を捩ると、仕方がないとばかりに溜め息をひとつ。
「一葉と彩月さんに会いたがってたやつがいたんだよ。それ以上は聞くな」
明確に線を引かれてしまった。こう言われてしまえば、これ以上踏み込むことは出来ない。
「……わかった」
一つ頷いて見せると、茂は無理やり笑ったような顔で別の話題を話し始めた。
俺と花蓮に会いたがっていた、か。
花蓮がどうかは分からないが、俺はあそこに行ったのは前回が初めてだ。そんな場所に俺に知り合いなんていただろうか。
☆ ☆ ☆
あれから買い物はつつがなく進んでいき、空が茜色に染まり始めた頃に解散となった。我が家に帰る道には影が二つ。
「準備が終わったー!」
んっと背伸びをしながらそう言う彼女の隣を俺はふらふらと歩く。
「つ、疲れた……」
咲希が予定にない店によく入るものだから、予定よりも時間と労力を使ってしまった。
「とりあえず、必要なものは揃ったな!」
「そーだな……」
ははは、と疲れきった笑みを返しながら同意する。必要なものは揃った、十分過ぎるほどに。
「……というか、今日どうしたの? なんかテンション高いね君」
げんなりしながらそう聞くと、咲希はビタっと動きを止めた。どうかしたのかと視線を向けると、思いっきり視線を逸らされた。
「おい咲希。……咲希さーん?」
「……い、いや、ほらあれじゃん。だからしょうがないじゃん」
思いっきり小声で喋っているため上手く聞き取れない。ただ、断片的に聞こえてきた言い訳から多分大したこと言ってねぇなと察する。
「今のセリフからはあれが理由だからしょうがないっていう、具体性の欠けらも無い理由しか分からんのだが」
「あー! もー!!」
急に大声を出したかと思ったら、髪を取り乱しながらカッと目を見開いてこちらを睨みつけてきた。え、なに。地雷踏んだ? 逃げた方がいいやつかなこれ。
「なんかほら、今日デートみたいだったじゃん! あたしそーゆー経験ないから、いつも通りにしようって思って……でもさ、いつも通りって考えたら、いつも通りってなにって考えるようになって……あたしのいつも通りってどんなの!?」
「今日のテンションの八十パーセントぐらいじゃないかな知らんけど。というか、デートてね君」
複数人で出かけてるし、待ち合わせもしてないし、そもそもとして……。
「デートって言ったら、ちょっと前まで俺とよく帰りに買い物行ってただろ。あれは下校デートって言わないのか?」
「いやほら、あれはさ。なんと言うか……関係性の変化?」
「そこまで変わったか、俺ら」
「……変わってない気がする」
少しずつ落ち着いてきたのか、いつものテンションに戻ってきた。
「というか、意外だったな。海外の方で彼氏とかいなかったのか?」
「うん。そもそもとして女扱いされてなかったし、アリシアと一緒にいたし」
「ああ、なるほど」
彼氏がいなかった理由は後者がほとんどだろうな。咲希に言いよる男全員に刃物突き立ててそうだもんあの子。
「あ、アリシアと言ったらさ、冬休み頃にまたこっちに来るらしいんだよ!」
「そうか」
テンションがまた高くなった気がする。心做しか、無理に高くしていた時よりも高いな。このシスコンがよぉ。
咲希の妹自慢を聞き流しながら、まだ先のあの寒い季節に思いを馳せる。
……クリスマス、か。
☆ ☆ ☆
「あれ、電気消し忘れたのか?」
アパートが見えて来たところで、不意に咲希がそう聞いてきた。見上げてみると、確かに咲希の部屋の隣――すなわち俺の部屋の明かりが付いていた。
「消したはずだ。……え、消したよな?」
「多分消してたよ。一回断言したんなら最後まで自信持てよ……」
ちゃんと消したとなると考えられるのは――。
「空き巣か」
「なんで先にそっちが出てきちゃうの……。おじさんが帰ってるんじゃないの、多分」
…………。
「確かに!」
「どしたのカズくん。なんかテンション高いね……」
どこか引いてる様子の咲希と別れ、扉の前に立つ。
ゆっくりと深呼吸をしてから、恐る恐るドアノブを捻った。
「……ただいま」
見慣れた光景。その先に、普段あまり見ない父親の姿があった。
「……父さん、帰ってたんだ」
「ちょっとな」
父さんは厳しい顔で新聞を読んでいた。帰ってきた俺に一瞥もくれない。
「ちょっと友達と修学旅行でいるものを買いに行ってたんだ。ご飯は今から作るから少し待ってて」
「そうか」
そこで会話は終了。
最低限の会話、事務的な確認作業。それが、俺の中での父と子の普通の会話だった。
それが普通。それで終わり。そのはずだったのに、どこかの妹を自慢げに話す姉が羨ましく思ったのか、思わず言葉が口から零れ落ちていた。
「父さん、修学旅行で京都に行くんだけど、お土産何がいい?」
口から出てから後悔する。
一瞬の静寂。だが、その一瞬がとてつもなく重たい。
「……気にするな」
これで会話は終了。
踏み込まないと決めたのに、迷惑だと分かっているのに、どうしてこんな事をしてしまったのか。
気づけなかった方の結末。知ろうとしなかった行動の結果。せめてと抗わなかった俺の自業自得。
それが、俺の罰だった。
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