第15話 妹さんは海に行く
音のなる鉄板を前に、タオルを額に巻いてそばやら野菜やら肉やらを焼きまくる。
「焼きそば二個お願いします!」
「あいよー!」
「こっちにはフランクフルト一本よろしく!」
「了解!」
「なあ、水がなくなりそうなんだがどうしたらいい?」
「倉庫に呼びあっただろ! それを給水のとこに持っていって足しとけ!!」
暑いし忙しいし目が回る。
俺たちは今、海に来ていた。
☆ ☆ ☆
昼のピークが過ぎ去った頃。
端的に言って俺たちは死んでいた。
「つ、疲れた……」
「全然人手がたりないわね……」
「ジャパンの仕事は過酷なのですね……」
「さすがにこれが普通ではないだろ。……ないと信じたい」
「後半、マジで何をやったか記憶がねぇ」
店長にその奥さんがいるとはいえ、七人であの量の客を捌くのはさすがにハードすぎる。これがあと一週間もあるのか……身体持つかなぁ。
「盆なだけあって流石の人の多さだな」
「ほんとにな。これがもう少し前だったら楽だったのによー」
「盆だから人手が足りなくて、根本くんに話がきたわけなのだから当たり前と言えば当たり前なのだけれどね」
あの、唐突過ぎる海の家でアルバイトする宣言から二週間。各自家の予定を聞いたところ、なんと全員がアルバイトに参加することになった。
「こっからは自由時間だったっけー?」
「そうだったはずよ。ピークが過ぎたら好きにしたらいい。そういう話だったもの」
自由時間。海での自由時間となると、スイカ割りやら遠泳やらビーチバレーやら、やれることは沢山ある。
もう少し休憩したいのは山々だが、わざわざここまで来たのだから全然海で遊ばなかったなんてことは避けたい。
「よし。じゃあ、そろそろ遊ぶか」
「なら、オレと競争しようぜ。もちろん泳ぎで!」
「運動部の茂に勝てる未来が見えない……」
「大丈夫大丈夫! オレ、そこまで泳ぎ得意じゃねぇから!」
「運動部の言うそこまで出来ないは信用出来ない」
運動部の人のそこまでって、基礎は完璧だけど習ってる人相手よりかは劣るってレベルだからな。
「まあいいや。とりあえず水着に着替えるか」
「ちなみに最初の種目はクロールな!」
「最初って……何回するんだよ」
「バタフライまで」
「バタフライ何種目目だよ」
最後の種目を聞いてるわけじゃないから。
女子連中も男連中(俺と茂)に釣られるように起き上がり出した。
「それじゃあ、あたしらも着替えるかー」
「……私は別に泳がなくていいけれど」
「えー!? かれりん、せっかく水着選んだのに泳がないの? あんなに悩んでたのに? あたしらと一緒に泳ごーよー!!」
「そうですの。何回も試着しては難しい顔をしたり、色だけで結構な時間悩んでたりしてたじゃないですか」
「二人ともやめて。わかった、着替えるから。それ以上喋らないで」
そういえば、彼女たちは先日三人で水着を買いに行ったらしい。彼氏役としてついて行くべきか悩んだが、友達との付き合いも大事だから……ということでついて行かなかった。
だから彼女たちがどんな水着を買ったのかまったく知らない。
「というか、本当に仲良くなったよなあいつら」
「しょっちゅう咲希のとこで遊んでたらしいからな。確か、この前は花蓮の家にお泊まりしたんだと」
「なんでお前そんなことまで把握してんだよ」
「花蓮にめちゃくちゃ愚痴られたからだが」
「ああ、そういう……」
何やら納得したかのような顔をする。どういうことなんだよ。
なんてことの無い雑談を交えながら俺たちは水着に着替えると更衣室から外へ出る。ここで待つべきか否か。
「待つか?」
「オレはどっちでもいいぜ」
「じゃあ……待つかぁ」
先に行っていたら文句を言われるのが想像がつく。となれば、わざわざ面倒なことをしなくてもいいだろう。
「そういえば、お前ここによく来るのか?」
「最近はないな。昔はこの辺に爺ちゃんたちと住んでたから」
「……そういえば、海の家の爺さん茂の祖父だったか」
「そうそう。んで、どうしてそんなこと聞くんだ?」
「いや、ここの隣町の中学に通っててな。会ったことあったっけーって思って」
「なかったと思うぜ。覚えがないし」
「だよなぁ」
そんな何気のない会話。そんな話をしていると、俺たちを呼ぶ声がした。
「おう。どうし……え、どういう状況?」
声のした方向へと振り返る。するとそこにはいかにも軽薄そうな男二人に絡まれている三人の姿が。
「……助けろってこと?」
「いやまあそういう事だろ。それ以外に呼ぶ理由がわからないし」
とりあえず呼ばれたからには行かない訳にはいかないので彼女たちの近くへ駆け寄る。と、その途中で足を止めた。
「あれ、これ男の方が困ってない?」
ゴミを見るような目を向けている花蓮、なにやら憤っているアリシア、自慢げな表情でペラペラと迫っている藤谷。
男たちは主に藤谷に気圧されているようだった。
「……」
「あのですね! お姉ちゃんは彼氏がいるんです! 魅力的なのは分かりますが、出直してきてください」
「いややっぱり? 魅力的なのは見てわかられちゃうっていうか。まあ、あたしってやっぱり可愛いし?」
俺を呼んだのはアリシアのようで、しきりに俺たちへ早く来いと急かしてくる。
「なあ……これ、やめといた方がいいんじゃね……?」
「いやでもよ、見てみろよ。めちゃくちゃ美人だぞ……? 多少性格に難があってもよぉ」
もう放っておいてもいいような気がしてきた。
「もうどこかに泳ぎに行くか?」
「……まあ、これをみたらそれもありかもしれねぇな」
あ、待って。アリシアがめちゃくちゃ見てきてる。そして無表情。怒りでもなく無。下手に睨まれるよりも怖い。
「……一応念の為に行くか」
「お、おお。一葉がそう言うのなら。それじゃあはいこれ」
「え、なにこれ?」
「サングラス」
なんで?
サングラスを付けた俺たち二人組みは睨みつけながら彼らに近づく。
「おうおう、うちの連れに手ェ出してくれてんじゃねぇか」
あ、そういうタイプで行くのか。
「今なら見逃してやる。さっさと失せな」
凄い。ナンパ男どもの顔が『なんか変なのが増えた……』って言ってる。
「おいおい、なに不満そうな顔してるんだ? あ?」
不満そうじゃないよ。多分、変なのから逃げられる……とか思ってるよ。
そんなことに気づかないで絶賛ガン飛ばしてる茂。
「茂、多分もうだいじょ――」
「え、茂って……あ、あの根本 茂さんっすか!?」
いきなり目を輝かせながら茂の手を取るナンパ男A。
「知り合いか?」
「あー……うーん…………あ、本堂と江澤か?」
「そうです! 中学の頃お世話になった本堂と江澤っす!」
話を聞いてみると、このナンパ男こと本堂と江澤は茂の同中だったらしい。で、茂が同じ部活で面倒を見ていた二人と再開した……って話らしい。
「まさかこんな所で会えるなんて感激っす!」
「こんな風に再会できるなんて!」
「はは……」
ナンパしてるところを何故かサングラスを付けて登場した人が元同級生だった……そんな再会で良かったのかという思いもあるが、とりあえず邪魔者は退散しておこう。
「俺らはあっち行ってるから」
「あ、ああ」
「咲希、花蓮、アリシア。ここは茂に任せて行こう」
「えー……」
「ほらお姉ちゃん、行きますよ」
「……」
というか、ナンパって本当にあるものなんだな。俺からしたらドラマだのなんだのぐらいでしか見たこと無かったが、見た目のいい彼女たちにとっては日常茶飯事なのだろうか。
「あの、お兄さん。何か言うことあるんじゃないですか?」
「はい?」
しばらく歩いて人の少ない場所まで着くと、アリシアがそう言って何かを急かし始めた。
何を……って、ああそうか。
「三人とも凄く似合ってるな」
褒めろ、ということらしい。
「ふふん。もちのろん!」
「……ありがとう」
「……どうもです」
藤谷は白いビキニに頭にサングラスを付けている。何かサングラスをつけないといけない決まりでもあるのだろうか。白い肌を惜しげなく露出して、いつもは意識しないようにしている豊満な身体が強調されていて目のやり場に困る。
花蓮は水着の上にラッシュガードを羽織っており、露出は少ない。それなのに時折ちらりと見えてしまう黒の水着や、チラチラとこちらを見てくる花蓮の様子から何かいけないことをしているような気がしてくる。
アリシアは姉と同じ白い色のワンピースの水着。小さな身体に可愛らしいフリルは少女らしさを際立たせている。
「アリシアは可愛いなぁ」
目のやり場に困らない。セーフティーゾーン。
視線を合わせて慈しむような目で彼女を褒めると、藤谷が自慢げに鼻を鳴らして花蓮はジトッとした目で見てきた。
「……あの、ここはお姉ちゃんのことを褒めるところなんですが」
身を捩らせながら笑顔でそう言うアリシア。ただ、口の端や眉間に少し皺が寄っているところから、顔を顰めそうになっているのを必死に堪えているようだ。
「よし、じゃあ早く遊ぼうぜ! アリシア、かれりん、競争しよう!!」
そう言い切るや否や花蓮とアリシアを引っ張って、海の中へ飛び込む藤谷。キラキラとした水しぶきが、彼女たちの周囲に飛び散った。楽しそうにはしゃいじゃってまぁ。
俺はしばらくの間、茂が戻ってくるのを待つのだった。
☆ ☆ ☆
「……あの、お兄さん。ここに泊まるのですか?」
「ああ。だよな、茂?」
「おうよ。良いところだろ。趣もあってデカい。それにここの飯は美味いんだ」
店長が手伝ってくれるお礼にと、この旅館を予約してくれたのだ。
「見た感じ、綺麗そうだし確か温泉もあるんだったよな。何が不満なんだ?」
ギュッと裾を握ってくるアリシアにそう尋ねる。
「いやその、なんと言いますか……。あの、ちょっと耳を貸してください」
「……なんだ?」
屈んでアリシアと視線を合わせる。すると、そっと耳元に手を当てて声を潜めて話しかけてきた。
「なんかこう……嫌な感じがするのです」
「嫌な感じ?」
アリシアにしては珍しく、歯切れの悪い言葉。聞き返してもそれ以上答えようとしない。俺はもう一度旅館を見る。
何度見ても一般的な旅館で、幽霊が出る旅館にありがちな薄暗い雰囲気や寂れた様子もない。
この旅館に……何かあるのだろうか。
「おい、何してるんだ。早く行くぞー」
嫌な想像を掻き立てられながら、急かす茂の背中を追うのだった。
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