第18話 妹さんは気遣う



「今日から手伝ってくれるという人が来てくれた」


 海の家に着くと、早々に店長がそう切り出してきた。そして、その横には昨日のナンパ男こと、本堂、江澤の姿があった。


「よろしくっす、先輩方!」

「っす!」


 爽やかな笑みで挨拶をしてくる二人に俺たちは引き攣った笑みを返す。


「おい、茂。なんであいつらここにいるの?」

「あー……多分、昨日ここでバイトしてるって言っちゃったからだろうな」

「なんてことしてくれてんだよ、おい」

「宣伝のつもりで言ったんだがなぁ」


 来てしまったものは仕方がない。それにきちんと働くのであれば、人手が増えることはいい事だ。


「というか……なんであいつら俺らのこと先輩呼びなんだ? 同い年だろ」

「あの二人、確か三月生まれだったからな。だからなのか知らないが、同じ部活の人相手には同じ年でも先輩付けてるんだよ」


 なにそれめちゃくちゃキャラ濃いな。まあ、何はともあれ……。


「お前ら接客も調理、どっちが出来る?」

「焼きそばぐらいなら文化祭で経験済みっす!」

「飲食店での接客経験あるっす!」

「なるほど……」


 本堂は調理、江澤は接客経験があるのか……。

 まあ、俺に決定権はないので店長に指示を仰ぐとしよう。


「店長、二人はどっちに割り振りますか?」

「本堂くんが調理で、江澤くんには接客を頼もうと思う。状況に応じて、交代してもらうかもしれんが……」

「了解です。では、開店の準備を始めますね」

「ああ」


 こうして、先日の人数プラス二人で二日目海の家は開店した。



「つ、疲れた……」


 二日目だからある程度は慣れたけれど、先日の疲労も多少あるため後半辺りは結構きつい。だが、二人増えたおかげでかなり負担を軽減した。


「もうちょい体力つけたらどうだ?」

「うるせぇ」


 茂と軽口を叩き合いながら、仕事が終わって休憩をしているみんなの下へと戻る。


「おーい、飲み物買ってきたぞ」

「オレと一葉の奢りだ。お疲れさん」


 そう言いながら、全員に手渡していく。


「どもっす! ありがとうございます!」

「っす! あざっす!」


 普通に騒がしいのが本堂で、色々と略しているのが江澤って覚えることにした。この二人、兄弟かってくらい似てるんだもの。身長とか、体格とか髪型とか。


「よくこんな忙しい時期に手伝おうとか思ったな」


 美味そうに飲む本堂と江澤にそう声をかける。


「ぷはぁ! 先輩……根本先輩には中学時代お世話になりましたから!」

「っすから、手伝おうと思いまして!」

「へー」


 意外、でもないか。後輩に慕われてたんだなぁ、こいつ。そんなことを思いながら横目で見てそう相槌を打った。


「あ、そういえば青柳先輩はどこ中なんすか?」

「俺か? 俺は皆実中学ってとこだよ」

「皆実っすか。……あの先輩、二枝 美紀って知ってますか?」

「……知ってるが」

「実は同じクラスなんすけど、紹介してもらえないっすか?」

「同じクラスなら、お前らの方が近いだろうが」


 二枝 美紀。

 久しぶりに聞いたな、その名前。


「それに中学の頃ちょっと色々あって、出来れば顔を合わせたくないんだよ」

「何があったんですか?」


 ……さて、どう答えるか。

 少し考えたあと、こう答えた。


「フラれたんだよ。で、顔を合わせづらい。それに、変に勘繰られるのも嫌だからここで俺たちに会ったことも内緒にしていてくれないか?」

「……すみませんっす。変なこと聞いちゃって」

「いや、気にするな。二枝に俺たちがここにいたことを話さなかったらいい」

「もちろんっす! な、春樹!」

「っす! 墓まで持っていくっす!!」

「そ、そうか。ありがとう」


 ……まあいいか。話さないならなんでも。


「ちなみにちょっと聞きたいんだが、二枝は今高校でどんな感じだ?」

「クラスのマドンナみたいな感じっすよ。清楚で頭も良くて、男子の憧れの的っす」

「幾人もの男が告白するも、その全てを丁重に断ってるって話っす」

「へー……」


 そんなことを話していると、唐突に店長の声が耳に入った。


「すまんが誰か二人、買い出しに行ってくれないか?」

「買い出し……? なんでまた急に」

「このペースだと少し足りなさそうでな。そこまでの量ではないから、二人ほどにお願いしたいのだが」


 さて、この暑い中買い出しとなるとやりたがる人はいないわけで。そうなると、ジャンケンで決めることになるのか。

 腕が鳴るぜ……と不敵な笑みを浮かべていると、アリシアが「はい」と手を挙げた。

 ……嫌な予感がする。


「アリシアちゃん、行ってくれるのかい?」

「わたしではなくお姉ちゃんとお兄さんが行きます」

「え!?」


 勝手に決めやがって……。もしかすると昨日の優先順位が〜、の話が余計だったか。変に気を遣いやがって。


「買い出しぐらいならいいですよ。咲希、お前はどうする?」

「……行くよ」


 妹の気遣いをさすがに感じとったのか、藤谷は少し悩みながらも了承した。

 そういうことで、俺たち二人で買い出しに行くことになった。


 ☆ ☆ ☆


「案外店近くてよかったなー」


 一通り必要なものを買い終えて、海の家への帰り道。藤谷はてててっと走って進んでは、立ち止まり、俺を待つといった動作を繰り返していた。


「……何してんの?」

「見て分からない? カズくんを何度も追い抜かしてるんだよ」

「……本当に何してんの?」


 その問いかけに答えることなく、再びてててっと前へ走り出す。……元気だなぁ。


「あ」


 先へ進んでいた藤谷が急に立ち止まった。


「ん? どうかしたか?」


 そう声をかけるも返事はなく、こちらが彼女に近づくまで身動き一つしなかった。


「公園……?」


 寂れた公園。

 遊具といったらブランコか滑り台、そして中央にある半球体の穴が開いている複合遊具ぐらいしかない。

 そんな公園をどこか懐かしむように彼女はずっと眺めていた。


「藤谷……?」

「ん、あ、ごめんごめん。ちょっときょーしゅーの念? を感じてて」

「分からないなら無理に難しい言葉を使うなよ」

「むっ。わかってるから! なんかこう、懐かしい気持ち的は!」

「間違ってはないな」


 当たってるかと聞かれるとなんとも言えないけど。因みに藤谷が言いたかったのは郷愁の念だな。こちらも間違ってはいない。


「昔、この辺に住んでたんだってな」

「あれ、話したっけ?」

「妹から聞いた」


 意外そうな顔をして、「へー」と返してくる。


「結構仲良くなってたんだな」

「そんなことない。たまたま話す機会があっただけだ」


 そんな話をしている間も彼女は視線を逸らさず、じっと公園を見ていた。


「……ここに何かあるのか?」

「……ん、いや。あるって言うか、あったって言うか」

「……」

「アリシアは忘れてるだろうけど、ここに来たことあるんだ。一回だけ」


 大切なものが詰まった宝箱を見るような、そんな目だった。


「何かあったの?」

「んー……、内緒っ」


 そう言って人差し指を唇に当て、悪戯っ子の様に微笑んだ。


「よしっ! 遊ぼうぜ、カズくん!」

「遊ばない。ほら、さっさと戻るぞ」

「なんでだよー、いいじゃんかよー」

「買い出しの帰りだろうが。暑いし、さっさと冷蔵庫に入れとかないと痛むぞ」

「正論言いやがって……!」

「正論ならいいじゃねぇか」


 そう言い返してやると不満そうに口を尖らせてくる。


「えー……じゃあ帰るの?」

「……俺が持って行ってやるから、藤谷はここに残るか?」


 仕方ないな、と息を吐き、手を差し出して袋を渡すように促した。しかし、藤谷は別にいい、と首を横に振る。


「一人で遊んでもつまらないじゃん? それだったら、また今度にするよ」


 そう言い切ると、公園に背を向けて歩き出した。


「ほら、さっさと行くぞ。アリシアやかれりん、根本が待ってる」

「先に遊んでそうな気もするがな」


 恐らくだが、茂辺りは先に遊び始めているだろう。

 

 そんなことを考えながら、俺は彼女の背中を追う。さて、今日はこれから何をするかね。

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