第19話 妹さんは静かに揺れる



 海の家で働き始めて五日目。

 

「卓球やろうぜ!」


 藤谷が唐突にそう切り出してきた。


「急にどうしたよ、咲希」

「つーか、卓球ってもう夜だぞ。遊びに行くなら明日の方がいいんじゃね?」


 気怠げに振り返ってそう言ってみるが、藤谷の勢いは落ちることはなく、その豊満な胸を勢いよく叩いた。


「実はこの旅館にあったんだよ、卓球台が! 旅館の人に話してみたら自由に遊んでもいいって!!」


 興奮しているのか鼻息荒くそう捲し立ててきた。


「そういうことなら……まあ」

「どーせ暇だし、オレらも参加するかぁ」


 準備されているのなら別にいいか。

 そう思いのっそりと立ち上がる。


「じゃっ、準備の方よろしくなー!」


 そんな俺たちを満足そうに眺め終えると、軽く手を挙げて立ち去って行った。準備……されてないのか。


「あー……やっぱり準備は俺らか」

「ま、そんなことだろうと思ったけどな」


 一気にテンションが下がったものの、頼まれた以上やらない訳にもいかない、か。


 ☆ ☆ ☆


「第一回! 卓球大会ー!!」


 藤谷が第一回卓球大会の開催を宣言する。

 第一回ということは、第二回の開催もあるのだろうか。藤谷はそこまで考えてない気がする。


「トーナメントでやっていこう!」


 藤谷がそう言うと、いつ用意していたのか花蓮がトーナメント表らしき紙と、細く切られた紙束を取り出した。


「じゃあ、一人ずつこの紙を引いていってくれないかしら。そこに書かれてある番号で対戦相手が決まるから」


 一番は三番と、二番は四番と、五番はシード枠となるらしい。

 淡々と説明するのを聞き終えると、俺たちはさっさと紙を引いていった。俺は……二か。となると、相手は四番となるわけだがはてさて……。


「あたし、いちばーん!」

「わたしは三番ですね」

「オレは五番だな。となると、シード枠か」


 全員がくじを引き終えて、次々と自分の番号を口に出していく。となると、消去法的には……。


「あら、一葉くん。私と戦うことになるのかしら? お手柔らかにお願いね」

「ははは……」


 彩月 花蓮。

 文武両道な彼女には一つだけ弱点があって、それが卓球……なんてこともなく、授業で無双していたような気がする。なんなら卓球部員を負かしていたような気がする。なにそれ強い。


 唯一花蓮に勝てそうな茂は、シード枠を引き当ててしまったらしい。


「こういう時とことんツキがないよな、一葉」

「うるせぇ」


 シード枠は藤谷対アリシアの戦いで、勝った方と戦うといった形だ。なので、一番有利なのはシード枠ではなく、二番四番が有利だったりする。


「では、始めましょうか。一葉くん、卓球の経験はある?」

「授業でやるくらいしかないな」

「では、立場的には同じぐらいね。始めるわよ」


 こうして、第一回卓球大会初戦、俺VS花蓮の戦いが始まった――!




「……でっすよねー」


 息を切れ切れに吐き出すと共に、諦めの色の濃い声を吐き出した。

 結果は惨敗。花蓮のペースに呑み込まれ、ほとんど点を入れることが出来なかった。


「ありがとうございました」


 試合後に形だけでも礼をして、卓球台から離れる。こういったルールがあるのか知らないけども。


「おつかれー、一葉」


 茂はそう言ってポンッと肩を叩いてくる。


「ありゃダメだ。手も足も出なかった」

「おう。一葉はともかく、彩月さんの動きは凄かったよな。卓球部って言われても納得するレベルだった」

「俺はともかくってなんだ。最低限は動けてただろ」

「相手が強過ぎるせいでお前が上手くないように見えちゃうんだよなぁ」

「悪かったわね、強過ぎて」


 俺たちの会話が聞こえていたらしく、花蓮がこちらに近づいてきた。


「いやほんとに経験者じゃないの!? ってぐらい上手かったんだが」

「だから、授業で練習した程度と言ったじゃない。基礎が出来ている人が基礎すら出来てない人に負ける道理はないわ」


 あれで基礎レベルなのかよ。そしてサラッと酷いことを言われたような気がする。


「結構辛辣じゃね、彩月さん」

「ふふっ……。次は貴方の番ね、根本くん」

「やめてやめて。悪口を言ったとかじゃねぇから!」


 圧を放って近づいてくる花蓮から逃れようと、必死に弁解する茂。


「何やってんだよ、お前ら……」

「あら、私は何もやってないわ。この人が急に謝りだしただけだもの」

「一連の流れを見てたやつに何で言い訳してんだよ」

「なるほど……茂、いきなり謝り出すなんてどうした? 疲れているのか?」

「そして乗っちゃったよ、この人! しかもオレが疲れてるみていな流れになってるし!?」


 おーおー、元気そうだなぁ。突然謝り出したとか聞いた時はついにおかしくなったのか、とも思ったものだ。

 ……と、茶番はそのぐらいにして、いつの間にか開始していた藤谷対アリシアの戦いへと視線を移した。


 試合はアリシアがちょっと優勢。だが藤谷の方もかなり粘っているので、リレーが続いてなかなか得点にならない。


「どっちが勝つと思う?」

「私ね」

「茂が聞きたいのはそっちじゃねぇよ。俺はアリシアかな、運動神経姉より良さそうだし」

「私は藤谷さんだと思うわ。実力的にはアリシアさんが上回っているけれど、彼女なかなか粘ってるから」


 確かに。終始アリシアが優勢であるにも関わらず、得点的にはほとんど差がない。

 藤谷にそう言われてしまうと、何故だか妙な説得力が生まれている気がする。


「それに彼女、気分が乗ってくるとパフォーマンスを発揮できるタイプだから」


 試合時間が十分にさしかかろうとした時、少しずつ藤谷の動きにキレが出始めてきた。そして、一点、また一点と得点を積み重ねていく。


「これは……」

「――」


 ここから試合がどうなるのか、それに注目しようと前方に注意を向けようとするも、それより先に花蓮が後ろを振り向いた。


「ん……? どうした」

「いえ。今、こちらを伺っている人影が見えた気がしたの」


 俺も後ろを確認してみるが、そこには誰もいない。


「気のせいか、他の客だろ。卓球してるの音を聞いて、興味本位に覗きに来たんだろ」


 知らんけど。


「あ、咲希とアリシアの試合終わってる」


 卓球台に向き直ると目を離したうちに決着がついてしまっていたようだった。

 ちなみに結果は僅差で藤谷の勝利だった。


「ありがとうございました」

「……ありがとうございました」


 藤谷につられるようにしてアリシアも頭を下げる。一瞬だけ見えたその表情はどこか暗かった。


「よーし。次はオレの番だな。しっかり見とけよ! 一葉ぁ!!」

「おーっす、アリシア。お疲れ様」

「聞けよ、話!」


 ギャンギャンうるさい茂を無視して、アリシアの隣に腰掛ける。


「負けちまったな」

「はい。お姉ちゃんは昔っから、スポーツ関係はそこそこ出来たので、そこまで悔しくはないです」

「ほーん」


 試合は開始され、茂がサーブを打つとそれに合わせて藤谷は返す。


「咲希って運動得意だったのか」

「そんなことも知らないのですか?」


 ドヤ顔でマウントをとってくるアリシア。

 ……このシスコンがよお。


「お姉ちゃんは昔からなんでも出来たんですよ。日本でも、あっちでも。いつも人の中心にいました」


 ――試合はちょうど、茂の勝ちで決着が着いていた。


「……」

「……」


 負けちゃったよ。藤谷。しかも瞬殺。


「よっしゃ! 見たか、一葉ぁ!!」

「あーはいはい」


 アリシアが喋っている時点で藤谷が圧倒されていたから、この勝敗になることは予想出来たが。……タイミングがなぁ。


「では、次は私が相手ね」

「かれりん、あたしの仇をとって!」

「断るわ。でも……負けるつもりは微塵もないから」

「オレも負けるつもりはねぇからな」


 余裕の表情を浮かべる両者を横目に藤谷はこちらへ駆け寄ってきた。


「負けちゃったー」

「お疲れー」

「ま、でも順位的にはカズくんに勝ってるからな!」

「ははは」


 わざわざ煽りに来たのかこのやろう。


「あれ。アリシア、どうかした?」


 なにかに気づいたように藤谷がアリシアに声をかけた。その声に釣られるようにアリシアの方を見てみる。


「えっ……と、何もないよ……?」

「……そうか?」


 アリシアは困惑した表情を浮かべる以外に特に変わったところはない。


「そういや、この試合どっちが勝つと思う?」


 一進一退の試合に視線を移してそう問いかける。


「おっ、賭けるのか? なら、あたしはかれりんだな」

「俺も花蓮だ」

「わたしも花蓮さんだと思います」


 満場一致で花蓮が勝つと予想され、茂が負けると予想された。

 ……哀れ、茂。


 試合は特に波乱もなく、花蓮の勝利で終わった。

 

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