第16話 妹さんは満喫する
旅館の部屋に荷物を置いた俺たちは何はともあれ温泉へと向かった。
午前から午後にかけての労働に泳いだことによる疲労を取りたかったからだ。それに、海で一度シャワーを浴びたとはいえここに来るまでにも少し汗をかいたのでそれを流したかったのもある。
「貸し切りじゃん」
「まだ時間は風呂入るには早いからな」
こういった場所で誰もいないのは少しテンションが上がる。体と頭を洗って湯船に浸かる。
「ふぃー……」
「極楽極楽……」
「かずはー……なんかジジくさいぞー……」
「うるせー……」
ダラっと全身から力が抜けていく。
「いいとこだな、この旅館」
「だろう? 友人の家が経営してるんだ」
少し自慢げにそう話す茂は心做しか嬉しそうだった。
「この辺に昔住んでたって言ってたな。さっきの本堂と江澤ってのはその時の同級生か?」
「ああ。中学の時の同級生だったらしい」
「らしいって……」
「一年も前だったからな。名前は覚えてたけど、すぐにパッと思い浮かばなかっただけだ」
「ほーん……。ここの友人ってのも、中学時代の?」
「……っ。いや、違う。そいつとは小学時代の友人だ。中学は別だった」
どこか言いづらそうなその態度は、これ以上は踏み込むなと線を引いているようだった。
「……そうか」
その時、聞き覚えのある声音が微かに隣から聞こえてきた。
「……あれ、三人も温泉に入ってるみたいだな」
「だな」
適当に相槌を打つと、なにやら嫌な笑みを浮かべながら茂がずいっと近づいてきた。
「そういえばよ、ぶっちゃけ一葉ってどっちが好みなのよ?」
「は?」
「藤谷さんと彩月さんだよ」
「……高校生男子かよ」
「いや高校生男子だよ」
恋バナ好きな高校生男子かよ。
「で、どっちがタイプなわけよ?」
「少なくともお前に言うつもりはねぇよ」
「なんでだよ!?」
「なんかお前、要らないお節介焼きそうだし、なんなら言いふらしそうだし……」
「どっちもするに決まってるだろ。友達の恋路ぐらい応援させてくれよ」
「すぐ恋愛に結びつける中学生男子かよ」
「高校生男子だっての」
どちらがタイプか。そんなことを考えたこともなかった。
「タイプ……ねぇ」
タイプ、いわゆる好み。
「……花蓮……かなぁ」
何となく、そう呟いた。
どっちかと言えば、という話だけども。藤谷の場合は好みがどうかとかタイプかどうかとか、そんな風に見たことがない。
「――! ――――!?」
なにやら、隣から大きな物音が聞こえてきた。
「え、なに……?」
☆ ☆ ☆
藤谷に引き摺られ、連れてこられたのは彼女たちが泊まる部屋。そこではUNO大会が開催されていた。
「ふふんっ。あたしが単独トップで勝ってやる!」
意気揚々と進行していく藤谷。そんな彼女を中心として、UNO大会は進行していく。
そんな中、浮かない顔をしている人物が一人いた。
「大丈夫か、花蓮?」
「……っ、だ、大丈夫よ」
どうやら、花蓮は温泉に入ってる時に盛大にコケてしまったらしい。そして心做しか避けられてる気がする。
「……お前、変なこと言ってないよな?」
「言ってるわけないだろ。さすがに本人に言わないぞ」
「だよなぁ」
なら、どこかで何かをしてしまったということか。謝ろうにも何に怒っているのか分からない以上、やぶ蛇になってしまうだろう。
「あ、揃った」
持ってたカードを場において、手持ちのカードは一枚になる。
「う――」
「はい次ぃ! UNOって言ってないー!!」
「おいこら、それはさすがに卑怯だろうが」
「ルールに基づいた勝利への手段です。違反では無いですよー! だ!!」
「いやなしだろ」
「お姉ちゃん、さすがにそれはなしですよ」
「それを認めたら、一生ゲームが終わらないのだけれど」
満場一致で無い判決を受けた藤谷は今にもがくしとその場に踞る。
「う……うぅ……」
全員に否定されるのは堪えたのか、呻き声をあげながらよよよ……と泣くフリをしている。
しょうがないなぁ……。
「今回はUNOって言ってないことでいいから、さっさとゲーム進めようぜ? な?」
「言ったな? 二言はないな!? よし、じゃあ、ゲームを再開しようぜ!!」
「このグズがよぉ……」
即座に元気を取り戻してゲーツを再開していく藤谷。そんな彼女を俺たちは呆れた目で見ていた。
「二度はないからな」
「ふふん。二度も同じ手を使うほど間抜けじゃないよ。そんな小細工しなくとも絶対に勝つからね!」
その後、花蓮が一位、茂が二位、藤谷が三位でアリシアが四位、俺が最下位という結果となった。
……これ、藤谷の邪魔が入らなかったら俺一位だったんだよな。格好つけて譲らなきゃ良かったかなぁ、なーんて。
そうしていくうちに夜が深けていった。
一通り遊び倒して部屋に戻り、布団の中に潜って数時間後。コンコン、と扉をノックする音が聞こえてきた。
「……起きてますか?」
控えめな、寝ているのなら起こさないでおこうという気遣いを感じさせる声が扉の近くから聞こえてきた。
のそりと体を動かして声のした方向へと顔を向ける。薄暗い部屋の中に一筋の光が差し込んできて、その光を遮るように彼女は立っていた。
「……アリシア?」
時刻は午前二時。……え、なんで?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます