第20話 そして、妹さんは姿を消した
翌日。
海の家はそこそこの盛況ではあったものの、慣れてきたのか初日よりかはスムーズかつ余裕を持って働けていた。
「そういえば、先輩方って明日の夏祭り行くんすか?」
「夏祭り……?」
思わぬワードに聞き返す。
「あれっ、知らないんすか? 明日、この辺りで祭りがあるんすよ」
「そうなのか」
「花火も打ち上げられるんで、結構有名だと思ってたんすけどね〜」
そういえば、中学の頃夏休みに祭りがどうのと話していたのを聞いたことがある気がする。俺にはまったくの無関係なので詳しくは覚えていないが。
「まあ、せっかくだし行こうかな」
「そうっすか! 春樹にもそう言っとくっす!」
別にお前らと行くなんて一言も言ってないが。なんて、そんな事をわざわざ言うほど彼らのことを悪く思ってはいない。出会い方は悪かったはずなのに、たった数日で友達のような感覚でいる。そんなのは俺だけだろうけど。
「ま、そんな事はあとで話すとして、手を動かせ」
「はいっす!」
にしても、随分と懐かれたなぁ。
もう関わることはそうないだろうから、夏祭りぐらい、最後の思い出としてみんなで回るのもいいかもしれない。
そんな事を考えていると、ホールの方から食器が割れる音がした。
「今の……」
「トラブルがあったようね。一葉くん、念の為見に行ってきてくれないかしら。少しの間なら、二人で厨房は回せるから」
「了解」
エプロンを外してホールの方へ足早に向かう。
「す、すみません」
ホールには頭を下げるアリシア、そしてその足下には焼きそばとお皿の破片が散らばっていた。
「ああ、気にしないで。それより君、大丈夫?」
「は、はい……」
お客様の方は柔らかな笑みでそう言うが、アリシアの顔は依然暗い。他の客の目もあるし、一旦アリシアは下がらせた方がいいか。
「申し訳ございません。すぐに新しいものをお持ちします」
「はい。あ、片付け手伝いましょうか?」
「いえいえ。こちらでやりますので」
とりあえず片付けは俺がやるとして、あとは……。
「アリシア、怪我はないか?」
「はい……その、ごめんなさい」
「失敗のひとつ、次に生かせばいいさ。でも、少し休んでいろ」
こちらを心配そうに見ている藤谷に、視線でアリシアを裏で休ませるよう指示をする。
「江澤、焼きそばひとつ追加で!」
「はいっす!」
「お客様方、大変危険ですので近づかないようにしてください」
さて、散らばっている破片は危ないから、丁寧に、かつ迅速に片付けないとな。
☆ ☆ ☆
「雨か」
トラブルを乗り切ってしばらくすると、急に客足が途絶えた。先程のトラブルが影響したわけではなく、原因はこの雨だろう。
「結構な大雨になるみたいっすよ」
「まじか」
「明日の夏祭り、開催されるんすかねぇ」
「今のところはなんとも言えないな」
これじゃあ、今日はもう来ないか。そんなことを考えていると、いつの間にか厨房から姿を消していた花蓮が戻ってきた。
「店長が今日はもうお店閉めるそうよ」
「んじゃあ、帰っていい感じか?」
「ええ。なので、早く片付けて帰りましょう」
後片付けと明日の準備をしながら、窓から外を眺める。外は豪雨、とまではいかないけれど徐々に勢いが増していく雨は帰るのさえ億劫にさせてくる。
「以上だな。本堂、お前らこれから帰れるか? 確か、電車だったろ」
「あー……厳しいっすかねぇ。この雨じゃあ、電車止まってるだろうし」
「なら、俺らが泊まっている旅館来るか? 多分、部屋空いてただろうし」
「一泊ぐらいなら、まあ……」
そんな会話を交わしながら、厨房から出る。ホールの方は掃除が終わってたらしく、荷物を持った彼らに出迎えられる。
「おせーぞー」
「悪かったな」
文句を言ってくる茂にそう返しつつ、ざっと全員の顔を流し見る。そこで不意に一人足りないことに気がついた。
「ん……? アリシアはどうした?」
「アリシアなら、結構前に帰ったよ。今日は休んだ方がいいって、店長が言って。奥さんが付き添ってくれた」
「そうなのか」
気づかなかった。
だが、あの調子のままなら休ませた方がいいか。
「んじゃまあ、帰るか」
荷物を持って店長に挨拶をし終えると、俺たちは旅館に戻るべく大雨の中に身を投じた。
☆ ☆ ☆
「すっごい雨だったなぁ」
買ったタオルで髪を拭きながらそう茂に話しかける。
「これで店長が傘貸してくれてなかったらと思うと、ゾッとする」
「本当にそうだな。店長に感謝」
両手を擦り合わせて感謝の念を店長に送る。それを一通りすませると、よっと勢いをつけて立ち上がる。
「俺風呂に入ってくるけど、茂も入るか?」
「そうだな。少し濡れちまったし、入るかー」
そうと決まったらさっさと準備するか。
俺は着替えを用意しようと鞄に手を伸ばす。その瞬間、唐突に部屋の扉が開け放たれた。
「青柳!」
彼女にしては珍しく、焦った声色。
慣れてないあだ名呼びではなく、数週間前までの呼び名であることから相当焦っているのがわかる。
「……どうした?」
ふつふつと嫌な予感が湧き上がるのを感じ取りながら、顔を青くした藤谷へと声をかける。
藤谷は急いで説明しようと口を開けるが、上手く声が発せられず咳き込んでしまっていた。
「落ち着け。一旦落ち着いて、そしてちゃんとした説明をしてくれ」
「ケホッゴホッ! ……わ、わかった……」
藤谷は弱々しく頷くと、細い呼吸を何度か繰り返す。彼女が立てた物音から何かあったのかと隣に部屋を借りた本堂、江澤がこちらに入ってきた。
「……落ち着いたか?」
俺の問いかけにこくんと小さく頷くと、入ってきたよりかは幾分か落ち着いた声音で話し始めた。
「アリシアが……妹がっ、部屋に居ないんだ……っ!」
小さな悲鳴のようなその声は、重々しく部屋に響き渡った。
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